されど御曹司は愛を知る

雪華

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◇第3章 付かず離れず◇

父親からの電話①

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 季節は移り、梅雨も明けて夏の陽気となった頃には、玲旺はアシスタントを卒業し桜華大の担当を任される程になっていた。

 学長室の執務机に、玲旺は完成した制服を並べていく。
 白いワイシャツに青いリボン、ウエストが絞られたベスト、丈が短めのブレザー。ふくらはぎが半分ほど隠れる丈の、ふんわりとしたフレアスカート。男子生徒にはブレザーとベスト、それに少し細身のスラックス。

 どれもフォーチュン既製品のパターンだが、紺青に白のストライプ模様の布地は桜華大特注のオリジナルだった。
 アニメに出てきそうな制服だが、桜華大のセンス溢れる生徒達が着たら、よく映えるだろう。 

 緑川が確認しながらそれらを二体のトルソーに着せると、上機嫌で玲旺の肩を叩いた。

「うん、思った通り素敵ね。これで学校案内のパンフレットにも載せられるわ。服飾科や普通科の子達にもこの制服は評判良いのよ。切り替えに間に合わず卒業しちゃう子が残念がっていたわ」
「気に入って頂けて何よりです」

 玲旺もホッとしながら笑みを返す。

「でもねぇ、完璧なんだけど、本当はもう一ひねり欲しいところなのよね。あんまりこだわると制服の単価が上がって、生徒に負担をかけてしまうから仕方ないんだけど」
「もう一ひねり、ですか」
「フォーチュンさんに落ち度はないわよ。こちらの事情だからね」

 安心させるように笑顔を見せたあと、緑川は内線で「珈琲を二つお願い」と学長室に届けるよう依頼した。それから玲旺に、応接用のソファに座るよう勧める。その間ずっと、玲旺は「もう一ひねり」について考えを巡らせていた。
 緑川はソファに腰掛けると、真新しい制服を満足そうにうっとり眺める。

 やがて運ばれてきた珈琲に、砂糖とミルクをしっかり入れてから玲旺は口を付けた。留学中は紅茶ばかりだったなと思い出した時、雷に打たれたように閃いて顔を上げる。

「あの。優秀な生徒にだけ、ベストのデザインを自由にしてもいい権利を与えるというのはどうでしょう」

 何の脈略もなく唐突に玲旺が提案したので、緑川はコーヒーカップを片手に持ったまま首を傾げた。

「自分はイギリスの全寮制の学校に通っていたのですが、そこでは成績優秀な生徒が監督生に選ばれるんです。彼らだけが制服のベストの布地を自由に選べて、それはとんでもなくステイタスで羨望の的でした」

 玲旺が何を言おうとしているのか理解した緑川は、目を輝かせながら話の続きを促す。

「学校によっては不公平との声も上がりそうですが、桜華大付属高は「競争」をポジティブに受け止められると思います。むしろプラスに作用し、自分専用のベストを目指して切磋琢磨するのではないでしょうか。学校から優秀生への賞与とすれば、生徒の負担にもなりません」
「素敵! その案最高よ、桐ケ谷くん!」

 緑川はカップに残っていた珈琲を一気に飲み干すと、勢いよく立ち上がり執務机に向かう。

「なんて桜華に相応しい案かしら。相談してみるものね。まさか、こんなに素晴らしいアイデアを思い付いてくれるなんて!」

 玲旺の発言を元にベストについての草案をまとめているのか、緑川はパソコン画面に向かって一心不乱に文字を打ち込んでいく。
 その様子を嬉しそうに見ながら、玲旺は飲み終わったカップをテーブルに置いた。

「お役に立てて何よりです。また何かあったらお申し付けください」

 退室しようと一礼した玲旺を、緑川が慌てて呼び止める。

「あらやだ私ったら。夢中になると他が見えなくなるのよ、あなたをほったらかしにしてしまったわね。ごめんなさい、忙しいのに時間を取らせてしまって」
「とんでもない。珈琲ご馳走様でした」

 玲旺が恐縮しながら頭を下げると、緑川は理事長室の扉まで見送りに出てくれた。

「それにしても、営業部にいる間にあなたに出会えてラッキーだったわ。幹部になってからでは、あなたの人柄まで解らないものね」
「営業部にいる間?」

 言われたことが一瞬理解できず、玲旺は緑川の言葉を繰り返した。緑川はなぜ玲旺が問い返すのか、意外そうな顔で「だって」と答える。

「次期社長がずっと営業部にいるわけにもいかないでしょう? いずれ常務や専務になって、お父様の業務を支えるんでしょうから」

 ああ、そうか。と納得した瞬間、久我に弟扱いして貰えるのも期限付きなのだと、そんな当たり前のことに気付いて血の気が引いた。
 緑川に笑顔で「そうでしたね」と頷いた後、どうやって会社に戻ったか記憶がない。我に返ったのは、オフィスに向かう廊下の途中だった。休憩スペースから「桐ケ谷は」と、久我が誰かと雑談している声が聞こえ足を止める。

 以前、総務部の教育係に陰口を叩かれたことを思い出してしまい、玲旺は無意識のうちに柱の陰にしゃがみ込んで隠れた。久我は人を悪く言うような男じゃない。頭で解っていても、長年染みついた自己防衛本能が邪魔をする。ただ、良くも悪くも久我の本音に興味が湧いて、耳を塞ぐことはしなかった。

「アイツ本当に、打てば響くんだ。凄い勢いで色んなこと吸収してさ、近くで見ていて鳥肌立つよ。センスもいいし、頭の回転も速い」

 陰口ではない事に心の底から安堵した。それどころか予想以上に褒められて、玲旺の顔が熱くなる。

「玲旺様に正面から向き合ったのは、かなめくらいなもんだよ。まぁ、本気で叱って車に乗せずに置き去りにしたと聞いたときは、肝が冷えたがな。玲旺様は繊細なんだ、雑に扱うなよ」

 久我と話している相手は、秘書の藤井だった。玲旺は普段から何事にも丁寧な藤井が、久我を「要」と呼び捨てたことに動揺してしまう。年齢的に二人は同期の可能性がある。しかし、ただの同期という理由だけで、下の名前を呼んだりするのだろうか。

「真一は心配性なんだよ。桐ケ谷はお前が思っているより弱くないぞ。芯がある」

 今度は久我が藤井の名を呼んだ。久我と出会ってまだほんの数か月だが、その間に久我が苗字以外で誰かを呼ぶのを初めて聞いた。
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