55 / 133
ここら辺で魔王を見ませんでしたか?
母は偉大なり その10
しおりを挟む
「それで結局、さっきの男はこの店の店主なのか?」
衝撃の邂逅から束の間の休息の時間、魔王はようやく疑問を吐き出すことができた。
「おそらくはそうだと思いますが……」
あの状況からしてまず間違いはないだろうとはパインも思っていたが、あまりの衝撃的な人物像の前に確信できずにいた。
「あの、いま、おとこのひと、ここ、てんしゅ、ですか?」
「そうさ! まあ、私以外はお客も商売人も佐伯さんのことが苦手みたいだけどね」
見かけだけじゃわからないこともあるのに――そう呟く女店主はどこか悔しそうな表情を浮かべている。
その顔に一朝一夕では語れないほどの思いをパインは見た。
思えば、先ほどの少年も男――佐伯のことを敬遠していた。
怖いとは言っていたが、それは見た目のことを言っているだけで、中身に関しては異なる感情を抱いているのではないか。
吉喜の苦笑いにパインはこんな思いを見出していた。
「お客さんにこんなこと言うのはおかしいかもしれないけどさ、佐伯さんのこと誤解しないであげてよ。見ての通り、良い人なんだよ」
お願いね?――ウィンクに手を合わせ、茶目っ気を出しつつ懇願する女店主は、パインの目にはどこか必死に見えた。
そして隣の魔王が小さくお辞儀を繰り返す女店主の胸元に揺れるモノを目で追っている姿もまた必死に見えた……ので、パインは取り敢えず頭を叩いておいた。
「ぃでっ!?」
突然同行者を叩いた客に、女店主は目を丸くする。
「まったく、この女店主がこんなに一生懸命に頼んでいるというのに貴方という人は」
「俺だって、不謹慎なことぐらいわかるけどよ、こんなもん目の前で揺らされて目で追うなって方が無理な話だ」
「結局は魔王様の自制心が弱すぎるのが原因では?」
この一言が、魔王にスイッチを入れた。
「ほー、そこまで言うならパインさん? さぞや大層な自制心をお持ちのあなたには、明日から風呂上がりに俺の体拭きっつう重要なお仕事を頼もうかなー」
「なっ!?」
予想外の返しに、思わず頬を朱に染めるパイン。
「親父もお袋に拭いてもらってたらしいし、別に普通だろ。まあ? パインさんともあろう方が、同年代の男の裸ごときで動揺するなんてこはないと思いますがね? もしいつもの平静を保っていられる自信がないということでしたら、断っていただいてもかまいませんが?」
「っ! なにを馬鹿なことを。そんなお願い拒否するに決まっているじゃないですか。言っておきますが、これは魔王様の裸などで動揺するからではなく、単に私の瞳に毎日移したくもないものを映す習慣ができてしまうことが嫌なだけです。そもそも」
ニヤニヤといやらしく笑う魔王に、確固たる拒否を突きつけようとしたパインであったが、魔王の口から放たれた言葉に動揺せざるを得なかった。
「じゃあ、これが命令だと言ったら?」
そう言って、勝ち誇るように魔王の鼻の穴が広がる。
現魔王も、そして前魔王でさえもしてこなかった禁忌。その一つがメイドへの命令である。
無論、今も魔王の支持によってメイドたちは動いているわけだが、あくまでもそれは魔王のお願いをメイド達が聞いているに過ぎない。
本当に嫌なお願いであったなら拒否権が存在するのだ。
しかし、命令となれば話が違う。
そこに拒否権は存在せず、実行の有無に関わらず遂行できなければ魔王の意向でいかような処分も甘んじて受けなければならない。
「……命令とおっしゃるのですか?」
「まあそうだな。ちみが言った自制心とやらがあれば、俺の体を洗うことぐらいご自慢の鉄面皮で無表情でこなしてくれると思ってのことだがね?」
どこまでもいやらしくパインを責めていく。
その姿こそまさに悪魔の長にふさわしい。
さてどう返すパインよーー圧倒的優位に立ち、涙目で許しを請うパインの姿を思い浮かべながら返答を待つ魔王。
そこには、絶対に揺るがない自信があった……のだが
「命令と言われれば従わざるを得ませんね。誠心誠意御奉仕させていただきましょう」
「そうだろ? わかればいいんだよ。これからは気をつけろよ。 って今なんつった!?」
魔王が目を向けた先、パインは静かに笑っていた。
そう、魔王は見誤っていたのだ。
腹を決めたパインの恐ろしさを。
衝撃の邂逅から束の間の休息の時間、魔王はようやく疑問を吐き出すことができた。
「おそらくはそうだと思いますが……」
あの状況からしてまず間違いはないだろうとはパインも思っていたが、あまりの衝撃的な人物像の前に確信できずにいた。
「あの、いま、おとこのひと、ここ、てんしゅ、ですか?」
「そうさ! まあ、私以外はお客も商売人も佐伯さんのことが苦手みたいだけどね」
見かけだけじゃわからないこともあるのに――そう呟く女店主はどこか悔しそうな表情を浮かべている。
その顔に一朝一夕では語れないほどの思いをパインは見た。
思えば、先ほどの少年も男――佐伯のことを敬遠していた。
怖いとは言っていたが、それは見た目のことを言っているだけで、中身に関しては異なる感情を抱いているのではないか。
吉喜の苦笑いにパインはこんな思いを見出していた。
「お客さんにこんなこと言うのはおかしいかもしれないけどさ、佐伯さんのこと誤解しないであげてよ。見ての通り、良い人なんだよ」
お願いね?――ウィンクに手を合わせ、茶目っ気を出しつつ懇願する女店主は、パインの目にはどこか必死に見えた。
そして隣の魔王が小さくお辞儀を繰り返す女店主の胸元に揺れるモノを目で追っている姿もまた必死に見えた……ので、パインは取り敢えず頭を叩いておいた。
「ぃでっ!?」
突然同行者を叩いた客に、女店主は目を丸くする。
「まったく、この女店主がこんなに一生懸命に頼んでいるというのに貴方という人は」
「俺だって、不謹慎なことぐらいわかるけどよ、こんなもん目の前で揺らされて目で追うなって方が無理な話だ」
「結局は魔王様の自制心が弱すぎるのが原因では?」
この一言が、魔王にスイッチを入れた。
「ほー、そこまで言うならパインさん? さぞや大層な自制心をお持ちのあなたには、明日から風呂上がりに俺の体拭きっつう重要なお仕事を頼もうかなー」
「なっ!?」
予想外の返しに、思わず頬を朱に染めるパイン。
「親父もお袋に拭いてもらってたらしいし、別に普通だろ。まあ? パインさんともあろう方が、同年代の男の裸ごときで動揺するなんてこはないと思いますがね? もしいつもの平静を保っていられる自信がないということでしたら、断っていただいてもかまいませんが?」
「っ! なにを馬鹿なことを。そんなお願い拒否するに決まっているじゃないですか。言っておきますが、これは魔王様の裸などで動揺するからではなく、単に私の瞳に毎日移したくもないものを映す習慣ができてしまうことが嫌なだけです。そもそも」
ニヤニヤといやらしく笑う魔王に、確固たる拒否を突きつけようとしたパインであったが、魔王の口から放たれた言葉に動揺せざるを得なかった。
「じゃあ、これが命令だと言ったら?」
そう言って、勝ち誇るように魔王の鼻の穴が広がる。
現魔王も、そして前魔王でさえもしてこなかった禁忌。その一つがメイドへの命令である。
無論、今も魔王の支持によってメイドたちは動いているわけだが、あくまでもそれは魔王のお願いをメイド達が聞いているに過ぎない。
本当に嫌なお願いであったなら拒否権が存在するのだ。
しかし、命令となれば話が違う。
そこに拒否権は存在せず、実行の有無に関わらず遂行できなければ魔王の意向でいかような処分も甘んじて受けなければならない。
「……命令とおっしゃるのですか?」
「まあそうだな。ちみが言った自制心とやらがあれば、俺の体を洗うことぐらいご自慢の鉄面皮で無表情でこなしてくれると思ってのことだがね?」
どこまでもいやらしくパインを責めていく。
その姿こそまさに悪魔の長にふさわしい。
さてどう返すパインよーー圧倒的優位に立ち、涙目で許しを請うパインの姿を思い浮かべながら返答を待つ魔王。
そこには、絶対に揺るがない自信があった……のだが
「命令と言われれば従わざるを得ませんね。誠心誠意御奉仕させていただきましょう」
「そうだろ? わかればいいんだよ。これからは気をつけろよ。 って今なんつった!?」
魔王が目を向けた先、パインは静かに笑っていた。
そう、魔王は見誤っていたのだ。
腹を決めたパインの恐ろしさを。
0
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説


【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?
キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。
戸籍上の妻と仕事上の妻。
私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。
見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。
一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。
だけどある時ふと思ってしまったのだ。
妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。
完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。
誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣)
モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。
アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。
あとは自己責任でどうぞ♡
小説家になろうさんにも時差投稿します。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる