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~ 最終章 されど御曹司は ~
姉の結婚③
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外に出ると少し湿った夜の匂いがした。しっとりとした生暖かい空気は、どこか夏の気配を感じさせる。
玲旺は迎車と表示されたタクシーに乗り込み、運転手に淡々と行き先を告げた。
表参道から自宅までは、余程渋滞でもしていない限り二十分もかからない。
他愛もない運転手の世間話に相槌を打ちながら、玲旺は窓の外に目を向ける。
車窓に映る自分の顔は酷く憂鬱そうで、溜め息を吐いたら窓が白く曇った。
以前のように父親がこちらの都合などお構いなしで、横暴に接してくれたらいっそ楽なのに。そうすれば、自分も遠慮なく反発できる。そんな身勝手な考えが、ちらりと頭をよぎった。
流れる夜景をぼんやり眺める玲旺に、運転手が何かに気付いたように問いかける。
「お客さん、もしかして芸能人か何かですか? どこかで見たような気がするんですよねぇ」
玲旺が誰だか思い出そうとしているのか、運転手は首を捻って考え込む。玲旺は苦笑いしながら「違いますよ」と答えた。
「芸能人ではないですが……仕事柄、たまにメディアから取材を受けることがあるので、それで見かけたのかもしれませんね」
合同コレクションのあと、玲旺がライジングネットに突撃取材された際の映像が、何度かワイドショーで取り上げられていた。
キー局で放送されると、やはり視聴者層の幅も広がる。見知らぬ誰かが自分の顔を知っていると思うと、少し薄気味悪かった。
「凄いなぁ。テレビに出てる方なんですね。じゃあやっぱり有名人だ」
ミーハーなのか、運転手は浮かれたように声を弾ませる。
「いや、有名人でもないですよ……」
そう言ってみたものの、今後はマスコミ以外の目も気にしなければいけないことを痛感した。こんな調子では、ますます気軽に久我の部屋に行けなくなる。
どこで誰が見ているか解らないと言うのは、中々の恐怖だ。
自宅前でタクシーを降り、重い足取りで玄関まで続くスロープを上る。
父親と顔を合わせたくないなと考えながらドアを開けると、リビングから明るい話し声が聞こえて来た。素通りして自室に向かおうとする玲旺に気付いた姉の理瑚が、「おかえり」と声を掛ける。
「ねぇ、玲旺。来週の日曜、空いてる?」
「なんで」
明らかに面倒臭そうな玲旺にはお構いなしで、理瑚が左手の甲を見せつけた。
「私の結婚が決まったの。両家の顔合わせがあるから、時間があるなら来てほしいんだ」
キラリと光った左手の婚約指輪に息を呑む。細いリングに大きなラウンドダイヤモンドが配された、品の良いデザインだった。
「そっか、おめでとう。じゃあその日は空けておくよ」
左手の薬指に堂々と指輪をはめられる姉が心底羨ましかったが、顔には出さずに祝いの言葉を述べる。
リビングのソファにゆったりと体重を預け、食後酒を楽しんでいた父親が上機嫌で笑った。
「婿殿になる人も申し分ない人柄だから文句もないが、理瑚には久我君が良いと密かに思っていたんだがなぁ」
「久我さん……?」
急に久我の名前が出てきて、玲旺の心臓がドクンと跳ねる。
ほろ酔いの父親がもう一つグラスをキャビネットから取り出し、ウィスキーをボトルから注ぐ。ロックアイスを三つほど浮かべると、「お前も飲め」と言ってグラスを玲旺に差し出した。
玲旺は迎車と表示されたタクシーに乗り込み、運転手に淡々と行き先を告げた。
表参道から自宅までは、余程渋滞でもしていない限り二十分もかからない。
他愛もない運転手の世間話に相槌を打ちながら、玲旺は窓の外に目を向ける。
車窓に映る自分の顔は酷く憂鬱そうで、溜め息を吐いたら窓が白く曇った。
以前のように父親がこちらの都合などお構いなしで、横暴に接してくれたらいっそ楽なのに。そうすれば、自分も遠慮なく反発できる。そんな身勝手な考えが、ちらりと頭をよぎった。
流れる夜景をぼんやり眺める玲旺に、運転手が何かに気付いたように問いかける。
「お客さん、もしかして芸能人か何かですか? どこかで見たような気がするんですよねぇ」
玲旺が誰だか思い出そうとしているのか、運転手は首を捻って考え込む。玲旺は苦笑いしながら「違いますよ」と答えた。
「芸能人ではないですが……仕事柄、たまにメディアから取材を受けることがあるので、それで見かけたのかもしれませんね」
合同コレクションのあと、玲旺がライジングネットに突撃取材された際の映像が、何度かワイドショーで取り上げられていた。
キー局で放送されると、やはり視聴者層の幅も広がる。見知らぬ誰かが自分の顔を知っていると思うと、少し薄気味悪かった。
「凄いなぁ。テレビに出てる方なんですね。じゃあやっぱり有名人だ」
ミーハーなのか、運転手は浮かれたように声を弾ませる。
「いや、有名人でもないですよ……」
そう言ってみたものの、今後はマスコミ以外の目も気にしなければいけないことを痛感した。こんな調子では、ますます気軽に久我の部屋に行けなくなる。
どこで誰が見ているか解らないと言うのは、中々の恐怖だ。
自宅前でタクシーを降り、重い足取りで玄関まで続くスロープを上る。
父親と顔を合わせたくないなと考えながらドアを開けると、リビングから明るい話し声が聞こえて来た。素通りして自室に向かおうとする玲旺に気付いた姉の理瑚が、「おかえり」と声を掛ける。
「ねぇ、玲旺。来週の日曜、空いてる?」
「なんで」
明らかに面倒臭そうな玲旺にはお構いなしで、理瑚が左手の甲を見せつけた。
「私の結婚が決まったの。両家の顔合わせがあるから、時間があるなら来てほしいんだ」
キラリと光った左手の婚約指輪に息を呑む。細いリングに大きなラウンドダイヤモンドが配された、品の良いデザインだった。
「そっか、おめでとう。じゃあその日は空けておくよ」
左手の薬指に堂々と指輪をはめられる姉が心底羨ましかったが、顔には出さずに祝いの言葉を述べる。
リビングのソファにゆったりと体重を預け、食後酒を楽しんでいた父親が上機嫌で笑った。
「婿殿になる人も申し分ない人柄だから文句もないが、理瑚には久我君が良いと密かに思っていたんだがなぁ」
「久我さん……?」
急に久我の名前が出てきて、玲旺の心臓がドクンと跳ねる。
ほろ酔いの父親がもう一つグラスをキャビネットから取り出し、ウィスキーをボトルから注ぐ。ロックアイスを三つほど浮かべると、「お前も飲め」と言ってグラスを玲旺に差し出した。
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