されど御曹司は愛を知る

雪華

文字の大きさ
上 下
30 / 68
◇第4章 月も星も出ない夜◇

『恋は盲目』①

しおりを挟む
 目の前に座る見合い相手は、一言で言えば「清楚」だった。
 玲旺より一つ年下で、都内の名門大学に在籍しているらしい。絵に描いたようなお嬢様が身に着けている薄い水色のワンピースと白いカーディガンは、フォーチュンの新作だった。

 わざわざこの日の為に気を使ってくれたのだろうかと思いながら、一度も顔を上げない彼女をぼんやり眺めた。
 彼女の母親がしきりに「人見知りなんです、小さい頃から引っ込み思案で」と繰り返していたが、俯いている理由はそれだけではない気もする。「あとは若いお二人で……」と、ドラマのようなセリフを残して二人きりにされた後、しばらく沈黙が続いていた。

 ホテルの最上階に位置するロビーラウンジには、グランドピアノの音色が流れていて、無音で無いことに救われる。懐石の個室じゃなくて良かったと息をつきながら、玲旺は彼女にどうやって嫌われようかと考えていた。どうせなら向こうから断ってくれた方が、角も立たずに楽でいい。だったらこのまま愛想を尽かされるまで黙っていようか。
 
 そう思った瞬間、気が付いた。
 この子も同じように、自分に嫌われたくて無言で俯き続けているのではないかという事に。

「あのさ」

 声を掛けると、彼女の肩がビクッと跳ねた。

「この見合い、上手くいかない方がいいと思ってる?」

 その言葉に彼女の顔色がサッと青くなったので、玲旺は慌てて首を振った。

「あ、違う違う。責めてるんじゃなくて、俺もそう考えてたから。まだ結婚する気はないし……好きな人、いるし」

「好きな人」と口に出した途端、ズキンと胸が痛んだ。それが切なそうに見えたのか、彼女は同意するように大きく頷く。

「私もです。片想いですけど……。だから、結婚なんてまだ考えられなくて。失礼な態度を取ってしまいました。ごめんなさい」
「いや、おあいこでしょ。それなら話が早くて助かるよ。お互い家に戻って『あの人とは相性が合わない』って言えば済むし」

 顔を見合わせ、ホッとしたように笑顔を浮かべる。彼女の黒い髪が肩からサラサラと滑り落ちた。
 美人だな、と思う。こんな風に容姿も教養も完璧な子と結婚して家庭を築いたら、周囲は安心するのだろうなとも思う。

 だけどそれは、望む未来じゃない。
 例えいつか受け入れなければならない現実だとしても。

「ごめんなさい。私の父が、桐ケ谷さんのお父様に無理を言ったんです。早いうちから婚約者がいれば、私に悪い虫が付かないと思ったみたいで」
「ああ、気にしないで。うちも似たような理由で引き受けたと思うから」

 きっと玲旺が変わったと小耳にはさんだ父親が、どれくらいまともになったのか見合いの場を借りて試したのだろう。
 ふうっと短く息を吐き出し、玲旺は席を立つ。

「じゃあ、ここで解散でいいかな。まだ明るいし、送らなくても大丈夫だよね」
「はい、ここで大丈夫です。今日はありがとうございました」

 立ち去る彼女の背中を見ていたら、思わず「ねえ」と呼び止めてしまった。不思議そうに振り返った彼女に、玲旺は迷いながら告げる。

「お互いしんどいね。片想いって言ってたけど、諦めないで頑張んなよ。……キミは上手くいくと良いね」

 やっぱり余計なお世話だよなあと気まずそうに玲旺は頭を掻いたが、彼女は「桐ケ谷さんの恋も、応援してます」と嬉しそうに顔をほころばせてその場を後にした。

「俺の恋、か」

 そうだ、これは恋だ。
 ふわふわとして甘酸っぱい、可哀想な自分にさえも酔える、青臭いただの恋だ。

 だけどここから先は知らない。
 誰かを想うと同時に痛みが伴ったことなんてなかった。今のうちに引き返した方が良いのかもしれない。
 この痛みが増す前に。

 わかっていながら「会いたい」と願ってしまう自分の中の矛盾に苦笑いした。久我がもし、この見合いに少しでも妬いてくれたら、それだけで満足してキッパリ諦められるだろうか。それとも想いが暴走して、更に傷を深めてしまうのだろうか。

『恋は盲目』とはよく言ったものだと思いながらスマホを取り出した。面倒臭いが見合いの結果を父親に告げておかないと、彼女にも迷惑がかかってしまう。そうして画面に目を向けて固まった。

「え、久我さん?」

 久我からのメッセージを知らせる表示に、鼓動が早くなる。
 こんな時に何の用だろうと、一時間以上前に届いていたメッセージを開いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅
BL
星座占いワースト一位だった。 面接落ちたっぽい。 彼氏に二股をかけられてた。しかも相手は女。でき婚するんだって。 占い通りワーストワンな一日の終わり。 「恋人のフリをして欲しい」 と、イケメンに攫われた。痴話喧嘩の最中、トイレから颯爽と、さらわれた。 「女ったらしエリート男」と「フラれたばっかの捨てられネコ」が始める偽同棲生活のお話。

処理中です...