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◇第4章 月も星も出ない夜◇
『恋は盲目』①
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目の前に座る見合い相手は、一言で言えば「清楚」だった。
玲旺より一つ年下で、都内の名門大学に在籍しているらしい。絵に描いたようなお嬢様が身に着けている薄い水色のワンピースと白いカーディガンは、フォーチュンの新作だった。
わざわざこの日の為に気を使ってくれたのだろうかと思いながら、一度も顔を上げない彼女をぼんやり眺めた。
彼女の母親がしきりに「人見知りなんです、小さい頃から引っ込み思案で」と繰り返していたが、俯いている理由はそれだけではない気もする。「あとは若いお二人で……」と、ドラマのようなセリフを残して二人きりにされた後、しばらく沈黙が続いていた。
ホテルの最上階に位置するロビーラウンジには、グランドピアノの音色が流れていて、無音で無いことに救われる。懐石の個室じゃなくて良かったと息をつきながら、玲旺は彼女にどうやって嫌われようかと考えていた。どうせなら向こうから断ってくれた方が、角も立たずに楽でいい。だったらこのまま愛想を尽かされるまで黙っていようか。
そう思った瞬間、気が付いた。
この子も同じように、自分に嫌われたくて無言で俯き続けているのではないかという事に。
「あのさ」
声を掛けると、彼女の肩がビクッと跳ねた。
「この見合い、上手くいかない方がいいと思ってる?」
その言葉に彼女の顔色がサッと青くなったので、玲旺は慌てて首を振った。
「あ、違う違う。責めてるんじゃなくて、俺もそう考えてたから。まだ結婚する気はないし……好きな人、いるし」
「好きな人」と口に出した途端、ズキンと胸が痛んだ。それが切なそうに見えたのか、彼女は同意するように大きく頷く。
「私もです。片想いですけど……。だから、結婚なんてまだ考えられなくて。失礼な態度を取ってしまいました。ごめんなさい」
「いや、おあいこでしょ。それなら話が早くて助かるよ。お互い家に戻って『あの人とは相性が合わない』って言えば済むし」
顔を見合わせ、ホッとしたように笑顔を浮かべる。彼女の黒い髪が肩からサラサラと滑り落ちた。
美人だな、と思う。こんな風に容姿も教養も完璧な子と結婚して家庭を築いたら、周囲は安心するのだろうなとも思う。
だけどそれは、望む未来じゃない。
例えいつか受け入れなければならない現実だとしても。
「ごめんなさい。私の父が、桐ケ谷さんのお父様に無理を言ったんです。早いうちから婚約者がいれば、私に悪い虫が付かないと思ったみたいで」
「ああ、気にしないで。うちも似たような理由で引き受けたと思うから」
きっと玲旺が変わったと小耳にはさんだ父親が、どれくらいまともになったのか見合いの場を借りて試したのだろう。
ふうっと短く息を吐き出し、玲旺は席を立つ。
「じゃあ、ここで解散でいいかな。まだ明るいし、送らなくても大丈夫だよね」
「はい、ここで大丈夫です。今日はありがとうございました」
立ち去る彼女の背中を見ていたら、思わず「ねえ」と呼び止めてしまった。不思議そうに振り返った彼女に、玲旺は迷いながら告げる。
「お互いしんどいね。片想いって言ってたけど、諦めないで頑張んなよ。……キミは上手くいくと良いね」
やっぱり余計なお世話だよなあと気まずそうに玲旺は頭を掻いたが、彼女は「桐ケ谷さんの恋も、応援してます」と嬉しそうに顔をほころばせてその場を後にした。
「俺の恋、か」
そうだ、これは恋だ。
ふわふわとして甘酸っぱい、可哀想な自分にさえも酔える、青臭いただの恋だ。
だけどここから先は知らない。
誰かを想うと同時に痛みが伴ったことなんてなかった。今のうちに引き返した方が良いのかもしれない。
この痛みが増す前に。
わかっていながら「会いたい」と願ってしまう自分の中の矛盾に苦笑いした。久我がもし、この見合いに少しでも妬いてくれたら、それだけで満足してキッパリ諦められるだろうか。それとも想いが暴走して、更に傷を深めてしまうのだろうか。
『恋は盲目』とはよく言ったものだと思いながらスマホを取り出した。面倒臭いが見合いの結果を父親に告げておかないと、彼女にも迷惑がかかってしまう。そうして画面に目を向けて固まった。
「え、久我さん?」
久我からのメッセージを知らせる表示に、鼓動が早くなる。
こんな時に何の用だろうと、一時間以上前に届いていたメッセージを開いた。
玲旺より一つ年下で、都内の名門大学に在籍しているらしい。絵に描いたようなお嬢様が身に着けている薄い水色のワンピースと白いカーディガンは、フォーチュンの新作だった。
わざわざこの日の為に気を使ってくれたのだろうかと思いながら、一度も顔を上げない彼女をぼんやり眺めた。
彼女の母親がしきりに「人見知りなんです、小さい頃から引っ込み思案で」と繰り返していたが、俯いている理由はそれだけではない気もする。「あとは若いお二人で……」と、ドラマのようなセリフを残して二人きりにされた後、しばらく沈黙が続いていた。
ホテルの最上階に位置するロビーラウンジには、グランドピアノの音色が流れていて、無音で無いことに救われる。懐石の個室じゃなくて良かったと息をつきながら、玲旺は彼女にどうやって嫌われようかと考えていた。どうせなら向こうから断ってくれた方が、角も立たずに楽でいい。だったらこのまま愛想を尽かされるまで黙っていようか。
そう思った瞬間、気が付いた。
この子も同じように、自分に嫌われたくて無言で俯き続けているのではないかという事に。
「あのさ」
声を掛けると、彼女の肩がビクッと跳ねた。
「この見合い、上手くいかない方がいいと思ってる?」
その言葉に彼女の顔色がサッと青くなったので、玲旺は慌てて首を振った。
「あ、違う違う。責めてるんじゃなくて、俺もそう考えてたから。まだ結婚する気はないし……好きな人、いるし」
「好きな人」と口に出した途端、ズキンと胸が痛んだ。それが切なそうに見えたのか、彼女は同意するように大きく頷く。
「私もです。片想いですけど……。だから、結婚なんてまだ考えられなくて。失礼な態度を取ってしまいました。ごめんなさい」
「いや、おあいこでしょ。それなら話が早くて助かるよ。お互い家に戻って『あの人とは相性が合わない』って言えば済むし」
顔を見合わせ、ホッとしたように笑顔を浮かべる。彼女の黒い髪が肩からサラサラと滑り落ちた。
美人だな、と思う。こんな風に容姿も教養も完璧な子と結婚して家庭を築いたら、周囲は安心するのだろうなとも思う。
だけどそれは、望む未来じゃない。
例えいつか受け入れなければならない現実だとしても。
「ごめんなさい。私の父が、桐ケ谷さんのお父様に無理を言ったんです。早いうちから婚約者がいれば、私に悪い虫が付かないと思ったみたいで」
「ああ、気にしないで。うちも似たような理由で引き受けたと思うから」
きっと玲旺が変わったと小耳にはさんだ父親が、どれくらいまともになったのか見合いの場を借りて試したのだろう。
ふうっと短く息を吐き出し、玲旺は席を立つ。
「じゃあ、ここで解散でいいかな。まだ明るいし、送らなくても大丈夫だよね」
「はい、ここで大丈夫です。今日はありがとうございました」
立ち去る彼女の背中を見ていたら、思わず「ねえ」と呼び止めてしまった。不思議そうに振り返った彼女に、玲旺は迷いながら告げる。
「お互いしんどいね。片想いって言ってたけど、諦めないで頑張んなよ。……キミは上手くいくと良いね」
やっぱり余計なお世話だよなあと気まずそうに玲旺は頭を掻いたが、彼女は「桐ケ谷さんの恋も、応援してます」と嬉しそうに顔をほころばせてその場を後にした。
「俺の恋、か」
そうだ、これは恋だ。
ふわふわとして甘酸っぱい、可哀想な自分にさえも酔える、青臭いただの恋だ。
だけどここから先は知らない。
誰かを想うと同時に痛みが伴ったことなんてなかった。今のうちに引き返した方が良いのかもしれない。
この痛みが増す前に。
わかっていながら「会いたい」と願ってしまう自分の中の矛盾に苦笑いした。久我がもし、この見合いに少しでも妬いてくれたら、それだけで満足してキッパリ諦められるだろうか。それとも想いが暴走して、更に傷を深めてしまうのだろうか。
『恋は盲目』とはよく言ったものだと思いながらスマホを取り出した。面倒臭いが見合いの結果を父親に告げておかないと、彼女にも迷惑がかかってしまう。そうして画面に目を向けて固まった。
「え、久我さん?」
久我からのメッセージを知らせる表示に、鼓動が早くなる。
こんな時に何の用だろうと、一時間以上前に届いていたメッセージを開いた。
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