182 / 302
~ 第二章 賽は投げられた ~
extra key③
しおりを挟む
「では、少し遠回りをして久我の自宅へ向かいましょう」
藤井は追跡されていないか周囲を確認しながら、慎重にハンドルを握る。
「そう言えば、今日はどうして久我さんの車を藤井が運転してるの?」
玲旺がふと疑問を口にすれば、久我は面目なさそうに片手で顔を覆った。
「俺は大丈夫だから、先に帰れって言ったんだけどな。真一が運転は止めておけって言うんだよ」
久我の弱々しい主張を、藤井は「当然でしょう」と一蹴する。
「玲旺様を乗せて走るには、要の精神状態は不安定過ぎます。それに、何より私が玲旺様のお顔を拝見して今日一日を終えたかったのです。聞けば、殴られそうになったと言うじゃありませんか。ご無事だったから良かったものの、本当に寿命の縮む思いでした」
怒りが再燃したのか、藤井のこめかみには青筋が立っていた。その勢いでアクセルを踏み込んでしまうのではないかと、少しだけハラハラしてしまう。「藤井の精神状態だって不安定そうだけど」と思いながら、玲旺は安全運転をこっそり願った。
「でもまぁ、なんともないから安心してよ」
「なんともなくても、玲旺様に拳を振り上げただけで万死に値します」
容赦なく言い切る藤井に、玲旺は首をすくめる。それだけ心配してくれているのだと解っているが、やたらと表現が物騒だ。自戒の念を込めつつ「もう無茶しないように気を付けるね」と玲旺が伝えると、ようやく藤井は落ち着きを取り戻したように肩の力を抜いた。
やがてマンションに到着し、機械式駐車場に入ると存在を消し去るかのように素早くエンジンが切られた。後続車や人の気配がないことを視認してから、藤井が深く頭を下げる。
「では玲旺様、充分周囲に気を付けながら部屋へ向かってくださいませ。本日も大変お疲れ様でした」
「藤井もお疲れ様。気を付けて帰ってね」
周囲を気にしながら玲旺が後部座席のドアを開けると、久我が「あっ」と呼び止めた。
「鍵、渡しておくな。今日も先に行ってて」
「わかった」
手を伸ばして玲旺が鍵を受け取る瞬間、久我の表情が少しだけ歪んだ。それが悲しみなのか、恐れなのか、不安なのかわからないが、とにかくマイナスの感情であることに間違いなさそうだった。
「どうしたの」と尋ねたい衝動にかられたが、今は早く部屋に身を隠す方が先だと考え、玲旺は出かかった言葉を飲み込む。
「じゃ、部屋で待ってる」
「ああ」
エレベータ―のボタンを押すと、直ぐに扉が開いた。先日のように久我の部屋ではない階で降り、足音を立てないように非常階段を使って五階に向かう。その途中で、トークアプリの通知音が鳴った。
こんな時間に誰が何の用だと、怪訝に思いながらスマートフォンを取り出す。久我や藤井からの悪い知らせではありませんようにと祈りながら画面を開くと、メッセージの発信者は氷雨だった。
藤井は追跡されていないか周囲を確認しながら、慎重にハンドルを握る。
「そう言えば、今日はどうして久我さんの車を藤井が運転してるの?」
玲旺がふと疑問を口にすれば、久我は面目なさそうに片手で顔を覆った。
「俺は大丈夫だから、先に帰れって言ったんだけどな。真一が運転は止めておけって言うんだよ」
久我の弱々しい主張を、藤井は「当然でしょう」と一蹴する。
「玲旺様を乗せて走るには、要の精神状態は不安定過ぎます。それに、何より私が玲旺様のお顔を拝見して今日一日を終えたかったのです。聞けば、殴られそうになったと言うじゃありませんか。ご無事だったから良かったものの、本当に寿命の縮む思いでした」
怒りが再燃したのか、藤井のこめかみには青筋が立っていた。その勢いでアクセルを踏み込んでしまうのではないかと、少しだけハラハラしてしまう。「藤井の精神状態だって不安定そうだけど」と思いながら、玲旺は安全運転をこっそり願った。
「でもまぁ、なんともないから安心してよ」
「なんともなくても、玲旺様に拳を振り上げただけで万死に値します」
容赦なく言い切る藤井に、玲旺は首をすくめる。それだけ心配してくれているのだと解っているが、やたらと表現が物騒だ。自戒の念を込めつつ「もう無茶しないように気を付けるね」と玲旺が伝えると、ようやく藤井は落ち着きを取り戻したように肩の力を抜いた。
やがてマンションに到着し、機械式駐車場に入ると存在を消し去るかのように素早くエンジンが切られた。後続車や人の気配がないことを視認してから、藤井が深く頭を下げる。
「では玲旺様、充分周囲に気を付けながら部屋へ向かってくださいませ。本日も大変お疲れ様でした」
「藤井もお疲れ様。気を付けて帰ってね」
周囲を気にしながら玲旺が後部座席のドアを開けると、久我が「あっ」と呼び止めた。
「鍵、渡しておくな。今日も先に行ってて」
「わかった」
手を伸ばして玲旺が鍵を受け取る瞬間、久我の表情が少しだけ歪んだ。それが悲しみなのか、恐れなのか、不安なのかわからないが、とにかくマイナスの感情であることに間違いなさそうだった。
「どうしたの」と尋ねたい衝動にかられたが、今は早く部屋に身を隠す方が先だと考え、玲旺は出かかった言葉を飲み込む。
「じゃ、部屋で待ってる」
「ああ」
エレベータ―のボタンを押すと、直ぐに扉が開いた。先日のように久我の部屋ではない階で降り、足音を立てないように非常階段を使って五階に向かう。その途中で、トークアプリの通知音が鳴った。
こんな時間に誰が何の用だと、怪訝に思いながらスマートフォンを取り出す。久我や藤井からの悪い知らせではありませんようにと祈りながら画面を開くと、メッセージの発信者は氷雨だった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
手紙
ドラマチカ
BL
忘れらない思い出。高校で知り合って親友になった益子と郡山。一年、二年と共に過ごし、いつの間にか郡山に恋心を抱いていた益子。カッコよく、優しい郡山と一緒にいればいるほど好きになっていく。きっと郡山も同じ気持ちなのだろうと感じながらも、告白をする勇気もなく日々が過ぎていく。
そうこうしているうちに三年になり、高校生活も終わりが見えてきた。ずっと一緒にいたいと思いながら気持ちを伝えることができない益子。そして、誰よりも益子を大切に想っている郡山。二人の想いは思い出とともに記憶の中に残り続けている……。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【R18・完結】甘溺愛婚 ~性悪お嬢様は契約婚で俺様御曹司に溺愛される~
花室 芽苳
恋愛
【本編完結/番外編完結】
この人なら愛せそうだと思ったお見合い相手は、私の妹を愛してしまった。
2人の間を邪魔して壊そうとしたけど、逆に2人の想いを見せつけられて……
そんな時叔父が用意した新しいお見合い相手は大企業の御曹司。
両親と叔父の勧めで、あっという間に俺様御曹司との新婚初夜!?
「夜のお相手は、他の女性に任せます!」
「は!?お前が妻なんだから、諦めて抱かれろよ!」
絶対にお断りよ!どうして毎夜毎夜そんな事で喧嘩をしなきゃならないの?
大きな会社の社長だからって「あれするな、これするな」って、偉そうに命令してこないでよ!
私は私の好きにさせてもらうわ!
狭山 聖壱 《さやま せいいち》 34歳 185㎝
江藤 香津美 《えとう かつみ》 25歳 165㎝
※ 花吹は経営や経済についてはよくわかっていないため、作中におかしな点があるかと思います。申し訳ありません。m(__)m
サイテー上司とデザイナーだった僕の半年
谷村にじゅうえん
BL
デザイナー志望のミズキは就活中、憧れていたクリエイター・相楽に出会う。そして彼の事務所に採用されるが、相楽はミズキを都合のいい営業要員としか考えていなかった。天才肌で愛嬌のある相楽には、一方で計算高く身勝手な一面もあり……。ミズキはそんな彼に振り回されるうち、否応なく惹かれていく。
「知ってるくせに意地悪ですね……あなたみたいなひどい人、好きになった僕が馬鹿だった」
「ははっ、ホントだな」
――僕の想いが届く日は、いつか来るのでしょうか?
★★★★★★★★
エブリスタ『真夜中のラジオ文芸部×執筆応援キャンペーン スパダリ/溺愛/ハートフルなBL』入賞作品
※エブリスタのほか、フジョッシー、ムーンライトノベルスにも転載しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
コントレイルとちぎれ雲
葉月凛
BL
恋も仕事も失った本城薫、26歳。
ちぎれたような薫の心を導いてくれる、ひと筋のコントレイル(飛行機雲)は現れるだろうか──
*『ブライダル・ラプソディー』に出てくる本城薫が少し若い頃のお話ですが、単独で読んでいただける内容になっています。時系列的には、こちらが先です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる