魔王の子育て日記

教祖

文字の大きさ
上 下
130 / 133
波乱

誰がために鐘は鳴る その15

しおりを挟む
 息は上がっていない。この程度で呼吸が乱れてしまうような鍛錬も戦場も、此処に居る人間は経験していない。
 問題は魔王だ。相対する前と同じく挑戦的な笑みを浮かべている。
 何も変わっていないのだ。瞬く間に三度の斬撃を躱しながら何も――――。
 その異常な光景に驚く者もまた、この場にはいない。全員が解っていた。目の前の光景が全てなのだと。
 「どおりであいつらに一撃入れられるわけだ。動きも狙いも確実に俺を殺しに来てる――――もっと来いよ。」
 その場の人間は背筋に氷柱を刺されたような圧倒的な悪寒が身体を巡った。
 魔王の声音は親しき友に語り掛けるようであった。軽口を叩き合うように眼前の敵は自らを殺しに来いというのだ。圧倒的な力の差を見せておきながら、その言葉には悪意は一切感じられない。故に底知れぬ恐怖を感じる。
 一瞬の静寂が訪れる。
 「そうか俺の番か。期待に応えられるように善処するかな」
 それを魔王は自らの手番であると解釈した。
 
 ――――誰がために鐘は鳴る。

 虚空に呟くように力を持つ言葉が魔王の口から放たれる。
 それが耳に届くよりも先に、朱雀たちは魔王へ肉薄する。追従するように全身の皮膚が泡立つ。
 脊髄反射の先、生存本能による自身の生命保護反応が身体を動かしたのだ。
 
 ――――慈愛の土に芽吹き、慈悲の雨に咲け。

 魔王の言葉をかき消すように鋭い風切り音が鳴った。
 夏輝の大太刀が逆袈裟に魔王に迫る。予定調和と呼べるほど最低限の動きで紙一重で躱された太刀は空を切る。
 そこに突き立てられたのは朱雀の刀。幾度となく戦場で宿敵を地に臥させた神速の突き。
 夏輝の一太刀から朱雀の突きをも凌いだ者は片手で数えても指が余る。刃が喉元へ届くまさにその時、それがその指が一つ埋まった瞬間だった。
 差し出される刃と等しい速度で魔王は歩み出ると半身で刃とすれ違う。懐に入られてしまえば返し刀で二の太刀へ動くことは適わない。

 ――――その身は今生の最期を飾りし狂い花

 朱雀はみぞおちに杭を打ち込まれたような感覚に襲われた。紛れもなく、魔王の口から紡がれているのは先程中断された言葉だ。一度は退けた災いが再び眼前に迫る。横目で魔王の姿を捉えるが刃を向けるには遠すぎる。
 朱雀の視界の端が暗闇に覆われた。暗闇は徐々に形を変え魔王に長大な得物を振りかざす。
 暗闇が総雲だと本能的には分かっていた。それでも認識できなかったのは、身の丈の半分までその余りある巨躯を捻り反らし、異形となっていたからだ。
 「「っ!」」
 魔王と朱雀は双方向に飛びのいた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?

キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。 戸籍上の妻と仕事上の妻。 私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。 見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。 一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。 だけどある時ふと思ってしまったのだ。 妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣) モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。 アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。 あとは自己責任でどうぞ♡ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

処理中です...