魔王の子育て日記

教祖

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波乱

痕跡 その7

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 「我ながら無様だな」
 自嘲に満ちた言葉だった。
 朱雀はようやく顔色が戻りつつあった。
 「常人なら命さえも危ぶまれる儀式を終えて、これだけの軽口を仰ることのできる御方を誰が無様と罵りましょうか」
 面を取りながら慈愛に満ちた表情を浮かべ、傍らの兵士は返す。
 他の兵士に比べ一回り小柄な体躯。落ち着いた表情の中にまだ幼さが見える。
 年齢、体躯もさることながら最も特筆すべき点は、兵士で唯一の女性であることだろう。
 一目では男子と見まごう短髪と白磁の如き色白の肌。凛々しさの中に美しさを感じる顔立ち。
 「優しいな夏輝なつき。副隊長も大変だな。隊長の機嫌取りに付き合わされて」
 「本心ですとも。なにより機嫌取りも仕事の内ですから」
 「言うようになったな」
 副隊長――――夏輝と朱雀は笑みをこぼす。
 だが、夏輝の表情はすぐに曇ってしまった。そしておもむろに口を開く。
 「朱雀様、その、お伺いしてどうなるわけでもないのですが……」
 「相手はどれほどの力量か――――という話か?」
 「……はい」
 夏輝の表情は一層険しくなる。
 あまりにも未知の領域を目の当たりにすると、目の前で起こっているにもかかわらず他人事のようにしか思えなくなってしまうのは人間のさがである。
 一連の流れから、今回の一件には計り知れぬ力を持ったものが関わっていることは痛感した。だが、せめて心構えの為にも最低限の範囲というものを知っておきたい。
 故に遥か彼方の実力を誇る朱雀であれば、何かつかめているのではないかという期待からの問いであった。
 「正直私も計り知れない。だが、経験上実力が図れない相手に対しての心構えというものがある」
 「――――それは一体」
 「相手の領域――――此度で言えば門を越えた先か。そこに立った瞬間から己の生殺与奪を相手に握られていると思え」
 「……っ!」
 「今まで散々、剣を交え相手の実力を測れ、と宣った口から出た言葉とは思えないか」
 「そんな……。いえ、そう思ったのは否定できません」
 一度は否定したが、朱雀の口からその言葉が出た時点でそれは無意味であると夏輝は悟った。
 「今までの教えは対人戦――――あくまでも我々と同じ道理の中で技を磨いた生物に対しての戦いの術だ。だが、これより向かう先にいるのは、こちらの道理など通じるはずもない生物だ」
 「はい」
 「加えて戦いの場もあちらの本拠地。あまりにも分が悪い。それでも我々は行く。それが我々の任務だからだ。罪なき者の嘆きを慟哭に変えぬために。これ以上嘆く者が生まれぬように」
 「はい!」
 「無論、あちらで果てる気など毛頭ない。赤子を奪還し、誰一人欠けることなくこの場所へ戻る。またこの木陰でこの涼風を浴びよう」
 「そうですね」
 夏輝は朗らかに微笑む。
 その時ひときわ強く草木が揺れた。
 ほのかに熱を帯びた夏の風が過ぎると、一時ぴたりと風が止んだ。
 まるでこれが最期であると言わんばかりに――――。
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