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波乱
支柱は人柱へ その3
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女中は変わらぬ様子でそこに立っている。否、居合の前後で変化はあった。
夏輝の一閃、そのわずかに範囲外の距離まで女中は後退していた。
何が起きたというのか。確かに女中は刃は届く直前までその間合いの中にいたというのに。
刹那の間、疑問符が脳内を埋め尽くす。それでも淀みなく次の斬撃へ動くことができたのは染み付いた鍛錬の証であろう。
大きく踏み込み再び間合いへ。返し刀で切り上げた切っ先を水平に、八の字を描くように横薙ぎの一閃を繰り出す。緩急のついた必殺の二撃目は確かに女中の腹部をとらえた。
が、給仕服が赤に染まることはなかった。
「……っ」
夏輝は息を呑む。
ロングブーツに包まれたしなやかな脚。ロングスカートから伸びるそれが夏輝の刃を受け止めていた。女中は羽虫でも家内に入ってきたような、さして気にも留めぬ表情で切っ先を見つめている。
扉を開いた兵士をはじめ列の先頭部にいた兵士達はその姿に理解が追いつかず立ちすくむ。後ろに連なる者たちも、ただならぬ気配に臨戦態勢に入る。
それは後方の朱雀隊にも伝播し、朱雀は兵士達の間を縫って夏輝の元へ向かった。
目の前の光景に夏輝は思考を止めた。これが違う生き物と対峙するということなのだと本能的に悟り、思考することが無意味であると判断した。
刀を懐に引き寄せ、女中の喉元へ突き出す。
斬撃が面の攻撃ならば、突きは点の攻撃。受け手からは刀身が見えず、遠近感が狂う。それが腰溜めから放たれ、確かな威力と速度をもって襲い来る。必殺と呼ばれる、形を持った殺意。
その殺意は喉元に届くことは叶わず、女中の足蹴によって床に虚しく突き刺さる。
女中は表情を変えることなく、口を開く。
「おまえ、わたし、ころす、できない。あきらめろ。つぎ、する、なら、わたし、おまえ、ころす」
ようやく繋がった文としての会話ができるようになった子供のような拙い言葉であったが、内容はどこまでも冷たい。目の前の光景と脅威とさえみなされていないであろう無表情が言葉の重みを確かなものにしていた。
夏輝は背中に氷柱を差し込まれたような寒気が全身を巡った。
「夏輝、なにが…‥」
朱雀が夏輝の元へたどり着いた時、目の前の光景に息を呑んだ。想像の埒外とはまさにこの事であろう。
あの夏輝が愛刀を地に伏せられ微動だにしないなど誰が思うだろう。
「あるじ、まつ、してる。ついて、くる、しろ」
「貴様、何者だ」
「わたし、しようにん。はやく、ついて、くる、しろ。にんげん、の、こども、ころす、するぞ」
「人間の子供……、赤子がいるのか!? 無事なのだろうな!」
「おとなしい、する。さわぐ、したら、こども、ころす」
「貴様……。わかった。早く案内しろ。下手な策は弄するな。さすればお前の命はない」
朱雀の言葉に女中の返答はなく、夏輝の刀から足を下ろすと廊下の中央部に向かって歩き始めた。
夏輝は解放された刀を血振りすると鞘へと収めた。
「怪我はないな。お前には殿を任せる。何かの折には退路を開いてくれ」
「……かしこまりました」
夏輝は俯いたまま朱雀の指示に従った。表情は窺い知れないが抑揚のない声であった。
――――皆、警戒を続けながら私に続け!
朱雀は兵士たちに声を掛け、女中の後を追った。
夏輝の一閃、そのわずかに範囲外の距離まで女中は後退していた。
何が起きたというのか。確かに女中は刃は届く直前までその間合いの中にいたというのに。
刹那の間、疑問符が脳内を埋め尽くす。それでも淀みなく次の斬撃へ動くことができたのは染み付いた鍛錬の証であろう。
大きく踏み込み再び間合いへ。返し刀で切り上げた切っ先を水平に、八の字を描くように横薙ぎの一閃を繰り出す。緩急のついた必殺の二撃目は確かに女中の腹部をとらえた。
が、給仕服が赤に染まることはなかった。
「……っ」
夏輝は息を呑む。
ロングブーツに包まれたしなやかな脚。ロングスカートから伸びるそれが夏輝の刃を受け止めていた。女中は羽虫でも家内に入ってきたような、さして気にも留めぬ表情で切っ先を見つめている。
扉を開いた兵士をはじめ列の先頭部にいた兵士達はその姿に理解が追いつかず立ちすくむ。後ろに連なる者たちも、ただならぬ気配に臨戦態勢に入る。
それは後方の朱雀隊にも伝播し、朱雀は兵士達の間を縫って夏輝の元へ向かった。
目の前の光景に夏輝は思考を止めた。これが違う生き物と対峙するということなのだと本能的に悟り、思考することが無意味であると判断した。
刀を懐に引き寄せ、女中の喉元へ突き出す。
斬撃が面の攻撃ならば、突きは点の攻撃。受け手からは刀身が見えず、遠近感が狂う。それが腰溜めから放たれ、確かな威力と速度をもって襲い来る。必殺と呼ばれる、形を持った殺意。
その殺意は喉元に届くことは叶わず、女中の足蹴によって床に虚しく突き刺さる。
女中は表情を変えることなく、口を開く。
「おまえ、わたし、ころす、できない。あきらめろ。つぎ、する、なら、わたし、おまえ、ころす」
ようやく繋がった文としての会話ができるようになった子供のような拙い言葉であったが、内容はどこまでも冷たい。目の前の光景と脅威とさえみなされていないであろう無表情が言葉の重みを確かなものにしていた。
夏輝は背中に氷柱を差し込まれたような寒気が全身を巡った。
「夏輝、なにが…‥」
朱雀が夏輝の元へたどり着いた時、目の前の光景に息を呑んだ。想像の埒外とはまさにこの事であろう。
あの夏輝が愛刀を地に伏せられ微動だにしないなど誰が思うだろう。
「あるじ、まつ、してる。ついて、くる、しろ」
「貴様、何者だ」
「わたし、しようにん。はやく、ついて、くる、しろ。にんげん、の、こども、ころす、するぞ」
「人間の子供……、赤子がいるのか!? 無事なのだろうな!」
「おとなしい、する。さわぐ、したら、こども、ころす」
「貴様……。わかった。早く案内しろ。下手な策は弄するな。さすればお前の命はない」
朱雀の言葉に女中の返答はなく、夏輝の刀から足を下ろすと廊下の中央部に向かって歩き始めた。
夏輝は解放された刀を血振りすると鞘へと収めた。
「怪我はないな。お前には殿を任せる。何かの折には退路を開いてくれ」
「……かしこまりました」
夏輝は俯いたまま朱雀の指示に従った。表情は窺い知れないが抑揚のない声であった。
――――皆、警戒を続けながら私に続け!
朱雀は兵士たちに声を掛け、女中の後を追った。
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