293 / 302
~ 最終章 されど御曹司は ~
SAIL AWAY⑦
しおりを挟む
突然しみじみと謝意を述べられた氷雨は、キョトンとしたように首を傾げる。
「やだ、急にどうしたの」
「いや……いつも助けて貰ってばかりだなと思ってさ。仕事でもプライベートでも。もし氷雨さんがいなかったらって想像すると、ゾッとするよ」
嘘偽りなく本心なのだが、面と向かって口にすると、何だか照れくさくなってしまった。
父親に久我との関係を認めて貰えたことで気分が高揚し、いつもより饒舌になっているのかもしれない。
少し冷静になると気恥ずかしいが、玲旺はもう一度氷雨の目を見て「ありがとう」と告げた。本当は何度言っても足りないくらいだ。
氷雨はまるでサプライズでプレゼントを受け取ったかのように目をパチパチさせたが、すぐに撮影用の澄ました笑みではなく、人懐っこいくしゃっとした笑顔を見せた。
「素直な子は大好きよ」
いつか聞いた言葉だなと思いながら、玲旺も警戒心を解いた無邪気な笑みを返す。久我は勿論のこと、藤井も含めてこんな風に笑い合える仲間と出会えた奇跡に感謝したい。
氷雨は過去の情景を思い返しているのか、自分の指先に視線を落とし、「僕の方こそ」と静かに言った。
「桐ケ谷クンがいなかったら永遠にも会えず、僕は今でも暗い迷路の途中で独りぼっちだったわ。キミには何度も救われた。久我クンにも、藤井クンにも。……ありがとう」
伏せていた顔を上げ、磨かれた紅玉のような瞳で三人を順に見つめる。
久我と藤井は「こちらこそ」と言うように、緩やかに首を振った。
鼻の奥がツンとして、これ以上ここに居たら泣いてしまいそうだと思い、玲旺はわざと明るい声を出す。
「みんなに会えて良かった。これからもよろしくね」
玲旺の言葉に同意するように、三人それぞれから穏やかな笑みがこぼれた。
温かい場所だ。
何があっても守り続けねば。
ひっそりと、しかし固く決意しながら「じゃあ、また」と玲旺がミーティングルームの扉に手をかける。久我も見送りながら「気を付けて帰れよ」と声を掛けた。
「真一、すまないが今日は桐ケ谷を部屋まで送ってくれるか」
「ああ、初めからそのつもりだ。問題ない」
藤井が心得たように、口角を上げながらうなずいた。
心地よい余韻を胸に抱いたまま、ミーティングルームを後にしてフローズンレインのオフィスへ戻る。
途中で放り出した仕事をさっさと片付け、藤井の運転する車で久我の自宅へと向かった。
「久我さんはああ言ってたけどさ」
マンションの地下駐車場に到着し、藤井がシートベルトを外そうとしたタイミングで玲旺は口を開く。
「部屋まで送ってもらう必要はないよ、ここで充分」
わざわざ車を降りて付き添って貰うのも申し訳ない気がしたのだが、藤井は「とんでもない」と、即座に却下した。
「部屋へたどり着くまでのわずかな時間でも油断は出来ませんよ。玲旺様を無事に送り届けるまで、私も気が休まりません。どうかお供させてください」
相変わらず大袈裟だなと思いながら、玲旺は首をすくめる。しかし、それで万が一でも自分の身に何かあれば、藤井は一生悔やんでしまうのだろう。
藤井の為にも大人しく主張に従い、共にエレベーターに乗り込んだ。
「いつもありがとうね」
生真面目な藤井の横顔を見ていたら、自然とそんな言葉が漏れる。
藤井はフッと息を吐き出すように笑うと、「私は幸せ者です」と感慨深げに呟いた。
「あなた様の掲げる旗は、本当に眩しくて心強く、いつも私を奮い立たせてくださいます。今後ますます、この旗印の下に人々は集うでしょう。これからも地図にはない道を、立ち止まらずに突き進んでくださいませ。私は全身全霊をかけて、どんな時もあなた様を支えますから」
そこで言葉を区切り、藤井は慈愛に満ちた眼差しを玲旺に向ける。
「玲旺様の幸せこそが私の幸せなのです」
「やだ、急にどうしたの」
「いや……いつも助けて貰ってばかりだなと思ってさ。仕事でもプライベートでも。もし氷雨さんがいなかったらって想像すると、ゾッとするよ」
嘘偽りなく本心なのだが、面と向かって口にすると、何だか照れくさくなってしまった。
父親に久我との関係を認めて貰えたことで気分が高揚し、いつもより饒舌になっているのかもしれない。
少し冷静になると気恥ずかしいが、玲旺はもう一度氷雨の目を見て「ありがとう」と告げた。本当は何度言っても足りないくらいだ。
氷雨はまるでサプライズでプレゼントを受け取ったかのように目をパチパチさせたが、すぐに撮影用の澄ました笑みではなく、人懐っこいくしゃっとした笑顔を見せた。
「素直な子は大好きよ」
いつか聞いた言葉だなと思いながら、玲旺も警戒心を解いた無邪気な笑みを返す。久我は勿論のこと、藤井も含めてこんな風に笑い合える仲間と出会えた奇跡に感謝したい。
氷雨は過去の情景を思い返しているのか、自分の指先に視線を落とし、「僕の方こそ」と静かに言った。
「桐ケ谷クンがいなかったら永遠にも会えず、僕は今でも暗い迷路の途中で独りぼっちだったわ。キミには何度も救われた。久我クンにも、藤井クンにも。……ありがとう」
伏せていた顔を上げ、磨かれた紅玉のような瞳で三人を順に見つめる。
久我と藤井は「こちらこそ」と言うように、緩やかに首を振った。
鼻の奥がツンとして、これ以上ここに居たら泣いてしまいそうだと思い、玲旺はわざと明るい声を出す。
「みんなに会えて良かった。これからもよろしくね」
玲旺の言葉に同意するように、三人それぞれから穏やかな笑みがこぼれた。
温かい場所だ。
何があっても守り続けねば。
ひっそりと、しかし固く決意しながら「じゃあ、また」と玲旺がミーティングルームの扉に手をかける。久我も見送りながら「気を付けて帰れよ」と声を掛けた。
「真一、すまないが今日は桐ケ谷を部屋まで送ってくれるか」
「ああ、初めからそのつもりだ。問題ない」
藤井が心得たように、口角を上げながらうなずいた。
心地よい余韻を胸に抱いたまま、ミーティングルームを後にしてフローズンレインのオフィスへ戻る。
途中で放り出した仕事をさっさと片付け、藤井の運転する車で久我の自宅へと向かった。
「久我さんはああ言ってたけどさ」
マンションの地下駐車場に到着し、藤井がシートベルトを外そうとしたタイミングで玲旺は口を開く。
「部屋まで送ってもらう必要はないよ、ここで充分」
わざわざ車を降りて付き添って貰うのも申し訳ない気がしたのだが、藤井は「とんでもない」と、即座に却下した。
「部屋へたどり着くまでのわずかな時間でも油断は出来ませんよ。玲旺様を無事に送り届けるまで、私も気が休まりません。どうかお供させてください」
相変わらず大袈裟だなと思いながら、玲旺は首をすくめる。しかし、それで万が一でも自分の身に何かあれば、藤井は一生悔やんでしまうのだろう。
藤井の為にも大人しく主張に従い、共にエレベーターに乗り込んだ。
「いつもありがとうね」
生真面目な藤井の横顔を見ていたら、自然とそんな言葉が漏れる。
藤井はフッと息を吐き出すように笑うと、「私は幸せ者です」と感慨深げに呟いた。
「あなた様の掲げる旗は、本当に眩しくて心強く、いつも私を奮い立たせてくださいます。今後ますます、この旗印の下に人々は集うでしょう。これからも地図にはない道を、立ち止まらずに突き進んでくださいませ。私は全身全霊をかけて、どんな時もあなた様を支えますから」
そこで言葉を区切り、藤井は慈愛に満ちた眼差しを玲旺に向ける。
「玲旺様の幸せこそが私の幸せなのです」
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【R18・完結】甘溺愛婚 ~性悪お嬢様は契約婚で俺様御曹司に溺愛される~
花室 芽苳
恋愛
【本編完結/番外編完結】
この人なら愛せそうだと思ったお見合い相手は、私の妹を愛してしまった。
2人の間を邪魔して壊そうとしたけど、逆に2人の想いを見せつけられて……
そんな時叔父が用意した新しいお見合い相手は大企業の御曹司。
両親と叔父の勧めで、あっという間に俺様御曹司との新婚初夜!?
「夜のお相手は、他の女性に任せます!」
「は!?お前が妻なんだから、諦めて抱かれろよ!」
絶対にお断りよ!どうして毎夜毎夜そんな事で喧嘩をしなきゃならないの?
大きな会社の社長だからって「あれするな、これするな」って、偉そうに命令してこないでよ!
私は私の好きにさせてもらうわ!
狭山 聖壱 《さやま せいいち》 34歳 185㎝
江藤 香津美 《えとう かつみ》 25歳 165㎝
※ 花吹は経営や経済についてはよくわかっていないため、作中におかしな点があるかと思います。申し訳ありません。m(__)m
サイテー上司とデザイナーだった僕の半年
谷村にじゅうえん
BL
デザイナー志望のミズキは就活中、憧れていたクリエイター・相楽に出会う。そして彼の事務所に採用されるが、相楽はミズキを都合のいい営業要員としか考えていなかった。天才肌で愛嬌のある相楽には、一方で計算高く身勝手な一面もあり……。ミズキはそんな彼に振り回されるうち、否応なく惹かれていく。
「知ってるくせに意地悪ですね……あなたみたいなひどい人、好きになった僕が馬鹿だった」
「ははっ、ホントだな」
――僕の想いが届く日は、いつか来るのでしょうか?
★★★★★★★★
エブリスタ『真夜中のラジオ文芸部×執筆応援キャンペーン スパダリ/溺愛/ハートフルなBL』入賞作品
※エブリスタのほか、フジョッシー、ムーンライトノベルスにも転載しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
コントレイルとちぎれ雲
葉月凛
BL
恋も仕事も失った本城薫、26歳。
ちぎれたような薫の心を導いてくれる、ひと筋のコントレイル(飛行機雲)は現れるだろうか──
*『ブライダル・ラプソディー』に出てくる本城薫が少し若い頃のお話ですが、単独で読んでいただける内容になっています。時系列的には、こちらが先です。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる