魔王の子育て日記

教祖

文字の大きさ
上 下
73 / 133
夜の魔王

考え魔王 その3

しおりを挟む
 不測の事態とは、読んで字のごとく予測などできない。
 故に対応者の技量が露呈する。
 此度の対応者の技量やいかに。
 「悪かった」
 魔王たいおうしゃこうべを垂れ陳謝した。
 この姿を見て、誰が一国の長であろうと思おうか。
 それが奉仕者メイドに対してならなおのこと。
 「いえ、その、ご自身でやろうと思っていただけただけでも、うれしかったですよ」
 ヴィエルがぎこちなく笑う。
 彼女の朗らかではない笑顔を見たのは、魔王はおろかメイド達も初めてだった。
 
 惨劇はこの医務室で起きた。
 赤ちゃんが泣きだしだしたのは、刻盤が黒の12をまわり、白に切り替わって間もなく。
 魔王の仕事は佳境に入り、メイド達は1人を除いて、自室で就寝前の自由時間を楽しんでいた。
 ヴィエルは医務室にいた。
 赤ちゃんの面倒を見るため、親が見つかるまでは一緒に寝ると申し出たのだ。
 「ごはんかな、おむつかな、それともだっこかな」
 優しく抱き上げる。
 声をかけながら状況を確かめていると、赤ちゃんの声を聞き真っ先に駆け付けたのは、魔王とパイン。
 正確には、夜に泣き出すとは何かあったに違いないと先走った魔王をパインが追いかけてきた形。
 「大丈夫か!」
 「魔王様、ですからこれは」
 ――――医者か、薬かと、魔王は騒ぎながら赤ちゃんの身を案じる。
 純粋に心配で駆け付けてきたようだが恐らく魔王は分かっていないのだろう、とヴィエラは理解した。
 「魔王様」
 できる限り柔らかな声音で、呼びかける。
 「どうした、やっぱりどこか悪いのか! 夜に泣くなんてただごとじゃねーからな。この際口止めするから医者を呼ぼう! ちょっと待ってろ。すぐに連絡を」
 「これは『夜泣き』と申します。ただの甘えんぼさんです」
 「っ!? どういうこと?」 
 内ポケットに手を入れたまま固まる魔王。
 「赤ちゃんって喋れないじゃないですか。だからいろんなことを『泣く』っていう方法で教えてくれるんですよ。それがごはんの時もあるし、おむつの時もあります」
 「そりゃあなあ」
 「特に赤ちゃんのうちは、朝も夜も関係無いんです。夜は寝てる時間っていうのは私たちが勝手に決めてるだけですから。特に夜は急に静かになって、怖くなっちゃうんでしょうね。現に今はもう寝ちゃってる。安心したのかな」
 「嘘だろ。今までのは何だったんだ」
 ヴィエルの腕の中ですっかり静かになった赤ちゃんに、魔王は目を丸くする。
 夜は寝る時間。何の疑問持たずに今まで生きてきたが、赤ん坊は違うのか。
 言われてみれば、やりたいことがあれば動いて、してほしいことがあれば言葉で伝えて、ができねーんだから当たり前か。
 当たり前。そう思いながらも、魔王はどこか新しい世界を覗いている気分だった。
 改めて、目の前にいるのは自分とは違う生き物だということを思い知った。
 そして自分の知らない生き物ということは、魔王の大好物である。
 「おもしれえ生き物だな。赤ん坊ってのは」
 「「っ!」」
 魔王の声音が変わった瞬間、二人は背中に悪寒が走った。
 恐る恐る顔を向ければ、予想通り人間を語る時と同じ表情の魔王がいた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?

キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。 戸籍上の妻と仕事上の妻。 私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。 見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。 一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。 だけどある時ふと思ってしまったのだ。 妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣) モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。 アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。 あとは自己責任でどうぞ♡ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

処理中です...