197 / 302
~ 第二章 賽は投げられた ~
古傷⑨
しおりを挟む
その返答は予想外だったのか、氷雨は大きく目をしばたたかせた。
「あら意外。生まれながらの御曹司でも、そんな風に考えるのね。じゃあ実は僕たち、似た者同士なのかな」
再び視線をトルソーに戻すと、手首にはめたピンクッションからまち針を引き抜いた。針を留めていくごとに、白い布がだんだんと肩を出したドレスの形を成していく。
「自信を失くして不安に囚われそうになった時、いつも『でもあの時、無記名のスケッチブックを見て、僕だって気付いてくれた人がいた』っておまじないみたいに唱えてた。そうすると、また頑張れたんだ。僕の核を、ちゃんと見てくれてる人はいるって信じられたから。それが久我クンだったなんて、感動しちゃうよね」
氷雨は布の端を持ち、スカートになっている部分を整えて、ふんわりとさせる。玲旺は氷雨の指先を目で追いながら、「そっかぁ」と呟いた。
「久我さんの部屋のクローゼットには、今でもリューレントやブレイバーの切り抜きが山ほど保管されてるよ。当時から氷雨さんの才能を見抜いて惚れ込んでいたんだね。フォーチュンのセカンドラインの構想も、もしかしたらその頃から久我さんの中にあったのかも。いつか、氷雨さんを迎えたいと思っていたんだよ、きっと」
玲旺がまだこの業界に足を踏み入れるなど、想像もしていなかった頃から、二人は既に信念をもってそれぞれの道を切り開いていたのだ。そうして傷つきながら進んだ先で、ようやく道が合流したのかと思うと感慨深い。
「久我クンに惚れ込んで貰えてるなら光栄だけど、その割には全然甘やかしてくれないのよねぇ。結構スパルタじゃない?」
「でも、仕事に厳しいのは氷雨さんも同じだから、おあいこじゃないの」
「まぁ確かに」
ククッと喉を鳴らした氷雨が、細長く切った布を手に取った。片側だけにミシンがかけられていたようで、糸を引っ張るとギャザーが寄り、あっという間にフリルが出来上がる。それをクルクル丸めて綺麗に形を整え、見事な薔薇を作り上げた。それをトルソーの胸元にあしらい、氷雨が一歩下がって全体のバランスを見る。
先ほどまで確かにただの一枚の布だったものが、あっという間に美しいドレスに姿を変えてしまった。もしかすると自分は今、特等席でとても贅沢にプロの技を鑑賞させて貰えたのではないかと息をのむ。
「凄いね、魔法使いみたい」
玲旺が感嘆の声を上げると、氷雨が嬉しそうに顔をほころばせた。
「ありがとう。それは、一番の褒め言葉だわ」
「そのドレスはどこかで発表するの?」
「ううん。たまに気分転換で作るだけ。型紙も取らないよ」
手首からピンクッションを外した氷雨が「珈琲もう一杯飲む?」とキッチンに入る。玲旺は「うん」とうなずいた後、対面式のカウンターキッチン越しに問いかけた。
「ところでさ、スケッチブックを盗まれるなんて、用心深い氷雨さんからは全く想像出来ないんだけど。よっぽどソイツは狡猾だったの? それに、永遠さんがいなくなったのも不思議」
それまでにこやかだった氷雨の表情が、明らかに悲し気に曇る。
「うん、まぁ、その辺は色々あってねぇ」
歯切れの悪い受け答えをした氷雨が、新しいカップに注いだカフェラテを玲旺の前に置いた。何か事情がありそうだと察し、玲旺はそれ以上の追及を諦める。
氷雨が話題を変えるように「ねえねえ」と玲旺の顔を覗き込んだ。
「原田と揉めた時の会話、桐ケ谷クン録音してたんでしょ。どんなやり取りだったのか興味あるのよね。聞かせて貰ってもいい?」
「あら意外。生まれながらの御曹司でも、そんな風に考えるのね。じゃあ実は僕たち、似た者同士なのかな」
再び視線をトルソーに戻すと、手首にはめたピンクッションからまち針を引き抜いた。針を留めていくごとに、白い布がだんだんと肩を出したドレスの形を成していく。
「自信を失くして不安に囚われそうになった時、いつも『でもあの時、無記名のスケッチブックを見て、僕だって気付いてくれた人がいた』っておまじないみたいに唱えてた。そうすると、また頑張れたんだ。僕の核を、ちゃんと見てくれてる人はいるって信じられたから。それが久我クンだったなんて、感動しちゃうよね」
氷雨は布の端を持ち、スカートになっている部分を整えて、ふんわりとさせる。玲旺は氷雨の指先を目で追いながら、「そっかぁ」と呟いた。
「久我さんの部屋のクローゼットには、今でもリューレントやブレイバーの切り抜きが山ほど保管されてるよ。当時から氷雨さんの才能を見抜いて惚れ込んでいたんだね。フォーチュンのセカンドラインの構想も、もしかしたらその頃から久我さんの中にあったのかも。いつか、氷雨さんを迎えたいと思っていたんだよ、きっと」
玲旺がまだこの業界に足を踏み入れるなど、想像もしていなかった頃から、二人は既に信念をもってそれぞれの道を切り開いていたのだ。そうして傷つきながら進んだ先で、ようやく道が合流したのかと思うと感慨深い。
「久我クンに惚れ込んで貰えてるなら光栄だけど、その割には全然甘やかしてくれないのよねぇ。結構スパルタじゃない?」
「でも、仕事に厳しいのは氷雨さんも同じだから、おあいこじゃないの」
「まぁ確かに」
ククッと喉を鳴らした氷雨が、細長く切った布を手に取った。片側だけにミシンがかけられていたようで、糸を引っ張るとギャザーが寄り、あっという間にフリルが出来上がる。それをクルクル丸めて綺麗に形を整え、見事な薔薇を作り上げた。それをトルソーの胸元にあしらい、氷雨が一歩下がって全体のバランスを見る。
先ほどまで確かにただの一枚の布だったものが、あっという間に美しいドレスに姿を変えてしまった。もしかすると自分は今、特等席でとても贅沢にプロの技を鑑賞させて貰えたのではないかと息をのむ。
「凄いね、魔法使いみたい」
玲旺が感嘆の声を上げると、氷雨が嬉しそうに顔をほころばせた。
「ありがとう。それは、一番の褒め言葉だわ」
「そのドレスはどこかで発表するの?」
「ううん。たまに気分転換で作るだけ。型紙も取らないよ」
手首からピンクッションを外した氷雨が「珈琲もう一杯飲む?」とキッチンに入る。玲旺は「うん」とうなずいた後、対面式のカウンターキッチン越しに問いかけた。
「ところでさ、スケッチブックを盗まれるなんて、用心深い氷雨さんからは全く想像出来ないんだけど。よっぽどソイツは狡猾だったの? それに、永遠さんがいなくなったのも不思議」
それまでにこやかだった氷雨の表情が、明らかに悲し気に曇る。
「うん、まぁ、その辺は色々あってねぇ」
歯切れの悪い受け答えをした氷雨が、新しいカップに注いだカフェラテを玲旺の前に置いた。何か事情がありそうだと察し、玲旺はそれ以上の追及を諦める。
氷雨が話題を変えるように「ねえねえ」と玲旺の顔を覗き込んだ。
「原田と揉めた時の会話、桐ケ谷クン録音してたんでしょ。どんなやり取りだったのか興味あるのよね。聞かせて貰ってもいい?」
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【R18・完結】甘溺愛婚 ~性悪お嬢様は契約婚で俺様御曹司に溺愛される~
花室 芽苳
恋愛
【本編完結/番外編完結】
この人なら愛せそうだと思ったお見合い相手は、私の妹を愛してしまった。
2人の間を邪魔して壊そうとしたけど、逆に2人の想いを見せつけられて……
そんな時叔父が用意した新しいお見合い相手は大企業の御曹司。
両親と叔父の勧めで、あっという間に俺様御曹司との新婚初夜!?
「夜のお相手は、他の女性に任せます!」
「は!?お前が妻なんだから、諦めて抱かれろよ!」
絶対にお断りよ!どうして毎夜毎夜そんな事で喧嘩をしなきゃならないの?
大きな会社の社長だからって「あれするな、これするな」って、偉そうに命令してこないでよ!
私は私の好きにさせてもらうわ!
狭山 聖壱 《さやま せいいち》 34歳 185㎝
江藤 香津美 《えとう かつみ》 25歳 165㎝
※ 花吹は経営や経済についてはよくわかっていないため、作中におかしな点があるかと思います。申し訳ありません。m(__)m
サイテー上司とデザイナーだった僕の半年
谷村にじゅうえん
BL
デザイナー志望のミズキは就活中、憧れていたクリエイター・相楽に出会う。そして彼の事務所に採用されるが、相楽はミズキを都合のいい営業要員としか考えていなかった。天才肌で愛嬌のある相楽には、一方で計算高く身勝手な一面もあり……。ミズキはそんな彼に振り回されるうち、否応なく惹かれていく。
「知ってるくせに意地悪ですね……あなたみたいなひどい人、好きになった僕が馬鹿だった」
「ははっ、ホントだな」
――僕の想いが届く日は、いつか来るのでしょうか?
★★★★★★★★
エブリスタ『真夜中のラジオ文芸部×執筆応援キャンペーン スパダリ/溺愛/ハートフルなBL』入賞作品
※エブリスタのほか、フジョッシー、ムーンライトノベルスにも転載しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
コントレイルとちぎれ雲
葉月凛
BL
恋も仕事も失った本城薫、26歳。
ちぎれたような薫の心を導いてくれる、ひと筋のコントレイル(飛行機雲)は現れるだろうか──
*『ブライダル・ラプソディー』に出てくる本城薫が少し若い頃のお話ですが、単独で読んでいただける内容になっています。時系列的には、こちらが先です。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる