魔王の子育て日記

教祖

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波乱の幕開け

悪餓鬼の末路 その3

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 誰かが小さく咽た。思考を巡らせる間、唾を飲み下すのを忘れていたのだろう。
 それを皮切りに、再び時は動き始めた。
 驚きの声が立て続けに上がる。そこにはあれほどの統率を見せた朱雀の兵士の物もあった。
 深い忠誠を上回る本能的な感情だったのだろう。
 「悪いが易々と信じられるような内容ではない。説明を請いたい」
 朱雀が一層険しい表情を村正へ向ける。
 『この場でここまで突拍子もない事を言うからにはそれなりの理由を示せ』
 言葉の真意はこの場の誰から見ても明らかだった。
 「もちろんです。この話はこの二人と幼馴染であり私の孫娘――――れんからのものです」
 そう前置きをした上で、村正は雄弁に語りだす。
 蓮が聞いた二人の会話。垣間見た蒼白な表情。蓮がそれを自分に訴えてきたときの真剣さと熱量。
 そして最後にこう締めくくった。
 「今や唯一の肉親にして、最愛の孫娘。あれほど何かを必死に訴えてきたのは初めてのことでした。孫馬鹿と罵られてもかまいません。この話が蓮の戯言たわごとであったならば私がすべての咎を受けましょう」
 ただ真っすぐに朱雀を見つめる村正。睨みつけているわけでもないのに、周りの者からはその気迫は朱雀のそれと拮抗しているように感じられた。
 何度目かの沈黙が大広間を包んだが、意外にもあっけなく朱雀が口を開く。
 「気迫と覚悟は確かに受け取った。しかし、説明にはなっていなかったな。悪いがまた聞きでは埒が明かない。当事者の口から聞くとしよう」
 「「「っ!」」」
 息を呑む音というのは、確かに存在する。
 埒外の出来事に対し脳が酸素を求め、それに応えるべく反射的に息を呑む。決して大きな音ではないが大広間とは言え四方を壁に囲まれた建物の中、20名余りが同じ瞬間にそれを行えば確かな音になる。 
 皆が固まっている間に朱雀は聖護達の前に移動し腰を下ろした。
 「口封じをされたのか。こちらの言葉を理解する魔物がいるとは聞いていたが、眉唾ではなかったのだな」
 朱雀の口ぶりはどこか好奇心が見え隠れしていた。当の二人にしてみれば今の状況を面白がっているようにしか見えない。
 「これを持て」
 朱雀は懐に手を伸ばすと、両手に一枚ずつ紙切れをもって二人に差し出した。
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