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~ 第三章 反撃の狼煙 ~
船頭多くして船山に上る④
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フローズンレイン全体への賞賛に、玲旺の胸が熱くなる。それと同時に、影の最大の功労者である湯月に最敬礼で感謝の気持ちを伝えたくなった。
「湯月さんのアドバイスのおかげで、あちらからの攻撃を防ぎ、すぐに反撃に転じることが出来たんです。今回の件は何から何まで、湯月さんに助けて頂きました。ありがとうございます」
熱気に包まれるメイクルームで、生き生きとしたスタッフやモデルたちの様子を写真におさめていた湯月は、シャッターを切る手を止めて玲旺に向き直る。
「いえ、お礼を言わなきゃいけないのは私の方です。桐ケ谷さんがいなかったら、私は間違いなく後悔と罪の意識を背負ったまま一生を終えていました。あの人と話せる日が来るなんて、思ってもみなかった。また一緒に並んで歩けるなんて、夢みたいです」
ありがとうございますと告げた湯月の声は、少しだけ震えていた。涙声を誤魔化すように、湯月は「さて」と、明るい調子でパチンと手を打つ。
「メイクルームの様子もバッチリ撮影できたし、リハが始まるまでは少し時間が空きますね。私はこれからヘアメイクさんの所へ挨拶しに行こうと思いますが、桐ケ谷さんもご一緒にどうですか」
「えっ、いいんですか?」
玲旺の返事を聞き、湯月がコクコク首を縦に振る。
「こんな現場は久しぶりなので、一人じゃ心細くて。一緒に来てくれたら気が楽です」
それなら是非と、玲旺は湯月の後に付いて行く。
フローズンレイン自体は、ブランド立ち上げから既に二度ほどコレクションを経験していた。しかし、海外勤務だったために遅れて事業に合流した玲旺は、今回が初めての大掛かりなイベントだ。
自分にどんなサポートが出来るのか、それとも氷雨が言ったように、手は出さずにどっしり構えているだけの方がいいのか。
経験してみなければ最良の判断が出来ないので、今回はなるべく裏方を全体的に見て回ろうと考えていた玲旺にとって、湯月の申し出は有難かった。
廊下を真っ直ぐに進み、あまり人の来ない奥まった場所にある控室のドアを、湯月が緊張した面持ちでノックする。「どうぞ」と優しそうな女性の返事を聞き、湯月の表情がパッと明るくなった。
「真由ちゃん!」
ドアを開けるなり、湯月が感激したように叫ぶ。部屋の中で出迎えてくれたのは、キリッとした佇まいの女性だった。三十代半ばほどに見えるが、ブレイバー創刊時のヘアメイク総合チーフだったと聞いているので、もしかしたら実年齢はもっと上かもしれない。
「やだ、今でも私のこと真由ちゃんって呼んでくれるの、永遠だけよ」
真由と呼ばれた女性がクスクス笑いながら、永遠専用の仕様書と湯月本人の顔を見比べて確認を始める。
「永遠もすっかり大人になったねぇ。相変わらず肌は綺麗だし、メイクはこの指示通りで大丈夫そうね。ホント久しぶり。また会えて嬉しいわ」
「私も嬉しい。真由ちゃん、パリで大活躍してるのに、わざわざこのために日本に戻ってくれたの?」
真由はふふっと柔らかく微笑み、旅行でも行くのかと思うほど大きなキャリーケースのファスナーを開けた。中にはぎっしりメイク道具が詰まっている。
「あのコンビは大人になってもスグ喧嘩するのね。可笑しいから、現地で見たくなっちゃってさ。氷雨にチケットが欲しいって連絡したのよ。そしたらあの子、何て言ったと思う?『じゃあ、誰よりも最前列を用意してあげる』だって」
あのコンビとは、氷雨と快晴のことだろうか。二人を呼び捨てにしたりあの子呼ばわりするところを見ると、真由という女性は中々の実力者のようだ。
「どういう事かって話を良く聞いたら、永遠のメイクを任せたいって言うじゃない。まさかの客席じゃなくて裏方よ。まぁ、面白そうだから即オッケーしちゃったけどね」
あははと真由が豪快に声を立てて笑った。
「湯月さんのアドバイスのおかげで、あちらからの攻撃を防ぎ、すぐに反撃に転じることが出来たんです。今回の件は何から何まで、湯月さんに助けて頂きました。ありがとうございます」
熱気に包まれるメイクルームで、生き生きとしたスタッフやモデルたちの様子を写真におさめていた湯月は、シャッターを切る手を止めて玲旺に向き直る。
「いえ、お礼を言わなきゃいけないのは私の方です。桐ケ谷さんがいなかったら、私は間違いなく後悔と罪の意識を背負ったまま一生を終えていました。あの人と話せる日が来るなんて、思ってもみなかった。また一緒に並んで歩けるなんて、夢みたいです」
ありがとうございますと告げた湯月の声は、少しだけ震えていた。涙声を誤魔化すように、湯月は「さて」と、明るい調子でパチンと手を打つ。
「メイクルームの様子もバッチリ撮影できたし、リハが始まるまでは少し時間が空きますね。私はこれからヘアメイクさんの所へ挨拶しに行こうと思いますが、桐ケ谷さんもご一緒にどうですか」
「えっ、いいんですか?」
玲旺の返事を聞き、湯月がコクコク首を縦に振る。
「こんな現場は久しぶりなので、一人じゃ心細くて。一緒に来てくれたら気が楽です」
それなら是非と、玲旺は湯月の後に付いて行く。
フローズンレイン自体は、ブランド立ち上げから既に二度ほどコレクションを経験していた。しかし、海外勤務だったために遅れて事業に合流した玲旺は、今回が初めての大掛かりなイベントだ。
自分にどんなサポートが出来るのか、それとも氷雨が言ったように、手は出さずにどっしり構えているだけの方がいいのか。
経験してみなければ最良の判断が出来ないので、今回はなるべく裏方を全体的に見て回ろうと考えていた玲旺にとって、湯月の申し出は有難かった。
廊下を真っ直ぐに進み、あまり人の来ない奥まった場所にある控室のドアを、湯月が緊張した面持ちでノックする。「どうぞ」と優しそうな女性の返事を聞き、湯月の表情がパッと明るくなった。
「真由ちゃん!」
ドアを開けるなり、湯月が感激したように叫ぶ。部屋の中で出迎えてくれたのは、キリッとした佇まいの女性だった。三十代半ばほどに見えるが、ブレイバー創刊時のヘアメイク総合チーフだったと聞いているので、もしかしたら実年齢はもっと上かもしれない。
「やだ、今でも私のこと真由ちゃんって呼んでくれるの、永遠だけよ」
真由と呼ばれた女性がクスクス笑いながら、永遠専用の仕様書と湯月本人の顔を見比べて確認を始める。
「永遠もすっかり大人になったねぇ。相変わらず肌は綺麗だし、メイクはこの指示通りで大丈夫そうね。ホント久しぶり。また会えて嬉しいわ」
「私も嬉しい。真由ちゃん、パリで大活躍してるのに、わざわざこのために日本に戻ってくれたの?」
真由はふふっと柔らかく微笑み、旅行でも行くのかと思うほど大きなキャリーケースのファスナーを開けた。中にはぎっしりメイク道具が詰まっている。
「あのコンビは大人になってもスグ喧嘩するのね。可笑しいから、現地で見たくなっちゃってさ。氷雨にチケットが欲しいって連絡したのよ。そしたらあの子、何て言ったと思う?『じゃあ、誰よりも最前列を用意してあげる』だって」
あのコンビとは、氷雨と快晴のことだろうか。二人を呼び捨てにしたりあの子呼ばわりするところを見ると、真由という女性は中々の実力者のようだ。
「どういう事かって話を良く聞いたら、永遠のメイクを任せたいって言うじゃない。まさかの客席じゃなくて裏方よ。まぁ、面白そうだから即オッケーしちゃったけどね」
あははと真由が豪快に声を立てて笑った。
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