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~ 第二章 賽は投げられた ~
古傷⑧
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まさかと思いながら、玲旺が大きく目を見開く。
「嘘。もしかして……久我さん?」
「ピンポーン! 大正解ぃ」
残りのブリトーを口の中にぽいっと放り込んで、氷雨がパチパチと拍手をした。
「と言っても、僕も昨日知ったばかりなんだけどね」
「えっ、昨日? それまでは知らなかったの?」
「うん。経緯は知ってたし『若手社員』とも聞いていたけど、それがまさか久我クンだなんて思いもしなかった。昨日、キミとトークアプリでやり取りした後に藤井クンからも連絡が来たのよ。それで、久我クンがいかに僕のことを想ってるかって熱く語られて、その流れで知ったって感じかな。ちょっと驚き過ぎて震えたよね」
ふふっと可愛らしく微笑んで、氷雨が肩をすくめる。
「久我クンのお陰でアイツの盗作が発覚して、スケッチブックもすぐに僕の元に戻って来たってワケ。アイツはもうこの業界には居られなくなって、今頃なにをしてるのかもわかんないや。まぁ、ロクなことにはなってないと思う」
数奇な巡り合わせに、玲旺は暫しポカンとしてしまった。しかし、少し考えると疑問が湧いてくる。
「久我さんは氷雨さんのプロジェクトが立ち消えた理由を知らないって言っていたけど、あれはとぼけていたのかな。そうは見えなかったけど……」
「多分、盗作とプロジェクトが結びついてないんじゃないかな。久我クン自身の認識は、あくまでも盗作を持ち込んだ奴の嘘を見抜いたってだけ。まさかソイツがプロジェクトのリーダーで、企画を潰した張本人だとは知らないだろうから」
言いながら、氷雨が今度はスパイスチキンのブリトーを手に取った。
「僕のブランドの話は一切表に出さずに水面下で進めてたから、ピンとこないのも無理ないよ。藤井クンも盗作の件とプロジェクト解散の件は別だと思ってたみたいだし」
「そっか……。だとしても、何かのはずみで『そう言えばあの時』って話題に出そうだけど。久我さん、敢えて触れないようにしてたのかな」
氷雨は口をもぐもぐさせながら、同意を示すように深くうなずく。それから珈琲をゴクリと飲み干し、「久我クンらしいよねぇ」としみじみ言った。
「恩を高く売ろうだなんて、これっぽっちも考えてないんだろうね。むしろ僕が昔の話しは嫌がるから、その話題は避けてくれてたのかも」
ブリトーを食べ終えた氷雨が、指先を軽く払って立ち上がる。作業机の端に除けていた白い布を掴むと、窓辺に立つ何も身に着けていないトルソーに近づいた。手にしていた白い布をトルソーに巻きつけ、直接ピンで留め始める。
「久我クンは、僕があの時どれほど救われたか、きっとわからないんだろうなぁ。今でもそうだけどさ、『氷雨』って言うのがただの記号みたいになっちゃってるのよ。色んな付加価値が付いた上で評価されてるから、もしもこの名前を伏せて何かをした時に、どんな反応があるのか怖いのよね」
話している最中にも、白い布を大きく折りたたんでギャザーにしたり、ドレープにしたりと、少しずつ形が作り上げられていった。
「本当の僕には才能なんかなくて、『氷雨』の看板がなかったら誰も見向きもしないんじゃないかって、いつも怯えてるの。ねぇ、僕って臆病でしょう?」
手を止めてこちらを見た氷雨に、玲旺は首を静かに振って答える。
「氷雨さんが臆病なら、俺だって同じだよ。『フォーチュンの御曹司』って肩書が無かったら、誰も俺の話を聞いてくれないし、相手にもされないんだろうなって思ってる」
「嘘。もしかして……久我さん?」
「ピンポーン! 大正解ぃ」
残りのブリトーを口の中にぽいっと放り込んで、氷雨がパチパチと拍手をした。
「と言っても、僕も昨日知ったばかりなんだけどね」
「えっ、昨日? それまでは知らなかったの?」
「うん。経緯は知ってたし『若手社員』とも聞いていたけど、それがまさか久我クンだなんて思いもしなかった。昨日、キミとトークアプリでやり取りした後に藤井クンからも連絡が来たのよ。それで、久我クンがいかに僕のことを想ってるかって熱く語られて、その流れで知ったって感じかな。ちょっと驚き過ぎて震えたよね」
ふふっと可愛らしく微笑んで、氷雨が肩をすくめる。
「久我クンのお陰でアイツの盗作が発覚して、スケッチブックもすぐに僕の元に戻って来たってワケ。アイツはもうこの業界には居られなくなって、今頃なにをしてるのかもわかんないや。まぁ、ロクなことにはなってないと思う」
数奇な巡り合わせに、玲旺は暫しポカンとしてしまった。しかし、少し考えると疑問が湧いてくる。
「久我さんは氷雨さんのプロジェクトが立ち消えた理由を知らないって言っていたけど、あれはとぼけていたのかな。そうは見えなかったけど……」
「多分、盗作とプロジェクトが結びついてないんじゃないかな。久我クン自身の認識は、あくまでも盗作を持ち込んだ奴の嘘を見抜いたってだけ。まさかソイツがプロジェクトのリーダーで、企画を潰した張本人だとは知らないだろうから」
言いながら、氷雨が今度はスパイスチキンのブリトーを手に取った。
「僕のブランドの話は一切表に出さずに水面下で進めてたから、ピンとこないのも無理ないよ。藤井クンも盗作の件とプロジェクト解散の件は別だと思ってたみたいだし」
「そっか……。だとしても、何かのはずみで『そう言えばあの時』って話題に出そうだけど。久我さん、敢えて触れないようにしてたのかな」
氷雨は口をもぐもぐさせながら、同意を示すように深くうなずく。それから珈琲をゴクリと飲み干し、「久我クンらしいよねぇ」としみじみ言った。
「恩を高く売ろうだなんて、これっぽっちも考えてないんだろうね。むしろ僕が昔の話しは嫌がるから、その話題は避けてくれてたのかも」
ブリトーを食べ終えた氷雨が、指先を軽く払って立ち上がる。作業机の端に除けていた白い布を掴むと、窓辺に立つ何も身に着けていないトルソーに近づいた。手にしていた白い布をトルソーに巻きつけ、直接ピンで留め始める。
「久我クンは、僕があの時どれほど救われたか、きっとわからないんだろうなぁ。今でもそうだけどさ、『氷雨』って言うのがただの記号みたいになっちゃってるのよ。色んな付加価値が付いた上で評価されてるから、もしもこの名前を伏せて何かをした時に、どんな反応があるのか怖いのよね」
話している最中にも、白い布を大きく折りたたんでギャザーにしたり、ドレープにしたりと、少しずつ形が作り上げられていった。
「本当の僕には才能なんかなくて、『氷雨』の看板がなかったら誰も見向きもしないんじゃないかって、いつも怯えてるの。ねぇ、僕って臆病でしょう?」
手を止めてこちらを見た氷雨に、玲旺は首を静かに振って答える。
「氷雨さんが臆病なら、俺だって同じだよ。『フォーチュンの御曹司』って肩書が無かったら、誰も俺の話を聞いてくれないし、相手にもされないんだろうなって思ってる」
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