魔王の子育て日記

教祖

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綻び

土の中ではしたたかに その2

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 あっけなく、本日最後の終業の鐘が鳴った。
 授業の内容などこれっぽっちも頭にないし、昼食を摂った記憶があまりない。
 ただ、おなかは減っていないし、聖護が何かしゃべりかけてきたのを、上の空で返した記憶は断片的に残っている。
 蓮は、窓の外に傾くすっかり優しくなった太陽を認め、鞄を手に取った。
 「今日、用事があるから先に帰るわ」
 「ん、分かった」
 「また明日」
 二人に一声かけ、教室を後にする。
 いつもは誰が声を掛けるわけでもなく3人でだらだらと帰るけど、今はすぐにでも家に帰りたい。
 幸い、今までもお祖父ちゃんの手伝いで先に帰ることもあったし、不思議には思われてはいないはず。
 自分に言い聞かせ、足を速めた。
 
 「ただいま」
 「早かったな」
 蓮が戸を開けると間もなく、御年80を迎えるとは思えぬ軽やかな足取りで、蓮の祖父――――村正むらまさは孫を迎えた。
 「まあ、たまにはね」 
 「良いことだ。ゆっくりできる時はしといたほうがいい。茶でも入れるか」
 「うん。ちょうど話したいことがあったし」
 「なんだ」
 「朝の話。美雪さんの赤ちゃん、もしかしたら見つかるかも」
 すぐ鞄置いてくる――――
 蓮は小走りに自室へ向かった。
 「……ほう」
 孫の後ろ姿に村正は小さく息をつく。
 高鳴る・・・胸を押さえつけ、村正は茶の間に戻り急須を手に取った。
 
 「――――っていうことなんだと思う」
 「そう、か……」
 一連の話を聞き終え、村正は湯呑に口をつける。
 夏とは思えぬ湯気が立ち上っていた緑茶も、気が付けば一息で飲み干せるほどぬるくなっていた。
 「自分たちの口からは言えない理由があるんだと思う。だから二人を責めないで」
 ――――お願い…‥。
 絞り出すような声だった。まるで自分の罪を告白するような心の底からの懇願。
 そんな蓮に村正は――――
 「責めるも何も、感謝の言葉以外に蓮に言うことはないぞ?」
 「へ?」
 あっけらかんと言い放ち、続ける。
 「蓮がその現場に居合わせていなければ、この事はあいつら以外誰も知らなかったかもしれん。そうなれば、赤子の居場所は見当もつかなかった。それに感謝以外にどうしろと。よくぞ言ってくれた」
 ――――ありがとう。
 こちらも心の底から謝意を表す。
 本当にいい孫を持った。我ながら誇らしい。
 幼い頃に両親を亡くし深い悲しみを知りながらも、この老体を親代わりにここまで育ってくれた。
 その上、こんな人生最高の好機・・・・・・・までもたらしてれるとは、愛おしき孫娘よ。
 村正は大きく微笑んだ。
 「おじいちゃん・・・・・。そうだ、美雪さんにも話してくるね。きっと聞いたら喜んでくれるよ」
 ちゃぶ台に手をついて、蓮は思い立ったように立ち上がる。
 「おお、頼んだ。私も動くとしよう」
 蓮に倣って、村正も腰を上げる。
 「どうするの」
 「ちょっと当てがあってな。帰りが遅くなるかもしれん」
 「わかった。戸締りは気を付けるね。鍵は持った?」
 「大丈夫。気を付けて行ってくるんだよ」
 「うん! 先に行ってきます!」
 「いってらっしゃい」
 小走りで茶の間を後にした蓮は、そのままの勢いで美雪の家へ向かった。
 ――――私も行こうか。
 たまの外出でしか着ない、準正装――――黒染めの絹製ジャケットに腕を通す。
 ズボンもそれに合わせて、玄関へ向かい姿見を眺める。
 非公式とは言っても、相手が相手だ。粗相でもあっても話が聞いてもらえなくなっては元も子もない。
 細心の注意を払い、横から入り始めた赤みがかった陽光を明りに、自身の姿を確かめる。
 ――――おっと。
 口には出さなかったが、一つ大きな失態を見つけた。
 これはいけない。修正しなければ。
 頷きながら、自分の頬の筋肉を解す。
 本来は多少の愛想笑いも必要がだが、今回ばかりは内容が問題だ。
 どれだけ嬉しかろうが、最低でも真顔で行かなければ。
 確認して手を動かし、繰り返すこと3回。ようやく、いつもの顔に戻った。
 安堵の溜息を吐きつつ、村正はようやく玄関の扉にをかけた。
 
 蓮に微笑んでからここまでの間、村正の口角が下がることは一瞬たりともありはしなかった。
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