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~ 第三章 反撃の狼煙 ~
懺悔②
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懺悔。
日常生活であまり耳にしない重苦しい単語に、玲旺は身構える。それまで雑誌に夢中になっていた久我が、パタンと本を閉じた。
「何かお話があるのだろうと考えて、時間は多めに確保してあります。どうぞお気になさらずに。では、我々は席を外しましょう」
藤井とアイコンタクトを取った久我が立ち上がりかけたが、湯月は「待ってください」と引き留める。
「もしお時間が許されるなら、久我さんと藤井さんにも聞いて頂きたいです。特に久我さんには、まだお礼も言えてなくて……。あの時は、助けてくださってありがとうございました」
あの時とは恐らく、盗まれたスケッチブックを取り返した時のことだろう。
先ほどから湯月はずっと、机に額が付きそうなほど頭を下げ続けている。長くなるかもしれないと感じた玲旺は、自分の背後に立つ藤井に、久我の隣に座るよう目で合図を送った。
「湯月さん、顔を上げてください。あなたがなぜ罪の意識を抱いているのか、ずっと気になっておりました。懺悔とは、あなたが前に氷雨さんに『合わせる顔がない』と言ったことと関係がありますか?」
机越しに手を伸ばし、震える湯月の肩にそっと触れた。湯月は頭を少し持ち上げたものの、顔はまだ伏せたままだ。
「スケッチブックを盗まれたのは、私のせいなんです」
湯月の告白に、肩に触れていた玲旺の手がピクリと動く。玲旺は手を引っ込め、背筋を正して話を聞く態勢を取った。
「氷雨くんのプロジェクトは、事務所もブレイバーも緑川先生も、みんな反対していました。だって声を掛けてきた菊市という男は、勢いだけで動くようなヤツでしたから。今ならただ思慮が浅いだけの薄っぺらい男だとわかりますが、あの頃の私たちには、真っ直ぐで熱心な人間に見えてしまったんです。大人を信用できなかった反動でしょうね」
自虐的な笑みを浮かべ、湯月は両手で洗うように顔を撫でる。
「氷雨さんからも聞いたことがあります。利用して甘い汁を吸おうとする大人達に嫌気がさしていたって」
玲旺が相槌を打つと、湯月は低い声ではははと笑った。感情がこもってなさ過ぎて、余計に痛々しく聞こえる。
「才能を利用しようと近づかれるのも辛かったですが、モノとして扱われるのも屈辱でした。ブレイバーの撮影現場は本当に温かくて、スタッフも向上心とプライドを持った人たちばかりだったんです。そんな恵まれた環境に慣れ切っていたので、他の企業の仕事では面喰ってしまうことがよくありました。自分は商品なんだと思い知らされるんです」
思い出す記憶にあまり感情を引っ張られたくないのか、湯月は他人の話をするように淡々とした調子で続けた。
「撮影中に、監督の憂さ晴らしのために恫喝まがいの演技指導をされたり。それで良いシーンが撮れるならいくらでも耐えますが、そう言う訳でもない。結局使われたのは最初に撮った全く別の表情で、監督が影で『永遠を泣かせてみたかっただけ』と言っているのを聞いたときには、軽く絶望しましたよ。大手の事務所のライバルに物を隠されたり、楽屋に閉じ込められたこともあったな。当然、事務所は守ってくれますが、それでもその目をかいくぐってやるんですよねぇ」
聞いているだけでムカムカと胃液が上がって来るのを感じ、物の例えではなく本当に吐き気がした。空調の利いている快適な部屋にもかかわらず、玲旺は寒気を感じて腕をさする。
湯月は「つまらない話でごめんなさい」と眉を下げて笑ったが、玲旺は「構わないからそのまま聞かせてくれ」と話の先を促した。
日常生活であまり耳にしない重苦しい単語に、玲旺は身構える。それまで雑誌に夢中になっていた久我が、パタンと本を閉じた。
「何かお話があるのだろうと考えて、時間は多めに確保してあります。どうぞお気になさらずに。では、我々は席を外しましょう」
藤井とアイコンタクトを取った久我が立ち上がりかけたが、湯月は「待ってください」と引き留める。
「もしお時間が許されるなら、久我さんと藤井さんにも聞いて頂きたいです。特に久我さんには、まだお礼も言えてなくて……。あの時は、助けてくださってありがとうございました」
あの時とは恐らく、盗まれたスケッチブックを取り返した時のことだろう。
先ほどから湯月はずっと、机に額が付きそうなほど頭を下げ続けている。長くなるかもしれないと感じた玲旺は、自分の背後に立つ藤井に、久我の隣に座るよう目で合図を送った。
「湯月さん、顔を上げてください。あなたがなぜ罪の意識を抱いているのか、ずっと気になっておりました。懺悔とは、あなたが前に氷雨さんに『合わせる顔がない』と言ったことと関係がありますか?」
机越しに手を伸ばし、震える湯月の肩にそっと触れた。湯月は頭を少し持ち上げたものの、顔はまだ伏せたままだ。
「スケッチブックを盗まれたのは、私のせいなんです」
湯月の告白に、肩に触れていた玲旺の手がピクリと動く。玲旺は手を引っ込め、背筋を正して話を聞く態勢を取った。
「氷雨くんのプロジェクトは、事務所もブレイバーも緑川先生も、みんな反対していました。だって声を掛けてきた菊市という男は、勢いだけで動くようなヤツでしたから。今ならただ思慮が浅いだけの薄っぺらい男だとわかりますが、あの頃の私たちには、真っ直ぐで熱心な人間に見えてしまったんです。大人を信用できなかった反動でしょうね」
自虐的な笑みを浮かべ、湯月は両手で洗うように顔を撫でる。
「氷雨さんからも聞いたことがあります。利用して甘い汁を吸おうとする大人達に嫌気がさしていたって」
玲旺が相槌を打つと、湯月は低い声ではははと笑った。感情がこもってなさ過ぎて、余計に痛々しく聞こえる。
「才能を利用しようと近づかれるのも辛かったですが、モノとして扱われるのも屈辱でした。ブレイバーの撮影現場は本当に温かくて、スタッフも向上心とプライドを持った人たちばかりだったんです。そんな恵まれた環境に慣れ切っていたので、他の企業の仕事では面喰ってしまうことがよくありました。自分は商品なんだと思い知らされるんです」
思い出す記憶にあまり感情を引っ張られたくないのか、湯月は他人の話をするように淡々とした調子で続けた。
「撮影中に、監督の憂さ晴らしのために恫喝まがいの演技指導をされたり。それで良いシーンが撮れるならいくらでも耐えますが、そう言う訳でもない。結局使われたのは最初に撮った全く別の表情で、監督が影で『永遠を泣かせてみたかっただけ』と言っているのを聞いたときには、軽く絶望しましたよ。大手の事務所のライバルに物を隠されたり、楽屋に閉じ込められたこともあったな。当然、事務所は守ってくれますが、それでもその目をかいくぐってやるんですよねぇ」
聞いているだけでムカムカと胃液が上がって来るのを感じ、物の例えではなく本当に吐き気がした。空調の利いている快適な部屋にもかかわらず、玲旺は寒気を感じて腕をさする。
湯月は「つまらない話でごめんなさい」と眉を下げて笑ったが、玲旺は「構わないからそのまま聞かせてくれ」と話の先を促した。
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