されど御曹司は愛を誓う

雪華

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~ 第三章 反撃の狼煙 ~

船頭多くして船山に上る⑧

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「魔法なんて、そんな大層なものじゃないよ。ちょっとしたおまじない。あのね、手のひらに人って三回書いて飲み込むだけでいいんだよ。簡単なのに凄い効き目だよね」

 今日はこのおまじないを何人に教えたっけな。そんな事を考えていたら、久我が口を押さえながら声を殺して笑いだした。

「えっ、なんで笑うの」
「いや、どんな凄い技なのかと思ったら、そんなベタな方法だとは」

 堪え切れないようにクククッと喉を鳴らし、久我は目尻の涙を拭う。玲旺は驚いて思わず立ち上がった。

「えっ、これってベタなの? もしかして、みんな知ってる?」
「そうだなぁ、小さな子でもお遊戯会の前にやったりするくらいには、メジャーだと思うよ」

 だから氷雨も湯月も聞いた瞬間に吹き出したのかと、真実を知り今すぐ穴を掘って隠れたくなった。

「どうしよう。氷雨さんと湯月さんに、すっごい得意気に披露しちゃった」

 真っ赤になった顔を、玲旺が両手で覆う。
 メイクルームや更衣室からは離れているので人が通りかかるような場所ではなかったが、それでもここで大笑いしたら、何事かと誰かが様子を見に来るかもしれない。それがわかっているので、久我は必死に笑いを噛み殺す。

「おまえ、ほんっとに可愛いな。桐ケ谷は、なんでそのおまじないを知ってたの?」
「ブレイバーの撮影の時、緊張したくなかったから調べた……」

 恥ずかしいを通り越して何だか腹が立ってきた玲旺は、ムスッとした表情でぶっきらぼうに答えた。玲旺は座っている久我の正面に立ち、口を尖らせて見下ろす。笑い過ぎたことを反省したのか、久我が玲旺の手を握り、あやすように優しく撫でた。

「ごめんごめん、そんなにむくれるなよ。でも、氷雨もきっと笑ったことで余計な力が抜けたんだろうな。あいつが楽しそうにしているから、周りのスタッフもそれにつられてリラックスした状態で作業を進めてるよ。そう言うのはモデルたちにも伝わるから、好循環が生まれて現場が凄くいい空気なんだ」

 確かにピリピリしながらメイクを施されたら、モデルたちも追い詰められたような気分になって、全体的に切羽詰まったムードになるかもしれない。
 玲旺は先ほど見たメイクルームを思い出す。あの場は熱気と活気に満ちていて、誰もが前を向いてキラキラ輝いていた。

「そっか。軍を率いる団長の氷雨さんが泰然としていると、みんなも安心するんだね。だったらあのおまじないで笑われたのも、無駄じゃなかったかな」
「氷雨もプロだから表面上はいつだって余裕のあるフリをしているし、他の人も氷雨の緊張になんて気付かないんだ。でも今日は本当に自然に笑っているから、やっぱりそう言うのは伝わるんだろうなぁ」

 しみじみとした口調で呟いた後、久我はじっと玲旺を見上げた。

「それに、なにより桐ケ谷の存在も大きいよ。お前が準備から携わってくれているから、みんな桐ケ谷を見ると安心するんだ。何があってもこの人ならなんとかしてくれるって、そういう信頼感がお前にはある」

 今までどうにか戦力になりたくてがむしゃらに駆け抜けてきたが、思いがけず久我から高評価を貰い、玲旺はぶるっと武者震いした。
 嬉しさを感じると同時に、責任の重さを痛感する。
 それでも少しも苦ではなかった。
 そうか、これが期待されていると言うことかと、玲旺は口角を上げて久我を見つめ返す。

「うん、任せて。何があっても俺が居れば大丈夫」

 強がりが八割、自信が二割だが、声に出して宣言すれば、言霊となって力が増すような気がした。

「何だか凄く眩しいよ。なぁ、俺にもそのとっておきの魔法、かけてくれないか」
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