されど御曹司は愛を誓う

雪華

文字の大きさ
上 下
196 / 302
~ 第二章 賽は投げられた ~

古傷⑧

しおりを挟む
 まさかと思いながら、玲旺が大きく目を見開く。

「嘘。もしかして……久我さん?」
「ピンポーン! 大正解ぃ」

 残りのブリトーを口の中にぽいっと放り込んで、氷雨がパチパチと拍手をした。

「と言っても、僕も昨日知ったばかりなんだけどね」
「えっ、昨日? それまでは知らなかったの?」
「うん。経緯は知ってたし『若手社員』とも聞いていたけど、それがまさか久我クンだなんて思いもしなかった。昨日、キミとトークアプリでやり取りした後に藤井クンからも連絡が来たのよ。それで、久我クンがいかに僕のことを想ってるかって熱く語られて、その流れで知ったって感じかな。ちょっと驚き過ぎて震えたよね」

 ふふっと可愛らしく微笑んで、氷雨が肩をすくめる。

「久我クンのお陰でアイツの盗作が発覚して、スケッチブックもすぐに僕の元に戻って来たってワケ。アイツはもうこの業界には居られなくなって、今頃なにをしてるのかもわかんないや。まぁ、ロクなことにはなってないと思う」

 数奇な巡り合わせに、玲旺は暫しポカンとしてしまった。しかし、少し考えると疑問が湧いてくる。

「久我さんは氷雨さんのプロジェクトが立ち消えた理由を知らないって言っていたけど、あれはとぼけていたのかな。そうは見えなかったけど……」
「多分、盗作とプロジェクトが結びついてないんじゃないかな。久我クン自身の認識は、あくまでも盗作を持ち込んだ奴の嘘を見抜いたってだけ。まさかソイツがプロジェクトのリーダーで、企画を潰した張本人だとは知らないだろうから」

 言いながら、氷雨が今度はスパイスチキンのブリトーを手に取った。

「僕のブランドの話は一切表に出さずに水面下で進めてたから、ピンとこないのも無理ないよ。藤井クンも盗作の件とプロジェクト解散の件は別だと思ってたみたいだし」
「そっか……。だとしても、何かのはずみで『そう言えばあの時』って話題に出そうだけど。久我さん、敢えて触れないようにしてたのかな」

 氷雨は口をもぐもぐさせながら、同意を示すように深くうなずく。それから珈琲をゴクリと飲み干し、「久我クンらしいよねぇ」としみじみ言った。

「恩を高く売ろうだなんて、これっぽっちも考えてないんだろうね。むしろ僕が昔の話しは嫌がるから、その話題は避けてくれてたのかも」

 ブリトーを食べ終えた氷雨が、指先を軽く払って立ち上がる。作業机の端に除けていた白い布を掴むと、窓辺に立つ何も身に着けていないトルソーに近づいた。手にしていた白い布をトルソーに巻きつけ、直接ピンで留め始める。

「久我クンは、僕があの時どれほど救われたか、きっとわからないんだろうなぁ。今でもそうだけどさ、『氷雨』って言うのがただの記号みたいになっちゃってるのよ。色んな付加価値が付いた上で評価されてるから、もしもこの名前を伏せて何かをした時に、どんな反応があるのか怖いのよね」

 話している最中にも、白い布を大きく折りたたんでギャザーにしたり、ドレープにしたりと、少しずつ形が作り上げられていった。

「本当の僕には才能なんかなくて、『氷雨』の看板がなかったら誰も見向きもしないんじゃないかって、いつも怯えてるの。ねぇ、僕って臆病でしょう?」

 手を止めてこちらを見た氷雨に、玲旺は首を静かに振って答える。

「氷雨さんが臆病なら、俺だって同じだよ。『フォーチュンの御曹司』って肩書が無かったら、誰も俺の話を聞いてくれないし、相手にもされないんだろうなって思ってる」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...