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波乱
朝日を背に闇に入る
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今朝は上がって間もない小雨の余韻で、じっとりとした空気が満ちていた。
ぬかるみの残る地面が足に纏わり、不快感は否めない。
そんな中でも紅い甲冑達は平時と変わらず大地を踏みしめる。
いくら汚泥に塗れようとも鮮烈な紅は色褪せず、戦地においてもその姿に引けを取らぬ姿を見せてくれることであろうと、見る者に思わせるだけの強さがあった。
午前6時。晴天であれば空全体に陽光が馴染み、さぞ空が清々しい空が広がっていただろうが、一同の頭上には暗澹たる曇天が広がる。
門の前には昨日の人間の他に美雪もいた。
「どうか、百合をおねがいします」
「全力を賭そう。では行ってくる」
「どうか、お気をつけて」
朱雀の出立の声に村正は答える。
今朝から朱雀たちの甲冑からは金属音が消えていた。何か細工をしたのだろうが、その隠密性がこれから戦へ向かう覚悟を示すようであった。
「村正さん、行ってきますね」
総雲も村正に声を掛ける。
昨日の服装とは打って変わり、重々しい武装に身を包んでいる。
全身が黒に染められたかのような漆黒の甲冑姿。遠目から見れば人型の陰がうごめいているように見える。
特筆すべきは甲冑の圧倒的重厚感。兜をはじめとする全ての防具が黒光りし、胴は亀の甲羅を彷彿とさせるような楕円形。腹面、背面ともに複数個所が大きく隆起し、見る者を威圧する。
その風体に伴って並の人間の腰幅はあろうかという幅広の大剣を背負っている。
それは総雲の身長と相まって、異形の存在と化していた。
「ああ……。必ず戻ってくるのだぞ」
気圧されながらも村正は答える。
総雲は深く一礼すると、兵士達とともに朱雀の後ろに控えた。
「そうだ、村正殿。すまないが、これを預かってくれないだろうか」
「これは?」
朱雀から手渡されたのは、手のひらよりも少し大きな木箱。持った瞬間にカラカラと金属の擦れるような音が聞こえてきた。
「開けてみてくれ」
促されるまま村正が木箱を開けると、紐を通した矢羽根型の金属板が満ちていた。
板には人名と生年月日、出生地が刻まれている。
「私たちの間では『迷子札』と呼ばれている。いわゆる認識票だ。本来は身に着けたま戦場に赴き、有事の際には故人の識別に用いられる」
「なぜ、このような大切なものを私などに!?」
「此度はこれを回収できるものはおらん。故に本日より四日を数えても私たちが戻らなければ、これを中央へ送ってほしい」
朱雀のそれは遺言と同義であった。
故人の識別もままならぬ戦場に赴き、期日までの期間を果たせなかった場合は亡き者として扱ってくれ、と。
「頼めるだろうか」
「――――謹んでお預かりいたします」
朱雀を見据えたまま、村正は答えた。
「では村正殿、美雪、次は祝宴で会えることを願っている」
「必ずやお会いできると信じております」
「迎賓館で最上のもてなしの準備を整えておきますので」
「それは楽しみだ」
別れの言葉を交わし、朱雀は門を背に歩み出た。
皆、戦場へ入る! 鬨を上げよ!
うおおおおおおおお――――!
朱雀の声に戦士たちは拳を上げ叫ぶ。これまでの人生に対する喜び、そして自分は確かにこの世界で生きていたのだという証を残すための咆哮。
鬼気迫る形相でありながら神聖性を帯びた姿であった。
雑木林に木霊した咆哮が完全に止んだ瞬間、朱雀は門へ向き直りそのまま闇の中へ足を踏み入れた。
習うように戦士たちも列をなして歩み始めた。
殿の小柄な兵士の背中が闇に溶けたとき、時を見計らったように曇天が雨粒を吐き出した。
ぬかるみの残る地面が足に纏わり、不快感は否めない。
そんな中でも紅い甲冑達は平時と変わらず大地を踏みしめる。
いくら汚泥に塗れようとも鮮烈な紅は色褪せず、戦地においてもその姿に引けを取らぬ姿を見せてくれることであろうと、見る者に思わせるだけの強さがあった。
午前6時。晴天であれば空全体に陽光が馴染み、さぞ空が清々しい空が広がっていただろうが、一同の頭上には暗澹たる曇天が広がる。
門の前には昨日の人間の他に美雪もいた。
「どうか、百合をおねがいします」
「全力を賭そう。では行ってくる」
「どうか、お気をつけて」
朱雀の出立の声に村正は答える。
今朝から朱雀たちの甲冑からは金属音が消えていた。何か細工をしたのだろうが、その隠密性がこれから戦へ向かう覚悟を示すようであった。
「村正さん、行ってきますね」
総雲も村正に声を掛ける。
昨日の服装とは打って変わり、重々しい武装に身を包んでいる。
全身が黒に染められたかのような漆黒の甲冑姿。遠目から見れば人型の陰がうごめいているように見える。
特筆すべきは甲冑の圧倒的重厚感。兜をはじめとする全ての防具が黒光りし、胴は亀の甲羅を彷彿とさせるような楕円形。腹面、背面ともに複数個所が大きく隆起し、見る者を威圧する。
その風体に伴って並の人間の腰幅はあろうかという幅広の大剣を背負っている。
それは総雲の身長と相まって、異形の存在と化していた。
「ああ……。必ず戻ってくるのだぞ」
気圧されながらも村正は答える。
総雲は深く一礼すると、兵士達とともに朱雀の後ろに控えた。
「そうだ、村正殿。すまないが、これを預かってくれないだろうか」
「これは?」
朱雀から手渡されたのは、手のひらよりも少し大きな木箱。持った瞬間にカラカラと金属の擦れるような音が聞こえてきた。
「開けてみてくれ」
促されるまま村正が木箱を開けると、紐を通した矢羽根型の金属板が満ちていた。
板には人名と生年月日、出生地が刻まれている。
「私たちの間では『迷子札』と呼ばれている。いわゆる認識票だ。本来は身に着けたま戦場に赴き、有事の際には故人の識別に用いられる」
「なぜ、このような大切なものを私などに!?」
「此度はこれを回収できるものはおらん。故に本日より四日を数えても私たちが戻らなければ、これを中央へ送ってほしい」
朱雀のそれは遺言と同義であった。
故人の識別もままならぬ戦場に赴き、期日までの期間を果たせなかった場合は亡き者として扱ってくれ、と。
「頼めるだろうか」
「――――謹んでお預かりいたします」
朱雀を見据えたまま、村正は答えた。
「では村正殿、美雪、次は祝宴で会えることを願っている」
「必ずやお会いできると信じております」
「迎賓館で最上のもてなしの準備を整えておきますので」
「それは楽しみだ」
別れの言葉を交わし、朱雀は門を背に歩み出た。
皆、戦場へ入る! 鬨を上げよ!
うおおおおおおおお――――!
朱雀の声に戦士たちは拳を上げ叫ぶ。これまでの人生に対する喜び、そして自分は確かにこの世界で生きていたのだという証を残すための咆哮。
鬼気迫る形相でありながら神聖性を帯びた姿であった。
雑木林に木霊した咆哮が完全に止んだ瞬間、朱雀は門へ向き直りそのまま闇の中へ足を踏み入れた。
習うように戦士たちも列をなして歩み始めた。
殿の小柄な兵士の背中が闇に溶けたとき、時を見計らったように曇天が雨粒を吐き出した。
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