108 / 133
波乱
支柱は人柱へ その2
しおりを挟む
夏輝は小さく頭を振った。
弱気な心が少しでも出ていけばとの思いからだったが都合良くは行かなかった。それでも気持ちを切り替えるきっかけにはなった。
この緊張に押し潰されてしまえば、それこそすべてが無に帰してしまう。
今まで支えられてきたのだ。次は私が彼の支えにならなければ。
夏輝は朱雀に歩み寄る。
「私が進路を拓きます。いい加減朱雀様の背中は見飽きましたので」
「……言うようになったな。任せる」
努めて明るく先陣を名乗り出た夏輝に朱雀は一拍置いて返す。
そのわずかな時間で朱雀は全てを悟った。
気が付けば自分が育て支える時間は終わっていたのだ。
胸中に渦巻く郷愁にも似た、心地良い寂しさを感じながら朱雀隊が医務室の後方へ下がる。
入れ替わる形で夏輝隊が前へ。ピタリと閉じた扉の正面に夏輝が立つ。
金属でも天然資材でもない、これまでに見たことも無い質感の扉は不気味さと拒絶を感じさせる。まるでここから先は地獄が待っていると扉に告げられているようだ。
そんな扉の取っ手を夏輝の真後ろにいた兵士が歩み出て掴んだ。面の奥には強張った顔を隠しながらその時を待つ。
夏輝が後方に控える朱雀を一瞥し、その頷きをもって突入の合図とした。
「――――行くぞ」
兵士は取っ手に力を込める。すんなりと扉が動き始め、僅かに開いた隙間から人影がない事を確認した後、勢いよく押し開いた。
すかさず夏輝が一歩踏み出したが、歩みはそこで止まる。開かれた扉の正面、相対するように何者かが立っていた。
女中服に身を包み、切れ長の瞳とセミロングの髪。そのままであればさぞ麗しい女性であろうその姿だが、頭上には似つかわしくない禍々しい角が一対生えている。
――――魔族。
角を認めるのが先か、纏う空気に異質さを覚えるのが先か。夏輝は瞬時に女中との間合いを詰める。
扉の可動域から一歩引いたほどの距離の女中は、刹那に眼前に現れた紅甲冑に反射的な防御態勢を取ることも適わないようであった。
――――御免
朱雀の言葉を心中で反芻し、夏輝は音のない声で呟くと一閃。あまりの速度に刀の軌道が一筋の光として目に焼き付く。鍛え上げられた一部の隙も無い、逆袈裟の居合。
その一薙ぎのもとに女中は倒れる――――はずだった。
弱気な心が少しでも出ていけばとの思いからだったが都合良くは行かなかった。それでも気持ちを切り替えるきっかけにはなった。
この緊張に押し潰されてしまえば、それこそすべてが無に帰してしまう。
今まで支えられてきたのだ。次は私が彼の支えにならなければ。
夏輝は朱雀に歩み寄る。
「私が進路を拓きます。いい加減朱雀様の背中は見飽きましたので」
「……言うようになったな。任せる」
努めて明るく先陣を名乗り出た夏輝に朱雀は一拍置いて返す。
そのわずかな時間で朱雀は全てを悟った。
気が付けば自分が育て支える時間は終わっていたのだ。
胸中に渦巻く郷愁にも似た、心地良い寂しさを感じながら朱雀隊が医務室の後方へ下がる。
入れ替わる形で夏輝隊が前へ。ピタリと閉じた扉の正面に夏輝が立つ。
金属でも天然資材でもない、これまでに見たことも無い質感の扉は不気味さと拒絶を感じさせる。まるでここから先は地獄が待っていると扉に告げられているようだ。
そんな扉の取っ手を夏輝の真後ろにいた兵士が歩み出て掴んだ。面の奥には強張った顔を隠しながらその時を待つ。
夏輝が後方に控える朱雀を一瞥し、その頷きをもって突入の合図とした。
「――――行くぞ」
兵士は取っ手に力を込める。すんなりと扉が動き始め、僅かに開いた隙間から人影がない事を確認した後、勢いよく押し開いた。
すかさず夏輝が一歩踏み出したが、歩みはそこで止まる。開かれた扉の正面、相対するように何者かが立っていた。
女中服に身を包み、切れ長の瞳とセミロングの髪。そのままであればさぞ麗しい女性であろうその姿だが、頭上には似つかわしくない禍々しい角が一対生えている。
――――魔族。
角を認めるのが先か、纏う空気に異質さを覚えるのが先か。夏輝は瞬時に女中との間合いを詰める。
扉の可動域から一歩引いたほどの距離の女中は、刹那に眼前に現れた紅甲冑に反射的な防御態勢を取ることも適わないようであった。
――――御免
朱雀の言葉を心中で反芻し、夏輝は音のない声で呟くと一閃。あまりの速度に刀の軌道が一筋の光として目に焼き付く。鍛え上げられた一部の隙も無い、逆袈裟の居合。
その一薙ぎのもとに女中は倒れる――――はずだった。
0
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説


【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?
キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。
戸籍上の妻と仕事上の妻。
私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。
見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。
一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。
だけどある時ふと思ってしまったのだ。
妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。
完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。
誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣)
モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。
アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。
あとは自己責任でどうぞ♡
小説家になろうさんにも時差投稿します。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる