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波乱
誰がために鐘は鳴る その6
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鐘の音が脳内に直接響いてきた。どこか怪しさを孕んだその音色が止んだ時、世界が暗転した。
どれだけ闇の中にいたのだろう。気が付けば私は知らない場所に立っていた。
あるはずのない空には満天の星が煌めき、辺り一面は名も知れぬ草花が揺れる草原。
あの鐘の音が私をこの場所まで連れてきたとでもいうのだろうか。分からない。ただ――――
「準備はよろしいですか」
わざとらしく足音を立てて背後から歩み寄ってきた生物は私に告げる。これまでの片言とは一変して、流暢に話していたがそんなことはどうでもいい。
「次は殺す」
――――私が今すべきことは目の前の生物の息の根を止めることだけだ。
その忌まわしい姿を眺め見る。資本家の娯楽としか思えない給仕服。何の意味があるのか、袖口にはひらひらとした意匠が施され、頭上には飾りとしか思えない布製の冠のようなものがつけられている。
使用人の分際で洒落っ気が多すぎる。雇い主の趣味だというなら一層達が悪い。
切れ長の瞳でこちらを見下ろしてくる様は、その無駄に端正な顔立ちと相まって底知れぬ侮辱感がある。
「ご健闘を祈ります」
「ほざけ!」
大きく踏み込み間合いを詰めること三歩。逆袈裟に切り上げた居合は、振りぬくことも適わず女中の皮長靴に阻まれる。
口角どころか眼球運動すらもしているか怪しい鉄面皮。夏輝は嘲笑うという行為が感情を向けているだけ礼節があるということを、目の前の無表情を見て知った。
「はっ!」
引き寄せた刃をすかさず女中の喉元へ突き立てる。刃はあえなく宙を切り、返し刀で横薙ぎの一閃を繰り出そうとした矢先、腹部に鋭く重い衝撃が走る。
「ぐぅっ……」
目にも留まらぬ女中の蹴り。
外からの攻撃を跳ねのける鉄製の胴が想定外の力によって押し込まれ、その堅牢さが己に牙を剥く。緩衝材のお陰で強制的に肺から酸素を吐き出されただけに留まったが、それは確かに損傷として蓄積する。
すかさず距離を取る。女中は何事もなかったかのように佇んでいる。距離を詰めることも無く、こちらを見ている――――というよりも正面を見据える延長線上に自分がいる、そうとしか思えないほどに女中は敵意を感じさせなかった。
それは決して友好的などはない。無関心。気にも留めない。風がそよぐことに大きく感情を揺さぶられることが無いように、女中にしてみれば今の一連の攻撃などその程度であったということ。そこには感情はない。感情が振れるほどの出来事ではなかったということだ。
「まだやりますか」
無機質な声音は夏輝の神経を逆撫でする。
「その顔、二度とできないようにしてやる」
夏輝は女中との距離を再び詰める――――。
どれだけ闇の中にいたのだろう。気が付けば私は知らない場所に立っていた。
あるはずのない空には満天の星が煌めき、辺り一面は名も知れぬ草花が揺れる草原。
あの鐘の音が私をこの場所まで連れてきたとでもいうのだろうか。分からない。ただ――――
「準備はよろしいですか」
わざとらしく足音を立てて背後から歩み寄ってきた生物は私に告げる。これまでの片言とは一変して、流暢に話していたがそんなことはどうでもいい。
「次は殺す」
――――私が今すべきことは目の前の生物の息の根を止めることだけだ。
その忌まわしい姿を眺め見る。資本家の娯楽としか思えない給仕服。何の意味があるのか、袖口にはひらひらとした意匠が施され、頭上には飾りとしか思えない布製の冠のようなものがつけられている。
使用人の分際で洒落っ気が多すぎる。雇い主の趣味だというなら一層達が悪い。
切れ長の瞳でこちらを見下ろしてくる様は、その無駄に端正な顔立ちと相まって底知れぬ侮辱感がある。
「ご健闘を祈ります」
「ほざけ!」
大きく踏み込み間合いを詰めること三歩。逆袈裟に切り上げた居合は、振りぬくことも適わず女中の皮長靴に阻まれる。
口角どころか眼球運動すらもしているか怪しい鉄面皮。夏輝は嘲笑うという行為が感情を向けているだけ礼節があるということを、目の前の無表情を見て知った。
「はっ!」
引き寄せた刃をすかさず女中の喉元へ突き立てる。刃はあえなく宙を切り、返し刀で横薙ぎの一閃を繰り出そうとした矢先、腹部に鋭く重い衝撃が走る。
「ぐぅっ……」
目にも留まらぬ女中の蹴り。
外からの攻撃を跳ねのける鉄製の胴が想定外の力によって押し込まれ、その堅牢さが己に牙を剥く。緩衝材のお陰で強制的に肺から酸素を吐き出されただけに留まったが、それは確かに損傷として蓄積する。
すかさず距離を取る。女中は何事もなかったかのように佇んでいる。距離を詰めることも無く、こちらを見ている――――というよりも正面を見据える延長線上に自分がいる、そうとしか思えないほどに女中は敵意を感じさせなかった。
それは決して友好的などはない。無関心。気にも留めない。風がそよぐことに大きく感情を揺さぶられることが無いように、女中にしてみれば今の一連の攻撃などその程度であったということ。そこには感情はない。感情が振れるほどの出来事ではなかったということだ。
「まだやりますか」
無機質な声音は夏輝の神経を逆撫でする。
「その顔、二度とできないようにしてやる」
夏輝は女中との距離を再び詰める――――。
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