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~ 第二章 賽は投げられた ~
僕たちが作る世界⑧
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度々湯月が口にしていた「合わせる顔がない」、「許されない」と言う不穏なワードが引っかかる。
湯月が負い目に感じるような、何か決定的な出来事があったのかもしれない。
玲旺が核心を問うかどうか迷っていると、スタジオに「お疲れ様でした!」と言うスタッフの元気な声が響いた。
どうやら撮影が終了したようで、セットから降りた氷雨が更衣室へ向かいながら、こちらに来いと玲旺たちを手招きしている。
「行きましょう。さっきの返事、ちゃんとしなきゃ」
何度も首を振って拒む湯月の手を掴み、玲旺は構わず歩き出した。
「桐ケ谷さん、私、本当に無理です。出来ません」
「だから、それは俺じゃなくて氷雨さんに直接言わないと」
玲旺は湯月の手を引いたまま、氷雨の後に続いて更衣室へ入る。湯月は多少抵抗したが、すぐに氷雨がシャツを脱いでしまったのでドアを開け放っておくわけにもいかず、仕方なく従った。
脱いだシャツを丁寧にハンガーにかけながら、氷雨が湯月に問いかける。
「それで、覚悟は決まったの?」
「……氷雨くんは、今回のコレクションで最初からランウェイ歩く予定だった?」
覚悟など一つも決まっていないような顔で、湯月が不安気に尋ねた。質問に質問で返されてしまったが、氷雨は特に気分を害す風でもなく、ふふっと笑う。
「本当なら準備で手一杯だし、裏方に徹したいところだけど。でも、キミがいるなら話は別」
私服のシャツに袖を通した氷雨が、当然だと言わんばかりに断言する。湯月は困ったように眉を下げた。
「最近はデザイナー業を優先して、コレクションに出演してなかったでしょ。体作りしてた? 練習に時間を取られて作業が遅れたら、氷雨くんの負担が増えちゃうじゃん」
「まぁね。でもいいじゃない、一緒にウオーキングの練習しましょうよ。それに、またキミが僕の隣を歩いてくれるなら、例え作業が押して三日四日徹夜になったとしても、全然へーき」
連日の徹夜を何でもない事のように言ってのけた氷雨が、襟の内側に入った髪を払うようにして外に出す。目が届かないところの髪のハネを、湯月は当たり前のように手櫛で整えてやった。きっと昔もこうして着替えていたのだろうと思わせるような、自然な動きだ。
しかしすぐにハッとして、湯月は伸ばした手を引っ込める。
動揺を隠すように、氷雨に更に質問を重ねた。
「イベントで、氷雨くんがラストルックを飾るつもり?」
「ううん。フィナーレは、すんごい人にお願いしちゃった」
「すんごい人……って、誰?」
素直に聞き返してしまった湯月を、氷雨が罠にかかった獲物を狙うような目で見つめ、ニイッと笑う。
「聞きたい? じゃあ教えてあげる。南野朱よ」
その名前を聞いた途端、湯月がしまったと言う顔をした。
「……それ、私が聞いてもいい情報だった?」
「ダメに決まってるでしょ。近いうちに大々的に発表する予定の、トップシークレット。部外者には、絶対に秘密にしなきゃいけない極秘情報」
うわぁ、と顔をしかめた湯月が今更ながら耳を塞いだが、もう遅い。氷雨が湯月に詰め寄り、耳を塞いでいる手を掴んで外す。
「これでキミも僕の共犯者だね。もう逃がさない」
湯月が負い目に感じるような、何か決定的な出来事があったのかもしれない。
玲旺が核心を問うかどうか迷っていると、スタジオに「お疲れ様でした!」と言うスタッフの元気な声が響いた。
どうやら撮影が終了したようで、セットから降りた氷雨が更衣室へ向かいながら、こちらに来いと玲旺たちを手招きしている。
「行きましょう。さっきの返事、ちゃんとしなきゃ」
何度も首を振って拒む湯月の手を掴み、玲旺は構わず歩き出した。
「桐ケ谷さん、私、本当に無理です。出来ません」
「だから、それは俺じゃなくて氷雨さんに直接言わないと」
玲旺は湯月の手を引いたまま、氷雨の後に続いて更衣室へ入る。湯月は多少抵抗したが、すぐに氷雨がシャツを脱いでしまったのでドアを開け放っておくわけにもいかず、仕方なく従った。
脱いだシャツを丁寧にハンガーにかけながら、氷雨が湯月に問いかける。
「それで、覚悟は決まったの?」
「……氷雨くんは、今回のコレクションで最初からランウェイ歩く予定だった?」
覚悟など一つも決まっていないような顔で、湯月が不安気に尋ねた。質問に質問で返されてしまったが、氷雨は特に気分を害す風でもなく、ふふっと笑う。
「本当なら準備で手一杯だし、裏方に徹したいところだけど。でも、キミがいるなら話は別」
私服のシャツに袖を通した氷雨が、当然だと言わんばかりに断言する。湯月は困ったように眉を下げた。
「最近はデザイナー業を優先して、コレクションに出演してなかったでしょ。体作りしてた? 練習に時間を取られて作業が遅れたら、氷雨くんの負担が増えちゃうじゃん」
「まぁね。でもいいじゃない、一緒にウオーキングの練習しましょうよ。それに、またキミが僕の隣を歩いてくれるなら、例え作業が押して三日四日徹夜になったとしても、全然へーき」
連日の徹夜を何でもない事のように言ってのけた氷雨が、襟の内側に入った髪を払うようにして外に出す。目が届かないところの髪のハネを、湯月は当たり前のように手櫛で整えてやった。きっと昔もこうして着替えていたのだろうと思わせるような、自然な動きだ。
しかしすぐにハッとして、湯月は伸ばした手を引っ込める。
動揺を隠すように、氷雨に更に質問を重ねた。
「イベントで、氷雨くんがラストルックを飾るつもり?」
「ううん。フィナーレは、すんごい人にお願いしちゃった」
「すんごい人……って、誰?」
素直に聞き返してしまった湯月を、氷雨が罠にかかった獲物を狙うような目で見つめ、ニイッと笑う。
「聞きたい? じゃあ教えてあげる。南野朱よ」
その名前を聞いた途端、湯月がしまったと言う顔をした。
「……それ、私が聞いてもいい情報だった?」
「ダメに決まってるでしょ。近いうちに大々的に発表する予定の、トップシークレット。部外者には、絶対に秘密にしなきゃいけない極秘情報」
うわぁ、と顔をしかめた湯月が今更ながら耳を塞いだが、もう遅い。氷雨が湯月に詰め寄り、耳を塞いでいる手を掴んで外す。
「これでキミも僕の共犯者だね。もう逃がさない」
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