魔王の子育て日記

教祖

文字の大きさ
上 下
12 / 133
聖護と源太

失踪事件 その2

しおりを挟む
 すると美雪が立ち上がり、数秒の沈黙を挟んだ後ゆっくりと語り始めた。
 「無責任と言われれば、そうだと言わざるを得ませんが、私も百合のことを考えた上で隣の部屋にしたんです」
 美雪の両手は白くなるほど強く握りしめられ、力の逃げ道を探してふるふると震えている。
 「では何か? 最善を尽くした結果としてこの出来事が起こってしまったのだから仕方ないとでも言う気か? そもそも先程からの淡々とした口調。娘に愛情はないのか。どうしてそうやって冷静でいられる? もはや母親どころか人間として終わっているな。子供に死んで詫びろ!」
 疑問調の部分は高圧的に、強く言い切るところでは吐き捨てるように、源次は美雪へ罵声を浴びせた。
 
 「いい加減にせい! 源次! 今の言葉はお主であっても口にすることは許されんぞ」
 
 さすがの村長であっても今の言葉は我慢ならなかったのだろう。机を叩き、歳を重ねたものにしか出すことのできない威圧感で、源次だけではなく、集会所の空気そのものを押さえつけた。
 「「「……」」」
 「さて、美雪よ。話を続けなさい」
 美雪に話を促す村長の口調には柔和な印象はもう感じられない。
 「私は先程、百合は音に敏感だと言いました。でも連れ去られた時、百合は泣き声一つ上げませんでした。壁を壊すような音なら普通の子供でも泣きます。それなのに、より音に敏感な百合は泣かなかった」
 「どういうことじゃ?」
 噛み合うことない矛盾に村長は次の言葉を美雪に求めた。
 
 「百合は人間ではないものにさらわれたかもしれません」

 集会所の空気が凍りつき、皆が息を飲む。
 「なん……じゃと」
 「おい! それはつまり」

 「魔族、ではないかと思います」

 全員の頭の中にある信じたくはない答えを目の前で突きつけられた村長たちは言葉を失った。
 口に出さずとも集会所の空気でわかる。
 というか、全員が口に出すのを避けているのだ。その可能性があるということを、自覚したくないがために。
 これは一種の現実逃避だ。
 それは常々子供達には夢を見すぎるなと言い続けてきた者たちが、自らそれを行ってしまうほどに、信じられない、いや、信じたくない事実。
 圧倒的脅威がやってくる。
 かつて、街を蹂躙し、誰となく牙で、刃で、あるいは己が腕で殺し、潰し、千切り、亡き者とした戦慄の記憶。
 皆、自分の目で見たことはなくとも、父母から、あるいは祖父母、曾祖父母から伝承された忌まわしき記憶。
 それが、再びやってこようというのだ。
 忌み嫌いさえすれ、真正面から現実と向かい合えるものなどこの場には一人としていなかった。
 その時、村長から見て左側の窓の下から物音がした。
 音源に皆の目が集まる。
 それが、明らかに物音に反応したものだけでないことは言うまでもない。
 「何事じゃ」
 自分が行こうと席を立った源次を手で制し、村長は窓に近づこうとすると、一匹のカラスが飛び立って行くのが見えた。
 「なんじゃカラスか――――。気にするな、カラスじゃ」
 村長はそっと胸をなでおろし、ざわつきに満ちた集会所を収めるべく声を張った。
 その仕草とは裏腹に、村長の目つきはどこか訝しんでいるようであった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?

キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。 戸籍上の妻と仕事上の妻。 私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。 見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。 一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。 だけどある時ふと思ってしまったのだ。 妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣) モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。 アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。 あとは自己責任でどうぞ♡ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

処理中です...