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~ 第二章 賽は投げられた ~
braver⑤
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「とっ……湯月クン、こんにちはぁ」
湯月を見た瞬間、浮足立ってしまったのか、名前を呼び間違えそうになった氷雨が慌てて言い直す。
湯月は顔をわずかに引きつらせ、警告するような眼差しを氷雨に送った。しかし早川もいる場なのですぐに表情を戻し、手にしていたファイルに視線を落とす。
「本日の流れを簡単にご説明しますね。まず、巻頭ページの氷雨さんと桐ケ谷さんのツーショット撮影から始めます。その後、着替えてそれぞれ何カットか撮らせて頂いた後、最後に表紙を氷雨さんのみでお願いします」
ファイルから目線を上げることなく、淡々と事務的に告げる。氷雨は少しだけ面白くなさそうな顔をしたが、さっさと気持ちを切り替え、衣装ラックから指示された着替えをいくつか掴んだ。
「はい、これとこれ、桐ケ谷クンの衣装。ヘアメイクは着替えた後でいいわよね? じゃあ湯月クン、更衣室まで撮影に使う靴を持って来てちょうだい。早川さん、ちょっと湯月クン借りるわね。代わりに黛クンをよろしく」
テキパキと氷雨が指示を飛ばす。早川は「どうぞどうぞ」と言って動こうとしない湯月の背中を押し、靴を持っていけと目で訴えていた。
嫌そうな顔をしつつ編み上げのブーツを二足抱えた湯月は、氷雨と共に更衣室へ移動する。玲旺も氷雨から渡された衣装を手に、その後に続いた。
三人で更衣室に入ると、氷雨は湯月が出て行かないようにドアの前を素早く陣取った。出口を塞がれてしまった湯月は、まさに袋のネズミだ。
「靴を置いたらさっさと出ていくつもりだった? 残念でした。ちょっと色々お話ししたいことがあるのよ。聞いてくれるよねぇ」
何か企んでいるような顔で、氷雨が湯月に笑いかける。逃げ場のない湯月は、諦めたように目を伏せた。
そんな様子を見ていた玲旺は、「いやいや違うだろう」と湯月を庇うように二人の間に割って入る。
「何で氷雨さんは、いつも湯月さんに意地悪な言い方するかなぁ。今日はきちんとお礼をしようって言ったよね?」
叱るような口調で詰め寄ると、氷雨は耳がしおれた猫みたいにしょぼんとした。
「別に、意地悪な言い方してるつもりないんだけど……」
「そうかな。どことなく高圧的なんだよね。何とかして自分に従わせてやろう、みたいな。北風と太陽だったら、間違いなく今の氷雨さんは北風だよ」
自分が高圧的なことに多少は心当たりがあるようで、氷雨は気まずそうに目を泳がせる。
玲旺は背後にいる湯月を、申し訳なさそうに振り返った。
「先日はありがとうございました。あの時はまだ、湯月さんの助言にピンと来ていなかったのですが、事が進むにつれ有難さを実感しています。あのアドバイスや来月号のブレイバーの掲載が無かったら、どうなっていたことか」
湯月を見た瞬間、浮足立ってしまったのか、名前を呼び間違えそうになった氷雨が慌てて言い直す。
湯月は顔をわずかに引きつらせ、警告するような眼差しを氷雨に送った。しかし早川もいる場なのですぐに表情を戻し、手にしていたファイルに視線を落とす。
「本日の流れを簡単にご説明しますね。まず、巻頭ページの氷雨さんと桐ケ谷さんのツーショット撮影から始めます。その後、着替えてそれぞれ何カットか撮らせて頂いた後、最後に表紙を氷雨さんのみでお願いします」
ファイルから目線を上げることなく、淡々と事務的に告げる。氷雨は少しだけ面白くなさそうな顔をしたが、さっさと気持ちを切り替え、衣装ラックから指示された着替えをいくつか掴んだ。
「はい、これとこれ、桐ケ谷クンの衣装。ヘアメイクは着替えた後でいいわよね? じゃあ湯月クン、更衣室まで撮影に使う靴を持って来てちょうだい。早川さん、ちょっと湯月クン借りるわね。代わりに黛クンをよろしく」
テキパキと氷雨が指示を飛ばす。早川は「どうぞどうぞ」と言って動こうとしない湯月の背中を押し、靴を持っていけと目で訴えていた。
嫌そうな顔をしつつ編み上げのブーツを二足抱えた湯月は、氷雨と共に更衣室へ移動する。玲旺も氷雨から渡された衣装を手に、その後に続いた。
三人で更衣室に入ると、氷雨は湯月が出て行かないようにドアの前を素早く陣取った。出口を塞がれてしまった湯月は、まさに袋のネズミだ。
「靴を置いたらさっさと出ていくつもりだった? 残念でした。ちょっと色々お話ししたいことがあるのよ。聞いてくれるよねぇ」
何か企んでいるような顔で、氷雨が湯月に笑いかける。逃げ場のない湯月は、諦めたように目を伏せた。
そんな様子を見ていた玲旺は、「いやいや違うだろう」と湯月を庇うように二人の間に割って入る。
「何で氷雨さんは、いつも湯月さんに意地悪な言い方するかなぁ。今日はきちんとお礼をしようって言ったよね?」
叱るような口調で詰め寄ると、氷雨は耳がしおれた猫みたいにしょぼんとした。
「別に、意地悪な言い方してるつもりないんだけど……」
「そうかな。どことなく高圧的なんだよね。何とかして自分に従わせてやろう、みたいな。北風と太陽だったら、間違いなく今の氷雨さんは北風だよ」
自分が高圧的なことに多少は心当たりがあるようで、氷雨は気まずそうに目を泳がせる。
玲旺は背後にいる湯月を、申し訳なさそうに振り返った。
「先日はありがとうございました。あの時はまだ、湯月さんの助言にピンと来ていなかったのですが、事が進むにつれ有難さを実感しています。あのアドバイスや来月号のブレイバーの掲載が無かったら、どうなっていたことか」
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