されど御曹司は愛を知る

雪華

文字の大きさ
上 下
49 / 68
◇第6章 「行ってきます」の代わりに◇

絶賛修行中①

しおりを挟む
 グレースに勤めるようになって、忙しくも充実した日々が続いていた。
 レジを覚えると今度は試着室の案内や返品などの対応。その次は売上管理に商品の仕入れなど、こなす業務は多岐に渡り、目まぐるしくて時間があっという間に過ぎて行く。  

 そうして気付けば秋はとっくに終わりを告げ、道行く人は厚手のコートを身に纏い、すっかり冬の装いだ。

「まだ十七時なのに、もうこんなに暗いや」

 窓の外と腕時計を見比べながら、玲旺が呟く。
 十二月のロンドンは夕方にもかかわらず、完全に日は落ち、夜のような暗さだった。

「レオ、納品されたアイテムの検品は済んだ?」
「はい、いま終わったところです。あと、タグも付けておきました」
「ああ、助かるよ。丁度タグを頼もうと思っていたんだ、ありがとう。そろそろ時間だし、少し早いけど今日はもう上っていいよ」

 店長が笑顔で肩をたたく。
 グレースのテナントは、店員が三人もいれば十分に顧客に目が行き届く程度の広さだった。その代わり内装にはこだわっていて、クラシックな赤いダマスク模様の壁紙に、スワロフスキークリスタルを使用した豪華なシャンデリアが貴族の館を彷彿とさせる。
 クリスマス仕様に飾り付けられた店内は、より一層華やかだった。

 棚の商品を畳んでいたノアが、玲旺に気付いて顔を上げる。

「お疲れ様。気を付けて帰ってね」
「うん。また明日」
「あ、そうだ。レオって年越しの予定決まってる?」

 急に尋ねられ、玲旺は歩きかけていた足を止めた。

「姉夫婦と過ごすつもりだけど……」

 正直に答えた後、もし特別な意味を込めて誘われたらどうしようかと一瞬不安がよぎる。

「そっか。もし良かったらさ、友達がカフェを貸し切ってカウントダウンパーティーするんだけど一緒に行かない? オーリーも来るよ。フィンにも声かけてある」

 オーリーもフィンも、グレースで一緒に働く同僚だ。自分だけが誘われた訳ではないことにホッとしながら、玲旺は「行こうかな」と返事した。
 別に今までノアに色目を使われたことはないし、気のあるような素振りも一切ないのだから、自意識過剰だったなと玲旺は独り首をすくめる。心の中で「変に疑ってゴメン」と謝りながら、手を振ってその場を後にした。

 外に出ると冷たい風が吹き抜けて、玲旺はマフラーに顔を埋めた。こんな寒い日は少し寄り道して帰ろうと、最近気に入って通っているカフェに向かう。地下にある店は味も雰囲気も良く、その割には待たずに入れるので重宝していた。

 店内はまるでロールプレイングゲームに出てくる酒場のようで、濃淡のある赤いレンガの壁は所々欠けている。
 思ったより混雑していたが、空いてる席を見つけ、オーダーを取ってもらうために店員の姿を探した。

「あ。今日はあの人がいる」

 店内を見渡した玲旺の目に、黒髪の店員の姿が映った。普段は厨房にいるが、店が忙しい時だけホールに出てくる男性だ。黒髪に黒い瞳で、玲旺は「日本人かもしれないなぁ」と、自分と年齢が近そうなこともあり、勝手に親近感を持っていた。
 その店員が玲旺の視線に気づいて、オーダーを取りにテーブルに来る。

「ご注文は?」
「ホットチョコレートお願いします」

 ニコリともせずに店員はメモを取り、すぐに踵を返す。玲旺はその背中に向かって「あの」と日本語で話しかけた。

「もしかして、日本人ですか?」

 無言のまま振り返った彼の表情は驚きに満ちていた。口をパクパクと二度ほど開いたが、急に声をかけられて焦っているのか言葉にならない。結局彼は何も答えないままその場を去ってしまい、玲旺は頬杖をついて「うーん」と唸った。

「呼びかけに反応したってことは、やっぱり日本人なのかな。それにしても、あんなに驚くことないのに」

 気を取り直してマフラーを外し、読みかけの小説に目を落とす。少しして先ほどの店員がホットチョコレートを運んで来た。目の前に置かれたカップを見て、玲旺は「おや?」と首を傾げる。いつもは褐色のミルクチョコレートが注がれているだけだが、今日はその上にスライスされたホワイトチョコレートがたっぷり散っていた。

「いつも来てくれてるから、サービス。あと、日本語久しぶりに聞けて嬉しかった」

 玲旺の疑問を察したかのように、黒髪の青年はぼそぼそと日本語で答える。怒っているような強張った表情と言ってる台詞がちぐはぐで、玲旺は思わずクスッと笑った。

「ありがとう。この店気に入ってるんだ。だから、また来るね」
 
 青年は無言で深く頷くと、厨房へ戻っていく。

「名前くらい聞いとけば良かったかな。……まぁ次に会った時でいっか」

 玲旺はホットチョコレートに口を付け、読みかけの本を再び開いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。 広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。 「は?」 「嫁に行って来い」 そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。 現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる! ……って、言ったら大袈裟かな? ※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

処理中です...