されど御曹司は愛を誓う

雪華

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~ 第三章 反撃の狼煙 ~

肉を切らせて骨を断つ⑧

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 クリアデイ側のモデルから発せられた嫌味や嘲笑。黛以外にも、それを耳にした生徒がネガティブになってやしないか。
 玲旺はそんな事を危惧していたが、高校生と言えどもそこはプロの集団。あの程度の雑音ならば、跳ね除ける強さは持ち合わせているようだった。
 生徒たちはマイナスの感情に引きずられることなく、ランウェイに見立てた長い廊下を本番同様の出力で堂々と歩く。

 あまり何度も練習して集中力が途切れたり疲労が溜まってしまっては本末転倒なので、基本は一人一本限りと宮木からの指示が出ていた。
 玲旺が見る限りみんな調子は良さそうで、これなら実戦では百二十パーセントのパフォーマンスが出来るだろうと思えた。歩き終えた生徒は晴れやかな表情で、大勝負へ向けて更に意識を高めていく。
 ただ一人、黛を除いては。

「黛くん、私たちも行こう」

 生徒たちの列に並んだものの、まだ歩くのを躊躇う黛に深影が声を掛ける。黛は何度もうなずくのだが、どうしても一歩が踏み出せないようだった。
 廊下ですら歩けないのなら、大舞台キャットウォークなどとても無理だ。ただ、黛は本番に出たいと思う気持ちがあるようなので、まだ諦めさせたくない。
 どうしたものか。
 そう思った矢先、南野が手を叩いて拍を取り始めた。南野の手のひらから発せられる乾いた破裂音が、力強く廊下に響く。

「いい? この速さで、そこからここまで歩いて来て。なんにも考えなくていい。頭空っぽにして、ただ前に進めばいい」

 タン、タン、タンと刻まれる一定のリズムは、今まで何度も練習してきた黛の中にも染みついているのだろう。まだ少し強張りは残っているが、自然と黛の身体もリズムを取るように揺れ始める。
 深影が「行ける?」と尋ねると、黛は目を閉じ、すうっと息を吸い込んだ。その息を深く吐き出しながら「うん」と答える。
 深影が出した「せーの」と言う合図と共に、二人が一歩を踏み出した。

 南野の手拍子のおかげで、余計なことは考えずに音に合わせて足が交互に出る。その歩き方は黛の実力の十割とは言えなかったが、及第点には達していた。
 手拍子を続ける南野の元まで歩き切った黛と深影は、ホッとしたのか二人して泣きそうな顔をする。玲旺も宮木と顔を見合わせ胸を撫で下ろした。
 黛を降板させ、深影一人でランウェイを歩かなければならない事態は避けられそうだ。
 念のためもう一度二人にウオーキングをしてもらい、先ほどよりも良くなっていたので宮木も「もう大丈夫」と太鼓判を押す。

「控室に甘いものが置いてあったよ。ちょっと休憩しよ」

 南野が深影と黛の背中を押し、控室へと消えてゆく。その後に続こうとした宮木に、玲旺は声を掛けた。

「黛くん、落ち着いたみたいですし、俺は氷雨さんのところへ行って報告してきますね。多分、心配してるだろうから」
「そうですね。氷雨さんには本番前に知らせておいた方が良いかもしれません。ステージ裏では、他の子や黛くん本人もいるので話しにくいでしょうから」

 玲旺はうなずき、小走りで氷雨の元へと向かう。途中、廊下でメイク係とすれ違ったので、「氷雨さんは?」と尋ねた。

「もう準備は終えたので、時間までメイクルームにいるって言ってましたよ」

 そう教えてもらい、玲旺は頭を下げる。メイク係はこの後、他のモデルたちの化粧直しをするらしく、控室へと急いで行った。
 湯月は真由にこっそりメイクをしてもらっているので、別室にいる。

「と言うことは、今は氷雨さん一人きりか」

 そんな事を考えながら、やけに静かな廊下を玲旺は真っ直ぐ進んだ。
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