されど御曹司は愛を誓う

雪華

文字の大きさ
上 下
120 / 302
~ 第二章 賽は投げられた ~

新しい提案⑤

しおりを挟む
 苦虫を噛み潰したような顔をする玲旺を見て、氷雨が可笑しそうに声を上げて笑う。

「あっはは。桐ケ谷クン、撮影は気が重い? 大丈夫、大丈夫。気楽に行こうよ」

 氷雨が「楽しみだねぇ」と助手席の窓枠に手をかけて、嬉しそうに軽く飛び跳ねた。
 あまり目立つ動きはしない方が良いのではとハラハラしていると、案の定カフェの店内にいる客の何人かが氷雨に気付き、ギョッとした顔で窓に張り付いたのが見えた。

「ほら、カフェの客に見つかったぞ。騒ぎになる前に早く建物に入れよ」

 久我が急かすと、氷雨は素直にさっと車から離れる。

「はぁい。じゃあね、ばいばーい」

 車に向かって投げキッスをした氷雨が、くるりと踵を返した。店内で興奮気味に足をバタつかせている女性客にも、愛想良くひらひらと手を振ってみせる。客の声は当然ここまで届かないが、「ぎゃー」と言っていそうな表情と雰囲気だった。
 騒然とする店内をよそに、氷雨はカフェの入り口とは別の、事務所へ続くエレベーターホールへ颯爽と消えていく。それを見届けた久我が、ゆっくりアクセルを踏み込んだ。

「氷雨さん、大丈夫かな。あんなに堂々と表から入って、待ち伏せされたらどうするんだろ」

 無防備過ぎる気がして、玲旺はバックミラーの中でどんどん遠ざかる英国風の可愛らしいオフィスビルを不安気に見つめた。

「それなら心配ないよ。帰りは化粧を落として裏口から出ていくから、気付かれることは無いだろ。事務所にはアイツの着替えがいくつか置いてあるって言ってたし」

 それを聞いた玲旺は「あぁ」と納得した。
 ウィッグと赤いコンタクトレンズを外すだけでも、かなり印象が変わる。その上、氷雨は普段わざと男性っぽいカーゴパンツやデニムパンツで無骨なコーディネートをしているのだ。パッと見ただけで氷雨だと気づける者は少ないだろう。
 ただ、化粧をしていなくても目を引く容姿であることに変わりはないので、いつも長く伸ばした前髪で顔の半分以上を隠しているのを、玲旺は不憫に思っていた。

「なんか、大変そうだよね」
「そんな他人事みたいなこと言って。ブレイバーで特集が掲載されたら、玲旺だって今みたいに気軽に外を歩けなくなるだろ。動画だけでもあれだけ注目されたんだ。もう、一人で電車に乗って移動するなよ」

 眉を寄せた久我が、ちらりと横目で玲旺を見る。信号待ちで車が停車すると、久我は外から見えないように、ダッシュボードの下で玲旺に向かって左手を差し出した。
 何だろうと思って久我の手のひらを見つめていると、焦れたように「玲旺」と名前を呼ばれる。

 熱のこもった声に、思わずドキリとした。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【R18・完結】甘溺愛婚 ~性悪お嬢様は契約婚で俺様御曹司に溺愛される~

花室 芽苳
恋愛
【本編完結/番外編完結】 この人なら愛せそうだと思ったお見合い相手は、私の妹を愛してしまった。 2人の間を邪魔して壊そうとしたけど、逆に2人の想いを見せつけられて…… そんな時叔父が用意した新しいお見合い相手は大企業の御曹司。 両親と叔父の勧めで、あっという間に俺様御曹司との新婚初夜!? 「夜のお相手は、他の女性に任せます!」 「は!?お前が妻なんだから、諦めて抱かれろよ!」 絶対にお断りよ!どうして毎夜毎夜そんな事で喧嘩をしなきゃならないの? 大きな会社の社長だからって「あれするな、これするな」って、偉そうに命令してこないでよ! 私は私の好きにさせてもらうわ! 狭山 聖壱  《さやま せいいち》 34歳 185㎝ 江藤 香津美 《えとう かつみ》  25歳 165㎝ ※ 花吹は経営や経済についてはよくわかっていないため、作中におかしな点があるかと思います。申し訳ありません。m(__)m

サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん
BL
デザイナー志望のミズキは就活中、憧れていたクリエイター・相楽に出会う。そして彼の事務所に採用されるが、相楽はミズキを都合のいい営業要員としか考えていなかった。天才肌で愛嬌のある相楽には、一方で計算高く身勝手な一面もあり……。ミズキはそんな彼に振り回されるうち、否応なく惹かれていく。 「知ってるくせに意地悪ですね……あなたみたいなひどい人、好きになった僕が馬鹿だった」 「ははっ、ホントだな」 ――僕の想いが届く日は、いつか来るのでしょうか? ★★★★★★★★ エブリスタ『真夜中のラジオ文芸部×執筆応援キャンペーン  スパダリ/溺愛/ハートフルなBL』入賞作品 ※エブリスタのほか、フジョッシー、ムーンライトノベルスにも転載しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

コントレイルとちぎれ雲

葉月凛
BL
恋も仕事も失った本城薫、26歳。 ちぎれたような薫の心を導いてくれる、ひと筋のコントレイル(飛行機雲)は現れるだろうか── *『ブライダル・ラプソディー』に出てくる本城薫が少し若い頃のお話ですが、単独で読んでいただける内容になっています。時系列的には、こちらが先です。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

処理中です...