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~ 第三章 反撃の狼煙 ~
第三十三話 肉を切らせて骨を断つ
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「え、あの宮原くんが?」
宮原と言えば、桜華大でモデルの選考を行った際に「ずっと順風満帆で、挫折の経験なんか無いんでしょ」などと言って氷雨を挑発した、度胸のある子だ。
そんな怖いもの知らずの彼と緊張が結びつかず、玲旺は半信半疑で宮原の姿を探す。
「あの子、結構人気があるから、ドラマやコマーシャルの撮影経験は豊富なのよ。ただ、失敗が許されないリアルタイムの舞台は初めてなのよねぇ。今日はトップバッターだし、余計に気負っちゃってるのかも」
氷雨が周囲には声が漏れないよう、ひっそりと耳打ちした。
玲旺は級友を励ます宮原を見つけ、気付かれないようにそっと観察する。余裕のある素振りをしているが、胸の前で組んだ手にガチガチに力を入れているのが見て取れた。必要以上に体が強張っているのだろう。それでも表情だけ見ていればいつも通りに砕けた雰囲気で、とても緊張しているとは思えなかった。
隠しきれていないところはまだ可愛いが、やっぱり役者なのだなぁと、こんな時だが感心してしまう。
「他にも緊張している子がいそうだね。ちょっとみんなを集めて励ましてみようか」
「そうして貰えると助かる。僕がやると余計にプレッシャーを与えちゃいそうだから」
ゴメンね、と両手を合わせてウィンクした氷雨は、他の生徒のメイクの仕上がりを確認するため慌ただしく玲旺から離れて行った。
氷雨自身はまだ舞台用の衣装は身に着けておらず、リハーサルが終ってから着替える予定だ。手の内を全て明かさないため、リハーサルでは氷雨はウオーキングは行わないことになっている。ラストルックが南野だと知られれば、快晴もそれに合わせて歩く順序を変更するかもしれないからだ。
しかしそんな策略を抜きにしても、この嵐のような状況下で氷雨が他のモデルたちと一緒にメイクや着替えをしている時間はなかっただろうなと玲旺は想像する。
ヘアメイクに衣装係、それにモデルたちからも、氷雨に指示を求める声や質問が次々に投げかけられている。
氷雨はモデルたちの衣装とメイクを全て把握しているようだった。それに加えて舞台演出や音響なども、キッチリ頭に叩き込んであるらしい。誰かに何かを問われれば、瞬時に最適解を返答する。
普通の人間ならばそれだけでも処理能力の限界を超えてオーバーヒートしそうだが、そんな中で宮原の些細な変化に気付くなど、並大抵のことではない。氷雨はどれだけ周囲に目を配っているのだろうと、玲旺は脱帽した。
あれもこれもと抱え込んでしまう、意外と面倒見のいい氷雨の憂いは一つでも減らしてあげたい。
よし。と気合を入れ、玲旺はパンっと手を打って良い音を響かせる。
「着替えもメイクも完成した人は、こっちに集まって貰えるかな。作業中の人は手を止めなくていいからそのまま聞いて」
玲旺の一声で、先ほどまであった洗濯機の中にいるかのような、何かに飲み込まれそうな勢いと喧騒が嘘のように鎮まった。
ガヤガヤとした雑音に慣れてしまった耳が、突然の静寂に順応できずにキンと鳴る。
ドライヤーの音と誰かが動く衣擦れの音が僅かにするだけで、メイクルームは平静さを取り戻す。
玲旺は足場として丁度良さそうな小さな脚立を見つけ、それの上に乗った。まるで演説でも始めそうな状況だが、そうすると玲旺の周囲に集まった人たちの顔がよく見える。
氷雨の事務所の後輩たちは流石に場慣れしていて、程よく気を引き締めている感じだった。南野は「自分がいると他の人に気を遣わせてしまうから」と、別室で待機しているのでここにはいない。
肝心の桜華高の生徒らは、程度の差こそあれ、どの子も本番を前に不安を抱えているようだった。玲旺に救いを求め、縋るような目を向けている。
「いよいよだね」
玲旺は生徒らの声を代弁するように発し、ぐるっとそれぞれの顔を見回す。それから安心させるため、自分の中で一番いい笑顔をしてみせた。
宮原と言えば、桜華大でモデルの選考を行った際に「ずっと順風満帆で、挫折の経験なんか無いんでしょ」などと言って氷雨を挑発した、度胸のある子だ。
そんな怖いもの知らずの彼と緊張が結びつかず、玲旺は半信半疑で宮原の姿を探す。
「あの子、結構人気があるから、ドラマやコマーシャルの撮影経験は豊富なのよ。ただ、失敗が許されないリアルタイムの舞台は初めてなのよねぇ。今日はトップバッターだし、余計に気負っちゃってるのかも」
氷雨が周囲には声が漏れないよう、ひっそりと耳打ちした。
玲旺は級友を励ます宮原を見つけ、気付かれないようにそっと観察する。余裕のある素振りをしているが、胸の前で組んだ手にガチガチに力を入れているのが見て取れた。必要以上に体が強張っているのだろう。それでも表情だけ見ていればいつも通りに砕けた雰囲気で、とても緊張しているとは思えなかった。
隠しきれていないところはまだ可愛いが、やっぱり役者なのだなぁと、こんな時だが感心してしまう。
「他にも緊張している子がいそうだね。ちょっとみんなを集めて励ましてみようか」
「そうして貰えると助かる。僕がやると余計にプレッシャーを与えちゃいそうだから」
ゴメンね、と両手を合わせてウィンクした氷雨は、他の生徒のメイクの仕上がりを確認するため慌ただしく玲旺から離れて行った。
氷雨自身はまだ舞台用の衣装は身に着けておらず、リハーサルが終ってから着替える予定だ。手の内を全て明かさないため、リハーサルでは氷雨はウオーキングは行わないことになっている。ラストルックが南野だと知られれば、快晴もそれに合わせて歩く順序を変更するかもしれないからだ。
しかしそんな策略を抜きにしても、この嵐のような状況下で氷雨が他のモデルたちと一緒にメイクや着替えをしている時間はなかっただろうなと玲旺は想像する。
ヘアメイクに衣装係、それにモデルたちからも、氷雨に指示を求める声や質問が次々に投げかけられている。
氷雨はモデルたちの衣装とメイクを全て把握しているようだった。それに加えて舞台演出や音響なども、キッチリ頭に叩き込んであるらしい。誰かに何かを問われれば、瞬時に最適解を返答する。
普通の人間ならばそれだけでも処理能力の限界を超えてオーバーヒートしそうだが、そんな中で宮原の些細な変化に気付くなど、並大抵のことではない。氷雨はどれだけ周囲に目を配っているのだろうと、玲旺は脱帽した。
あれもこれもと抱え込んでしまう、意外と面倒見のいい氷雨の憂いは一つでも減らしてあげたい。
よし。と気合を入れ、玲旺はパンっと手を打って良い音を響かせる。
「着替えもメイクも完成した人は、こっちに集まって貰えるかな。作業中の人は手を止めなくていいからそのまま聞いて」
玲旺の一声で、先ほどまであった洗濯機の中にいるかのような、何かに飲み込まれそうな勢いと喧騒が嘘のように鎮まった。
ガヤガヤとした雑音に慣れてしまった耳が、突然の静寂に順応できずにキンと鳴る。
ドライヤーの音と誰かが動く衣擦れの音が僅かにするだけで、メイクルームは平静さを取り戻す。
玲旺は足場として丁度良さそうな小さな脚立を見つけ、それの上に乗った。まるで演説でも始めそうな状況だが、そうすると玲旺の周囲に集まった人たちの顔がよく見える。
氷雨の事務所の後輩たちは流石に場慣れしていて、程よく気を引き締めている感じだった。南野は「自分がいると他の人に気を遣わせてしまうから」と、別室で待機しているのでここにはいない。
肝心の桜華高の生徒らは、程度の差こそあれ、どの子も本番を前に不安を抱えているようだった。玲旺に救いを求め、縋るような目を向けている。
「いよいよだね」
玲旺は生徒らの声を代弁するように発し、ぐるっとそれぞれの顔を見回す。それから安心させるため、自分の中で一番いい笑顔をしてみせた。
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