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~ 第二章 賽は投げられた ~
prefect⑫
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先ほど宮原と対峙した時には氷雨が豹に思えたが、今度は蜘蛛の巣の罠が見える。にじり寄られる黛は、さしずめ蝶と言ったところか。
「目を開けてくれてありがと。イイ子だねぇ。黛くんはさ、ランウェイ歩いてる時、どんなこと考えてたの?」
頬を押さえていた右手をゆっくり移動させ、氷雨が黛の頭を撫でた。
氷雨の声や仕草はまるでアルコール度数の高いカクテルのようで、甘さに油断していると、あっという間に酔い潰される。
それでも緊張で震えていた黛には、麻酔代わりになって丁度良かったのかもしれない。黛は恍惚とした表情で、先ほどまでとは別人のように饒舌に語りだした。
「最初は氷雨さんが見てくれるから、頑張ろうと思ったんです。でも氷雨さんと目が合った瞬間、頭が真っ白になりました。立て直さなきゃって焦れば焦るほど、ますます体が動かなくなるし……。俺、いつもこうなんです。最初は期待して貰えるんですけど、パフォーマンスを見てガッカリされるの繰り返し。最近は見てる人たちの目が怖くて仕方ないんです。でも俺、芝居するのは好きだから、辞めたくなくて……」
堰を切ったように黛が訴える。氷雨は口元に笑みをたたえながら「うん、うん」と相槌を打った。そんな氷雨と目を合わせたまま、黛が泣きそうな顔で弱々しく尋ねる。
「氷雨さんも、俺のウオーキングを見てガッカリしましたよね」
「僕が? どうして? ガッカリしてたら、キミをここに呼んでいないでしょう。言ったはずだよ『キミはすっごく魅力的なんだよ』って」
心外だとばかりに、氷雨は唇を尖らせた。黛は「嘘だ」と、駄々をこねるように首を振る。
「だって、俺、今までで一番酷かったんですよ。ガッカリしないわけないじゃないですか」
「あれ? キミ、僕のことずっと憧れてくれてたんだよねぇ。その僕が良いって言ってるのに、嘘だと思うの? 僕のことを否定するの?」
悲しそうに眉を寄せる氷雨を見て、黛が慌てて「違います!」と叫んだ。
「氷雨さんを否定だなんて、そんな。俺にとっては神様みたいな存在なのに」
「だって、たった今キミが言ったんだよ、『嘘だ』って。じゃあ、キミは自分自身で輝ける恒星みたいな存在になれるって、信じてくれるまで僕は何回でも言うね。それにさ、今までで一番酷い場面を僕に見られたんなら、もう怖いものないじゃない。ねぇ。僕のこと信じてよ」
氷雨は黛の手を取って、強く握り締める。黛は感極まったのか、目を潤ませてその手を握り返した。
「そ、それなら……俺の可能性を信じてくれる氷雨さんのために、出来る限りやってみます」
「僕のためじゃなくて、キミ自身のためにね。キミは僕を初めて見た時、雷に打たれたみたいな衝撃を受けたんでしょう? 次はキミの番だよ。まだ見ぬ誰かの心を、今度はキミが強烈な閃光で貫くんだ」
黛の瞳が大きく見開かれる。緊張と不安が大半を占めていた表情に、わずかでも覇気が宿った。
「あの。今……もう一度、ウオーキングを見て頂いても良いですか」
「もちろん」
即答した氷雨に、決意を込めた顔でうなずいた黛が部屋の隅に移動する。
そこまでの動きは問題ないのだが、いざウオーキングを始めると、やはりギクシャクした動作になってしまった。
そんなに直ぐに変わるわけがないかと思いつつ、この状況で再度ウオーキングに挑戦した黛の心意気は凄いなと、玲旺は感心しながら静かに見守る。
黛の顔がもう限界だと歪みかけた時、氷雨が「すごい、すごい」とはしゃぐように黛の肩を叩いた。
「目を開けてくれてありがと。イイ子だねぇ。黛くんはさ、ランウェイ歩いてる時、どんなこと考えてたの?」
頬を押さえていた右手をゆっくり移動させ、氷雨が黛の頭を撫でた。
氷雨の声や仕草はまるでアルコール度数の高いカクテルのようで、甘さに油断していると、あっという間に酔い潰される。
それでも緊張で震えていた黛には、麻酔代わりになって丁度良かったのかもしれない。黛は恍惚とした表情で、先ほどまでとは別人のように饒舌に語りだした。
「最初は氷雨さんが見てくれるから、頑張ろうと思ったんです。でも氷雨さんと目が合った瞬間、頭が真っ白になりました。立て直さなきゃって焦れば焦るほど、ますます体が動かなくなるし……。俺、いつもこうなんです。最初は期待して貰えるんですけど、パフォーマンスを見てガッカリされるの繰り返し。最近は見てる人たちの目が怖くて仕方ないんです。でも俺、芝居するのは好きだから、辞めたくなくて……」
堰を切ったように黛が訴える。氷雨は口元に笑みをたたえながら「うん、うん」と相槌を打った。そんな氷雨と目を合わせたまま、黛が泣きそうな顔で弱々しく尋ねる。
「氷雨さんも、俺のウオーキングを見てガッカリしましたよね」
「僕が? どうして? ガッカリしてたら、キミをここに呼んでいないでしょう。言ったはずだよ『キミはすっごく魅力的なんだよ』って」
心外だとばかりに、氷雨は唇を尖らせた。黛は「嘘だ」と、駄々をこねるように首を振る。
「だって、俺、今までで一番酷かったんですよ。ガッカリしないわけないじゃないですか」
「あれ? キミ、僕のことずっと憧れてくれてたんだよねぇ。その僕が良いって言ってるのに、嘘だと思うの? 僕のことを否定するの?」
悲しそうに眉を寄せる氷雨を見て、黛が慌てて「違います!」と叫んだ。
「氷雨さんを否定だなんて、そんな。俺にとっては神様みたいな存在なのに」
「だって、たった今キミが言ったんだよ、『嘘だ』って。じゃあ、キミは自分自身で輝ける恒星みたいな存在になれるって、信じてくれるまで僕は何回でも言うね。それにさ、今までで一番酷い場面を僕に見られたんなら、もう怖いものないじゃない。ねぇ。僕のこと信じてよ」
氷雨は黛の手を取って、強く握り締める。黛は感極まったのか、目を潤ませてその手を握り返した。
「そ、それなら……俺の可能性を信じてくれる氷雨さんのために、出来る限りやってみます」
「僕のためじゃなくて、キミ自身のためにね。キミは僕を初めて見た時、雷に打たれたみたいな衝撃を受けたんでしょう? 次はキミの番だよ。まだ見ぬ誰かの心を、今度はキミが強烈な閃光で貫くんだ」
黛の瞳が大きく見開かれる。緊張と不安が大半を占めていた表情に、わずかでも覇気が宿った。
「あの。今……もう一度、ウオーキングを見て頂いても良いですか」
「もちろん」
即答した氷雨に、決意を込めた顔でうなずいた黛が部屋の隅に移動する。
そこまでの動きは問題ないのだが、いざウオーキングを始めると、やはりギクシャクした動作になってしまった。
そんなに直ぐに変わるわけがないかと思いつつ、この状況で再度ウオーキングに挑戦した黛の心意気は凄いなと、玲旺は感心しながら静かに見守る。
黛の顔がもう限界だと歪みかけた時、氷雨が「すごい、すごい」とはしゃぐように黛の肩を叩いた。
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