魔王の子育て日記

教祖

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波乱

支柱は人柱へ その2

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 夏輝は小さくかぶりを振った。
 弱気な心が少しでも出ていけばとの思いからだったが都合良くは行かなかった。それでも気持ちを切り替えるきっかけにはなった。
 この緊張に押し潰されてしまえば、それこそすべてが無に帰してしまう。
 今まで支えられてきたのだ。次は私が彼の支えにならなければ。
 夏輝は朱雀に歩み寄る。
 「私が進路を拓きます。いい加減朱雀様の背中は見飽きましたので」
 「……言うようになったな。任せる」
 努めて明るく先陣を名乗り出た夏輝に朱雀は一拍置いて返す。
 そのわずかな時間で朱雀は全てを悟った。
 気が付けば自分が育て支える時間は終わっていたのだ。
 胸中に渦巻く郷愁にも似た、心地良い寂しさを感じながら朱雀隊が医務室の後方へ下がる。
 入れ替わる形で夏輝隊が前へ。ピタリと閉じた扉の正面に夏輝が立つ。
 金属でも天然資材でもない、これまでに見たことも無い質感の扉は不気味さと拒絶を感じさせる。まるでここから先は地獄が待っていると扉に告げられているようだ。
 そんな扉の取っ手を夏輝の真後ろにいた兵士が歩み出て掴んだ。面の奥には強張った顔を隠しながらその時を待つ。
 夏輝が後方に控える朱雀を一瞥し、その頷きをもって突入の合図とした。
 「――――行くぞ」
 兵士は取っ手に力を込める。すんなりと扉が動き始め、僅かに開いた隙間から人影がない事を確認した後、勢いよく押し開いた。
 すかさず夏輝が一歩踏み出したが、歩みはそこで止まる。開かれた扉の正面、相対するように何者かが立っていた。
 女中メイド服に身を包み、切れ長の瞳とセミロングの髪。そのままであればさぞ麗しい女性であろうその姿だが、頭上には似つかわしくない禍々しい角が一対生えている。
 ――――魔族。
 角を認めるのが先か、纏う空気に異質さを覚えるのが先か。夏輝は瞬時に女中との間合いを詰める。
 扉の可動域から一歩引いたほどの距離の女中は、刹那に眼前に現れた紅甲冑あかかっちゅうに反射的な防御態勢を取ることも適わないようであった。
 ――――御免ごめん
 朱雀の言葉を心中で反芻し、夏輝は音のない声で呟くと一閃。あまりの速度に刀の軌道が一筋の光として目に焼き付く。鍛え上げられた一部の隙も無い、逆袈裟の居合。
 その一薙ぎのもとに女中は倒れる――――はずだった。
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