169 / 302
~ 第二章 賽は投げられた ~
金のなる木⑧
しおりを挟む
「先輩こそどういうつもりですか。ヘッドハンティングの話なら、キッパリ断ったでしょう。それでも先輩がフローズンレインまで巻き込もうとするから、桐ケ谷や氷雨に近づかないことを条件に、多少手伝うと言っただけです」
久我の憂いの原因はこれだったのかと、隣で聞きながら玲旺は深く納得した。久我は申し訳なさそうに玲旺を横目で見てから、再び原田に向き直る。
「俺が最も大切にしたいのは、フローズンレインであることに変わりはない。先輩の味方になった覚えはないですよ」
頼みの綱に突き放された原田は、よたよたと立ち上がり、すがるように手を伸ばした。
「お前……俺が今どれだけ追い詰められてるか知ってるだろう。東京出店は起死回生のチャンスなんだ。頼む、氷雨に話を通してくれ。俺が事務所に行ったって門前払いだし、尾行しようにも影の先すら掴ませねぇ。アレさえ手に入れば何とでもなるのに」
タチの悪い悪霊にでも憑りつかれたのかと思うほど、原田の顔は醜く歪んでいた。久我は悲しそうに目を伏せ、力なく首を振る。
「氷雨を何だと思ってるんです。彼は便利な道具なんかじゃない」
「何を甘い事言ってんだ。これ以上ないくらい便利な道具だろう。氷雨は先を読む力があるし、頭もキレる。オマケに顔も良いと来たもんだ。最高の金のなる木じゃないか。手の届かない高嶺の花だったが、ようやくお前と言う中継点を経て繋がれそうなんだ。なぁ、いいだろ減るもんじゃないし。天才の力をちょっと貸してくれよ」
ヘラヘラ笑いながら肩を叩く手を、嫌悪に満ちた表情で久我が払い除けた。
「ふざけるな。ブランドを背負うプレッシャーに押し潰され血反吐を吐いて、それでも這いつくばってデザイン画を描く奴だぞ。比喩なんかじゃない。本当に胃の中が空になって吐く物が胃液だけになっても、アイツは今できる限り最高のものを作ろうと突き詰めて作品と向き合うんだ。そんな苦労や努力を、天才の一言で片付けるな」
久我の反論に玲旺は胸のすく想いだったが、氷雨をまるで消耗品のように扱おうとする原田には、全く響いていないようだった。
「別にうちの店のためにイチから服を作ってくれなんて言ってないだろ。人気の出そうなブランドの服を、適当にいくつか見繕ってくれればいいんだよ。氷雨が選んだってだけで価値が出るんだから」
「適当に、見繕う……?」
玲旺と久我から、諦めのような虚しい溜め息が同時に漏れた。もう、何を言っても伝わらないのだろう。無意味だと分かっていながら、久我が訴えた。
「氷雨を愚弄するな。あいつがそんな適当な仕事をするわけがないだろう。それに、消費者だって馬鹿じゃない。そんな小手先の仕入なんて、簡単に見抜かれるぞ」
久我の意見も右から左のようで、ハイハイと軽く受け流す。あれだけのことをしておきながら、原田は粘つくような媚びた声で玲旺に話しかけた。
「そんな事より、桐ケ谷さんにもお願いがあるんです。フローズンレインとうちとで、業務提携しましょうよ」
正気とは思えない提案に、玲旺はうすら寒くなった。
久我の憂いの原因はこれだったのかと、隣で聞きながら玲旺は深く納得した。久我は申し訳なさそうに玲旺を横目で見てから、再び原田に向き直る。
「俺が最も大切にしたいのは、フローズンレインであることに変わりはない。先輩の味方になった覚えはないですよ」
頼みの綱に突き放された原田は、よたよたと立ち上がり、すがるように手を伸ばした。
「お前……俺が今どれだけ追い詰められてるか知ってるだろう。東京出店は起死回生のチャンスなんだ。頼む、氷雨に話を通してくれ。俺が事務所に行ったって門前払いだし、尾行しようにも影の先すら掴ませねぇ。アレさえ手に入れば何とでもなるのに」
タチの悪い悪霊にでも憑りつかれたのかと思うほど、原田の顔は醜く歪んでいた。久我は悲しそうに目を伏せ、力なく首を振る。
「氷雨を何だと思ってるんです。彼は便利な道具なんかじゃない」
「何を甘い事言ってんだ。これ以上ないくらい便利な道具だろう。氷雨は先を読む力があるし、頭もキレる。オマケに顔も良いと来たもんだ。最高の金のなる木じゃないか。手の届かない高嶺の花だったが、ようやくお前と言う中継点を経て繋がれそうなんだ。なぁ、いいだろ減るもんじゃないし。天才の力をちょっと貸してくれよ」
ヘラヘラ笑いながら肩を叩く手を、嫌悪に満ちた表情で久我が払い除けた。
「ふざけるな。ブランドを背負うプレッシャーに押し潰され血反吐を吐いて、それでも這いつくばってデザイン画を描く奴だぞ。比喩なんかじゃない。本当に胃の中が空になって吐く物が胃液だけになっても、アイツは今できる限り最高のものを作ろうと突き詰めて作品と向き合うんだ。そんな苦労や努力を、天才の一言で片付けるな」
久我の反論に玲旺は胸のすく想いだったが、氷雨をまるで消耗品のように扱おうとする原田には、全く響いていないようだった。
「別にうちの店のためにイチから服を作ってくれなんて言ってないだろ。人気の出そうなブランドの服を、適当にいくつか見繕ってくれればいいんだよ。氷雨が選んだってだけで価値が出るんだから」
「適当に、見繕う……?」
玲旺と久我から、諦めのような虚しい溜め息が同時に漏れた。もう、何を言っても伝わらないのだろう。無意味だと分かっていながら、久我が訴えた。
「氷雨を愚弄するな。あいつがそんな適当な仕事をするわけがないだろう。それに、消費者だって馬鹿じゃない。そんな小手先の仕入なんて、簡単に見抜かれるぞ」
久我の意見も右から左のようで、ハイハイと軽く受け流す。あれだけのことをしておきながら、原田は粘つくような媚びた声で玲旺に話しかけた。
「そんな事より、桐ケ谷さんにもお願いがあるんです。フローズンレインとうちとで、業務提携しましょうよ」
正気とは思えない提案に、玲旺はうすら寒くなった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。

勇者召喚されて召喚先で人生終えたら、召喚前の人生に勇者能力引き継いでたんだけど!?
にゃんこ
BL
平凡で人見知りのどこにでもいる、橋本光一は、部活の試合へと向かう時に突然の光に包まれ勇者として異世界に召喚された。
世界の平和の為に魔王を倒して欲しいと頼まれて、帰ることも出来ないと知り、異世界で召喚後からの生涯を終えると……!?
そこから、始まる新たな出会いと運命の交差。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)
みづき(藤吉めぐみ)
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。
そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。
けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。
始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる