魔王の子育て日記

教祖

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魔界へ

いいか、絶対離れるなよ? 絶対だからな!

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 光の先にあったのは小さな街だった。
 木造の建物が碁盤の目のように建ち並び、二つ前の大通りには人々が行き交い街に活気をもたらしている。
 「おお! ここが人間界の街かぁ……」
 憧れの街なみを前にして魔王は感嘆の声を漏らす。
 「ええ。久しぶりですね」
 「久しぶりって、前はいつ来たんだ?」
 「私が4歳の時ですから、15年前ですね」
 「それってもう久しぶりとは言わないんじゃねーの!? そんなんで粉ミルク買えんのかよ」
 「問題ありません。……きっと」
 「希望的観測は良くないと思うぞ」
 「案外やってみるとどうにかなるものです」
 私についてきてくださいと言わんばかりにパインは歩みを進めた。
 「良いか悪いかは別問題なのね。つーか金はどうすんだよ? 俺持ってねぇぞ」
 「そんなもの、用意してるに決まってるじゃないですか。『どうやって用意したか』については、お答えできかねますが」
 「怖すぎて、聞く気にもならねぇよ」
 しっかし、こっち来てから立場が逆転してんだよなー。
 なんとも言えないモヤモヤを胸に秘めたまま、魔王はパインの後を追った。
 
 碁盤の目のうち、森の小道から真っ直ぐに伸びる路を進み、十字に交わる横路を一つ越えた先。住宅地とは一味違う活気に満ちた大通りが二人の前に横たわっている。
 人々が行き交う通りには露店が立ち並び、呼び込みの声と人々の喧騒と陽光で少し目眩がするほどだ。
 「夢に見たとおりだ! ワクワクすんなー」
 「騒音と熱気でイライラします。早く粉ミルクを買いましょう」
 スタスタと歩き出したパインの後を追う魔王。
 「つってもよ、看板には何書いてあるか分かんねーし、話す言葉もちげーけどどうやって買うんだよ」
 「一応最低限の人間語は理解できるので大丈夫です」
 「お前は本当になんでうちのメイドなんかやってんだよ……」
 我がメイドでありながらどこまでハイスペックなのかと、魔王は半ば呆れに近い感情を抱いた。
 「まあ代々我がパイル家は魔王様のお城にお使えしてきましたので、私も仕方なく」
 わざとらしいため息に魔王の眉がひきつる。
 「他になんかやりたいことでもあったのか?」
 「いえ、まあ、あったといえばありました。まあ、ある意味今の仕事が1番やりたかったことに近いですね」
 「なんだよ、そのやりたかったことってのは」
 「魔王様には教えません、絶対に」
 前を向いたままパインは答えた。
 「にはってなんだよ! にはって!」
 「話したくないんです。さっさと行きますよ」
 パインは歩く速度をさらに上げ、人混みの中へと紛れていった。
 「おい、待てって! お、おい」
 魔王も後を追おうとするが、人混みの中ではうまく進めず、なんとか人波をかき分け抜け出た時にはもうパインの姿は見えなかった。
 
 「あいつが迷子じゃねーか……」

 絶対に魔王には言いたくない。自分の夢が魔王と一緒になることなど絶対に。
 パインは自分でもわかるほどに熱を持った顔を後ろの男に見られまいと必死に足を動かす。
 だが、気がつくといつもの雑音が聞こえない。後ろを見ればさっきまでいたはずの男がどこにもいない。
 一体どこに・・・・・・
 思い返せば魔王を撒いたのは他でもない自分であることに気づいた。
 「私自らこの自体を招くとは……」
 
 
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