されど御曹司は愛を誓う

雪華

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~ 第二章 賽は投げられた ~

古傷⑨

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 その返答は予想外だったのか、氷雨は大きく目をしばたたかせた。

「あら意外。生まれながらの御曹司でも、そんな風に考えるのね。じゃあ実は僕たち、似た者同士なのかな」

 再び視線をトルソーに戻すと、手首にはめたピンクッションからまち針を引き抜いた。針を留めていくごとに、白い布がだんだんと肩を出したドレスの形を成していく。

「自信を失くして不安に囚われそうになった時、いつも『でもあの時、無記名のスケッチブックを見て、僕だって気付いてくれた人がいた』っておまじないみたいに唱えてた。そうすると、また頑張れたんだ。僕の核を、ちゃんと見てくれてる人はいるって信じられたから。それが久我クンだったなんて、感動しちゃうよね」

 氷雨は布の端を持ち、スカートになっている部分を整えて、ふんわりとさせる。玲旺は氷雨の指先を目で追いながら、「そっかぁ」と呟いた。

「久我さんの部屋のクローゼットには、今でもリューレントやブレイバーの切り抜きが山ほど保管されてるよ。当時から氷雨さんの才能を見抜いて惚れ込んでいたんだね。フォーチュンのセカンドラインの構想も、もしかしたらその頃から久我さんの中にあったのかも。いつか、氷雨さんを迎えたいと思っていたんだよ、きっと」

 玲旺がまだこの業界に足を踏み入れるなど、想像もしていなかった頃から、二人は既に信念をもってそれぞれの道を切り開いていたのだ。そうして傷つきながら進んだ先で、ようやく道が合流したのかと思うと感慨深い。

「久我クンに惚れ込んで貰えてるなら光栄だけど、その割には全然甘やかしてくれないのよねぇ。結構スパルタじゃない?」
「でも、仕事に厳しいのは氷雨さんも同じだから、おあいこじゃないの」
「まぁ確かに」

 ククッと喉を鳴らした氷雨が、細長く切った布を手に取った。片側だけにミシンがかけられていたようで、糸を引っ張るとギャザーが寄り、あっという間にフリルが出来上がる。それをクルクル丸めて綺麗に形を整え、見事な薔薇を作り上げた。それをトルソーの胸元にあしらい、氷雨が一歩下がって全体のバランスを見る。

 先ほどまで確かにただの一枚の布だったものが、あっという間に美しいドレスに姿を変えてしまった。もしかすると自分は今、特等席でとても贅沢にプロの技を鑑賞させて貰えたのではないかと息をのむ。

「凄いね、魔法使いみたい」

 玲旺が感嘆の声を上げると、氷雨が嬉しそうに顔をほころばせた。

「ありがとう。それは、一番の褒め言葉だわ」
「そのドレスはどこかで発表するの?」
「ううん。たまに気分転換で作るだけ。型紙も取らないよ」

 手首からピンクッションを外した氷雨が「珈琲もう一杯飲む?」とキッチンに入る。玲旺は「うん」とうなずいた後、対面式のカウンターキッチン越しに問いかけた。

「ところでさ、スケッチブックを盗まれるなんて、用心深い氷雨さんからは全く想像出来ないんだけど。よっぽどソイツは狡猾だったの? それに、永遠さんがいなくなったのも不思議」

 それまでにこやかだった氷雨の表情が、明らかに悲し気に曇る。

「うん、まぁ、その辺は色々あってねぇ」

 歯切れの悪い受け答えをした氷雨が、新しいカップに注いだカフェラテを玲旺の前に置いた。何か事情がありそうだと察し、玲旺はそれ以上の追及を諦める。
 氷雨が話題を変えるように「ねえねえ」と玲旺の顔を覗き込んだ。

「原田と揉めた時の会話、桐ケ谷クン録音してたんでしょ。どんなやり取りだったのか興味あるのよね。聞かせて貰ってもいい?」
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