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波乱
支柱は人柱へ
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鼻を突く薬品の臭いが遠のいていた意識を呼び覚ました。
気が付くと門を抜けていた。どれだけの時間歩いてきたのか朱雀たちは分からない。
暗闇から明かりの元へ出たことで視界が白む。
「ここが魔界か……?」
まだ靄が残る意識の中、朱雀は呟いた。その瞬間刀に手を掛け周囲を睨みつける。
朱雀が戦闘態勢に入ったことで兵士達もそれに倣った。
警戒の中ようやく目が慣れてきた一行は、安全を確保すべく室内の捜索を始めた。
部屋には足つきの寝台が壁伝いに並び、朱雀の背には薬品を収めた棚が置かれている。
「医務室でしょうか……。魔族も医療を必要とするのですね」
「戦場では魔術で瞬時に治癒をしているようだったが、本来は我々と同じく自然治癒が主なのかもしれない。…っ!」
薬品棚を流し見る夏輝の言葉に朱雀が返す。
最後に確かに息を呑んだ朱雀の目線の先、釣られるように見た夏輝や近くの兵士達もその光景には同じ表情を浮かべるしかなかった。
薬品棚の脇にある小窓。決して大きくはないその四角く切り取られた外の世界は、薄暗い闇が広がっていた。
乾いた血液を夜空に撒いたらこんな色になるのだろうと夏輝は思った。赤みがかった闇が靄のように広がり、それを僅かな光量の天体が照らす異質な光景。
その中で空を飛ぶトカゲとも蝙蝠とも似つかない生き物が疎らに飛んでいる姿だけで、自分達の知る世界との乖離を認めるには十分であった。
驚愕の中各々の合図で医務室内の安全を確認した一行は、僅かながら眼光を緩めた。
「この部屋を起点に動く。忘れるな、相手は別の生き物だ。接敵した場合、容赦なく斬り捨てろ」
最小限の声量で朱雀は指示を飛ばす。
二班に分かれ、夏輝と朱雀をそれぞれの司令塔に据え周囲の確認にあたることとなった。
指示を受ける中、夏輝は極度の緊張を覚えた。それは今まで経験したことの無いものだ。
これまでも数多の戦場を朱雀と共に潜り抜け、このところは責任のある立場を任されることが増えてきた。驕りには至らぬ程度には余裕も出てきた。
それがなぜこれほど緊張しているのか。夏輝は答えを探すように朱雀を見る。
そこに答えがあった。見慣れた姿で辺りを見る朱雀の手が微かに震えていた。数多の戦場を駆けてきたその人が、自分に悟られてしまうほどの動揺を見せている。
柱だったのだ。元来臆病者の自分がここまで来ることができたのは、朱雀が心の支柱となっていたから。
どんな場所でも朱雀だけは揺らがない。理路整然と為すべきことを為す。実際そうであったし、そう信じていたからこそ覚悟を決めて戦火へ身を投じることができた。
それが今目の前で揺らいでしまった。いや、本当は門が開いた辺りから揺らぎの片鱗はあった。
言葉の調子や雰囲気の微かな違い。今まで目で追い続け焼き付けてきたその姿と目の前の姿を無意識下で照らし合わせ、確かな違和感を覚えていたのだと夏輝は悟った。
気が付くと門を抜けていた。どれだけの時間歩いてきたのか朱雀たちは分からない。
暗闇から明かりの元へ出たことで視界が白む。
「ここが魔界か……?」
まだ靄が残る意識の中、朱雀は呟いた。その瞬間刀に手を掛け周囲を睨みつける。
朱雀が戦闘態勢に入ったことで兵士達もそれに倣った。
警戒の中ようやく目が慣れてきた一行は、安全を確保すべく室内の捜索を始めた。
部屋には足つきの寝台が壁伝いに並び、朱雀の背には薬品を収めた棚が置かれている。
「医務室でしょうか……。魔族も医療を必要とするのですね」
「戦場では魔術で瞬時に治癒をしているようだったが、本来は我々と同じく自然治癒が主なのかもしれない。…っ!」
薬品棚を流し見る夏輝の言葉に朱雀が返す。
最後に確かに息を呑んだ朱雀の目線の先、釣られるように見た夏輝や近くの兵士達もその光景には同じ表情を浮かべるしかなかった。
薬品棚の脇にある小窓。決して大きくはないその四角く切り取られた外の世界は、薄暗い闇が広がっていた。
乾いた血液を夜空に撒いたらこんな色になるのだろうと夏輝は思った。赤みがかった闇が靄のように広がり、それを僅かな光量の天体が照らす異質な光景。
その中で空を飛ぶトカゲとも蝙蝠とも似つかない生き物が疎らに飛んでいる姿だけで、自分達の知る世界との乖離を認めるには十分であった。
驚愕の中各々の合図で医務室内の安全を確認した一行は、僅かながら眼光を緩めた。
「この部屋を起点に動く。忘れるな、相手は別の生き物だ。接敵した場合、容赦なく斬り捨てろ」
最小限の声量で朱雀は指示を飛ばす。
二班に分かれ、夏輝と朱雀をそれぞれの司令塔に据え周囲の確認にあたることとなった。
指示を受ける中、夏輝は極度の緊張を覚えた。それは今まで経験したことの無いものだ。
これまでも数多の戦場を朱雀と共に潜り抜け、このところは責任のある立場を任されることが増えてきた。驕りには至らぬ程度には余裕も出てきた。
それがなぜこれほど緊張しているのか。夏輝は答えを探すように朱雀を見る。
そこに答えがあった。見慣れた姿で辺りを見る朱雀の手が微かに震えていた。数多の戦場を駆けてきたその人が、自分に悟られてしまうほどの動揺を見せている。
柱だったのだ。元来臆病者の自分がここまで来ることができたのは、朱雀が心の支柱となっていたから。
どんな場所でも朱雀だけは揺らがない。理路整然と為すべきことを為す。実際そうであったし、そう信じていたからこそ覚悟を決めて戦火へ身を投じることができた。
それが今目の前で揺らいでしまった。いや、本当は門が開いた辺りから揺らぎの片鱗はあった。
言葉の調子や雰囲気の微かな違い。今まで目で追い続け焼き付けてきたその姿と目の前の姿を無意識下で照らし合わせ、確かな違和感を覚えていたのだと夏輝は悟った。
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