されど御曹司は愛を誓う

雪華

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~ 第二章 賽は投げられた ~

金のなる木③

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 突然の出来事に玲旺は唖然としてしまう。
 男は白いシャツに襟の無い黒革のジャケットを羽織り、足元にはサイドゴアブーツを合わせていた。タフなコーディネートだが、かなり洗練された印象だ。 

「『この前の』、か。参ったな。ハイビームで目眩まししたつもりだったのに、しっかり見られてたんだね」

 玲旺がこぼしたつぶやきに反応した男が、俳優のように大きな身振りで肩をすくめる。
 やはり先日、玲旺の車を追い回した男で間違いなさそうだ。

「どちら様ですか」

 鋭く目を細めて威嚇する玲旺に、男は顎をさすりながら首をわずかに傾けた。

「アイツ、本当にまだ何も話してないんだな。それにしても桐ケ谷さん、映像で見るよりもずっとお若いですね。まだ学生みたいだ」
「こちらの問いに答えるつもりが無いのなら、お話することは何もありません。失礼します」

 立ち上がろうとした玲旺の肩を「まぁまぁ」となだめ、男が強い力で押さえつける。強引に押し戻された玲旺は、再び椅子に腰を落とすことになった。
 固いビールケースに打ち付けられ、痛みに顔を歪めたが、男はそんな玲旺を気遣う素振りも見せない。手荒い行為とは不釣り合いな優しい笑顔で、玲旺の顔を覗き込んだ。

「そんなに身構えないでくださいよ。今日は桐ケ谷さんに、ちょっとお願いがありまして。それにしても、あなたがこんな小汚い店に来るなんて驚きました。御曹司には相応しくないでしょう。場所を変えませんか、近くに良い店があるんです」

 蔑むような目で店先を一瞥した後、男は再び視線を玲旺に戻す。玲旺は未だに名乗らない男を睨みつけ、肩に置かれた手を払った。

「いい加減にしてください。どこの記者の方ですか。本社にクレームを入れさせて頂きます」
「あれっ。もしかして俺のこと、マスコミだと思ってます? 違いますよ、正真正銘あなたのお仲間です。だって、元フォーチュンの社員ですから」

 玲旺は「えっ」と言ったきり、絶句してしまう。元社員が何の用だと疑問が湧いたが、直ぐに一人の人物が思い浮かんだ。
 確か、久我の元上司もこれくらいの年代ではなかっただろうか。

 三十代後半で、非常に優秀で、男前。
 玲旺は藤井から聞いた原田の情報と目の前にいる男を照らし合わせる。
 風貌などは一致するが、「非常に優秀」と言う部分には少しばかり納得がいかなかった。
 玲旺にどんな用があって現れたのかは知らないが、アポもなしに、しかもこちらの都合などお構いなしで話を進める行為には、嫌悪感を通り越して拒絶反応を起こしそうだ。
 およそ仕事のできる人間の交渉術ではない。

「尾行なんて趣味の悪い手を使ってまでして、元社員のあなたが俺に何の用ですか」

 低い声で玲旺が淡々と告げると、男は胸元から一枚の名刺を取り出し、玲旺に向かって片手で差し出した。まるで何かのついでに手渡すような、ぞんざいな態度だ。無礼者は相手にしないとばかりに、玲旺はそれを無視して受け取らなかったが、表記された文字だけはしっかり確認する。

『セレクトショップ scintillaシンティッラ CEO 原田明生』

 やっぱり。と、玲旺は心の中でつぶやいた。
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