魔王の子育て日記

教祖

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ハプニング大好き魔王さん

帰ろうか、もう帰ろうよ

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 店を出ると、日はすっかり落ち着いていた。
 前方を見据えるだけで視界に入るほどに低くなった紅い陽光は薄く影の入った雲にまばらに遮られている。
 パインは考えていた。
 佐伯という人間が何者なのかを。
 あの巨体や女性的な言動に面食らっていたが、本質はそこではない。 
 女店主が発した「佐伯なら」という言葉でパインは確信した。
 あの男は魔族を知っている。
 お伽話ではない、本物を。
 だとすれば、あのまま店を出てよかったのか。多少強引でも、策を講じておくべきではなかったのか。
 パインは負のスパイラルに嵌る。

 「ん? なんだ?  水か?」

 パインを無間地獄から現実に呼び戻したのは、どこまでも拍子抜けした声だ。
 その主は、地獄の元凶たる魔王本人。
 不思議そうに辺りを見回すも、往来の中央部を歩く二人に炊事場の水が跳ねるわけはない。
 そもそも商店が立ち並ぶこの通りに、通行人に粗相をするような作りの建物が立つはずもない。
 「気のせいか?」
 「雨ですよ。人間界では空から水滴が降ってくる気象があるのです。絵本にも書いてあるじゃないですか。人間界人間界と日頃言っていた割には、勉強不足では?」
 言葉の節々に棘を持たせて、答えを投げる。
 本当に能天気な男だ。
 先の一件がどれほどの綱渡りだったのか、この男は理解していないのだろう。  
 「俺は、人間そのものが好きなんだよ! 遊びとか店とかそういうのを求めてんだよ」
 「卑猥な画集もですよね」
 「おふっ!」 
 胸を押さえて、地面に膝をつく。
 パインは徐々に回復へと向かっていた魔王の心の傷口を力任せにこじ開けてみせた。
 操縦者をなくした荷車が重さに任せて尻餅をつき、中の缶が鈍く鳴った。
 まったく。
 「早く戻りますよ。赤ちゃんが待っています。雨足も強くなって来ましたし」
 「お、おう」
 休む暇を与えず歩調を早める。
 もうなるようにしかならない。
 ならば、心配するだけ無駄というもの。
 最悪の場合でも、どうにかなるだろうし。
 パインは視線を悟られぬよう、息を切らして荷車を引く我が主を視界に収めた。
 「貴方なら……ね」
 呟きは雨粒とともに、ぬかるみ始めた地面に沈んでいった。
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