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波乱
誰がために鐘は鳴る その9
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それは無意識と呼べるものだった。
人間は意図せず身を守る行動に出ることがある。これを反射と呼び、生存本能により脳が理解するよりも先に体が動くというものだ。
が、所詮は通常時よりも僅かに早く防御行動が起こせるというだけに過ぎない。反応速度以外は何も変わりはしない。――――それが常人であるのならば――――。
「くっ……!?」
女中は微かに眉を顰め飛びのいた。風通しの良くなった大腿部後面に手を当て暖かな滴を拭う。女中の手は深紅に濡れていた。
夏輝はその様子をただ眺めていた。気が付けば膝ではなく両足で大地を踏みしめている。
右手を見る。己の身丈はあろうかという大太刀が握られている。不思議なのはこれだけ長大でありながら、重さを感じないことだ。まるで身体の一部であろうかと思えるほどだ。
女中に一撃を与えたのはこれなのか。こんなものどこから。
分からない。ただ――――この機を逃すわけにはいかない。
夏輝は奔る。太刀を右溜めに女中との距離を詰める。女中はこちらを見据えたまま動かない。
夏輝には女中の行動などどうでもよかった。女中の身体に刃を届かせることだけが至上命題だった。あらゆる疑問もその前には無意味だ。
足など到底届かない間合い。しかし太刀には十分すぎる必殺の間合いで夏輝は切っ先を女中の胸へ向かって突き立てた。肉を断つ確かな感触が手に伝わる。怯まず太刀を押し込めば切っ先の重さが消えた。
夏輝は太刀から手を離すと間合いを取りつつ脇差しを抜いた。
女中は胸に太刀を生やしたまま変わらず動かない。給仕服が胸部から深紅に染まっていく。
一呼吸の間があった後、女中が口を開いた。
「あなたの刃が届いた時点で私の敗北です。……まったくあの人は」
女中の口から出た言葉は、その姿にはあまりにも不釣り合いなほど平坦なものであった。いや、二の句については感情の起伏を感じた。だがそれは敵に向けるようなものではなかった。妻から夫へ向けられた小言のような呆れの感情。それが一層その姿との乖離を産んでいる。
「なんだと」
「誠に不本意ですがあなたの勝ちです。間もなく元の場所に戻れます」
女中の言葉が引き金になったのか、風景が徐々に霞み闇に溶けていく。
「まだだ! 私はお前の首を狩る」
「それは無理です。次に会ったときはあなたが望む前に絶命させます。それから――――」
景色と共に霞む意識の中で女中の言葉が響いてきた。
誰かの傍に居たいのなら、相手にも傍にいて欲しいと思われなければなりませんよ――――。
視界は闇に覆われた。
脈絡もない言葉。敵として相対していた者から掛けられる謂れは無いはずのそれは、夏輝の心に深く入ってきた。
それは相手にとっての存在意義を示せということ。わたしが彼に提示できる意義――――。
いまはただ――――魔王と戦うだけだ。それが今の私にできる唯一の行動。
確かな決意を秘めた夏輝の視界が明ける。
人間は意図せず身を守る行動に出ることがある。これを反射と呼び、生存本能により脳が理解するよりも先に体が動くというものだ。
が、所詮は通常時よりも僅かに早く防御行動が起こせるというだけに過ぎない。反応速度以外は何も変わりはしない。――――それが常人であるのならば――――。
「くっ……!?」
女中は微かに眉を顰め飛びのいた。風通しの良くなった大腿部後面に手を当て暖かな滴を拭う。女中の手は深紅に濡れていた。
夏輝はその様子をただ眺めていた。気が付けば膝ではなく両足で大地を踏みしめている。
右手を見る。己の身丈はあろうかという大太刀が握られている。不思議なのはこれだけ長大でありながら、重さを感じないことだ。まるで身体の一部であろうかと思えるほどだ。
女中に一撃を与えたのはこれなのか。こんなものどこから。
分からない。ただ――――この機を逃すわけにはいかない。
夏輝は奔る。太刀を右溜めに女中との距離を詰める。女中はこちらを見据えたまま動かない。
夏輝には女中の行動などどうでもよかった。女中の身体に刃を届かせることだけが至上命題だった。あらゆる疑問もその前には無意味だ。
足など到底届かない間合い。しかし太刀には十分すぎる必殺の間合いで夏輝は切っ先を女中の胸へ向かって突き立てた。肉を断つ確かな感触が手に伝わる。怯まず太刀を押し込めば切っ先の重さが消えた。
夏輝は太刀から手を離すと間合いを取りつつ脇差しを抜いた。
女中は胸に太刀を生やしたまま変わらず動かない。給仕服が胸部から深紅に染まっていく。
一呼吸の間があった後、女中が口を開いた。
「あなたの刃が届いた時点で私の敗北です。……まったくあの人は」
女中の口から出た言葉は、その姿にはあまりにも不釣り合いなほど平坦なものであった。いや、二の句については感情の起伏を感じた。だがそれは敵に向けるようなものではなかった。妻から夫へ向けられた小言のような呆れの感情。それが一層その姿との乖離を産んでいる。
「なんだと」
「誠に不本意ですがあなたの勝ちです。間もなく元の場所に戻れます」
女中の言葉が引き金になったのか、風景が徐々に霞み闇に溶けていく。
「まだだ! 私はお前の首を狩る」
「それは無理です。次に会ったときはあなたが望む前に絶命させます。それから――――」
景色と共に霞む意識の中で女中の言葉が響いてきた。
誰かの傍に居たいのなら、相手にも傍にいて欲しいと思われなければなりませんよ――――。
視界は闇に覆われた。
脈絡もない言葉。敵として相対していた者から掛けられる謂れは無いはずのそれは、夏輝の心に深く入ってきた。
それは相手にとっての存在意義を示せということ。わたしが彼に提示できる意義――――。
いまはただ――――魔王と戦うだけだ。それが今の私にできる唯一の行動。
確かな決意を秘めた夏輝の視界が明ける。
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