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~ 第一章 売られた喧嘩 ~
リナリアの花束②
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会社のためと言われてしまうと、返す言葉がない。玲旺は助け船を求めて、目だけを動かし湯月を見た。
氷雨が玲旺に触れるのを湯月は明らかに面白くなさそうに見ていたが、仕事と割り切っているのか、氷雨の意見には賛同する。
「そうだね。桐ケ谷さんは話題性があるし写真映えしそうだし、いいんじゃないかな。上に報告しても、すんなり通ると思うよ」
「じゃあ決まり。話が早くて助かるわ。良かったねぇ? 桐ケ谷クン」
嬉しそうに手を叩く氷雨を、玲旺はささやかな抵抗とばかりに小さく睨んだ。
「俺、ホントに何もできないよ」
「笑えって言われたら、笑うくらいはできるでしょ」
「引き攣っても良いなら、なんとか」
初めての撮影で大勢のスタッフが見守る中、カメラを向けられ自然に笑える者など、ほんの一握りだろう。物怖じしない方だとは思うが、さすがにそこまで心臓は強くない。
不安そうな玲旺の背中を、氷雨が大丈夫だよと呑気に叩く。根拠があるのか疑わしいが、氷雨が大丈夫と言うのなら、きっと何とかしてくれるのかもしれない。むしろ、そうでないと非常に困る。
そんなやり取りを、どこか遠い出来事のようにぼんやりと眺めていた湯月に気づいたのか、氷雨が「よろしくね」と言って微笑んだ。
「……細かい話は事務所を通すよ」
湯月が虚ろな表情のまま、抑揚のない声で告げた。
氷雨は一瞬だけ笑みを崩したが、すぐに取り繕うように口角を上げる。間近で氷雨を見ていた玲旺は、その横顔から僅かな緊張を感じ取った。
「ねぇ。最後にもう一つ、お願い聞いて貰ってもいい?」
「まだ何かあるの」
氷雨から顔を背けるように、湯月がショールームの奥に視線を向けた。打ち合わせを終えたのか、奥にあるブースから吉田と早川が出てくる気配がする。
氷雨が一歩踏み出し、湯月の真正面に立った。わざと目を合わせないようにしているのか、湯月は部屋の奥を見つめたまま動かない。
氷雨は少し屈んで、こちらを見ようともしない湯月の耳元に顔を寄せた。
「撮影当日は、永遠も必ず現場に来て」
「えっ」
驚いたように、湯月が思わずこちらを振り返る。感情を封印したはずの目が困惑で揺れていた。氷雨は湯月の両肩に手を置いて、逃げないように容赦なく顔を覗き込む。
「やっと見つけたのに、次はいつ会えるのか分らないまま永遠を帰すのは絶対にイヤなの。ね、お願い。僕に次の約束を頂戴」
せっかく作った防御壁も氷雨にあっさり壊されてしまい、逃げ場のない湯月は項垂れた。
きっと、氷雨に「お願い」と言われたら、どう足掻いても頷いてしまうのだろう。それを知っていながら約束をねだっているとしたら、氷雨は相当残酷だし余程必死だ。
「……わかった。いいよ、当日は編集部として現場で見学する。でも、みんな私が永遠だって知らないから、その名前で呼ばないで」
「ありがとう。名前は気を付けるよ。それで、あのさぁ」
言いかけて一度言葉を区切った氷雨が、湯月の肩に手を置いたままうつむいた。少しの間を空けて、心細そうに尋ねる。
「姿を消していた間、快晴と一緒にいたんじゃなかったのよね。それなら、今まで永遠がどこにいたのか、快晴は知ってたの?」
もしかすると、一番聞きたかったことなのかもしれない。
肩に置かれた氷雨の手を、湯月がそろりと押し戻す。小さな声で「知らないよ」と湯月が答えると、氷雨はホッとしたのか頬を緩ませた。
やり場のない気持ちに蓋をするように、湯月はゆっくりと大きな瞬きをする。見ている玲旺まで胸の辺りが重たくなった。
「今から私がブレイバーの公式アカで来月号は氷雨くんが出るって予告を呟くから、氷雨くんも引用リツイで宣伝して。それだけでも、牽制になる。快晴に足を引っ張られるリスクは減るでしょ」
取り出したスマートフォンで文字を打ちながら、淡々と湯月が告げた。
「ねぇ。何で僕の味方してくれるの」
「今回の快晴のやり方が気に入らないから」
「じゃあ、僕のやり方が間違ってる時は、快晴の味方するんだ」
湯月はスマートフォンの画面に目を落としたまま「そうかもね」と即答する。あはは、と氷雨が意味もなく笑った。
なんだか空虚な会話だ。
そもそも二人の関係は、今日知ったばかりの玲旺の目から見ても、非常にアンバランスで脆そうだった。
氷雨は湯月が気になって仕方ない割には、核心に触れないし、二人の間に恋愛感情はないと平然と言えてしまう。
湯月も湯月で、氷雨に恋焦がれている癖に、いざ本人を目の前にすればやんわりと突き放す。
玲旺は不器用な二人を交互に見ながら、密かに溜め息を吐いた。
氷雨が玲旺に触れるのを湯月は明らかに面白くなさそうに見ていたが、仕事と割り切っているのか、氷雨の意見には賛同する。
「そうだね。桐ケ谷さんは話題性があるし写真映えしそうだし、いいんじゃないかな。上に報告しても、すんなり通ると思うよ」
「じゃあ決まり。話が早くて助かるわ。良かったねぇ? 桐ケ谷クン」
嬉しそうに手を叩く氷雨を、玲旺はささやかな抵抗とばかりに小さく睨んだ。
「俺、ホントに何もできないよ」
「笑えって言われたら、笑うくらいはできるでしょ」
「引き攣っても良いなら、なんとか」
初めての撮影で大勢のスタッフが見守る中、カメラを向けられ自然に笑える者など、ほんの一握りだろう。物怖じしない方だとは思うが、さすがにそこまで心臓は強くない。
不安そうな玲旺の背中を、氷雨が大丈夫だよと呑気に叩く。根拠があるのか疑わしいが、氷雨が大丈夫と言うのなら、きっと何とかしてくれるのかもしれない。むしろ、そうでないと非常に困る。
そんなやり取りを、どこか遠い出来事のようにぼんやりと眺めていた湯月に気づいたのか、氷雨が「よろしくね」と言って微笑んだ。
「……細かい話は事務所を通すよ」
湯月が虚ろな表情のまま、抑揚のない声で告げた。
氷雨は一瞬だけ笑みを崩したが、すぐに取り繕うように口角を上げる。間近で氷雨を見ていた玲旺は、その横顔から僅かな緊張を感じ取った。
「ねぇ。最後にもう一つ、お願い聞いて貰ってもいい?」
「まだ何かあるの」
氷雨から顔を背けるように、湯月がショールームの奥に視線を向けた。打ち合わせを終えたのか、奥にあるブースから吉田と早川が出てくる気配がする。
氷雨が一歩踏み出し、湯月の真正面に立った。わざと目を合わせないようにしているのか、湯月は部屋の奥を見つめたまま動かない。
氷雨は少し屈んで、こちらを見ようともしない湯月の耳元に顔を寄せた。
「撮影当日は、永遠も必ず現場に来て」
「えっ」
驚いたように、湯月が思わずこちらを振り返る。感情を封印したはずの目が困惑で揺れていた。氷雨は湯月の両肩に手を置いて、逃げないように容赦なく顔を覗き込む。
「やっと見つけたのに、次はいつ会えるのか分らないまま永遠を帰すのは絶対にイヤなの。ね、お願い。僕に次の約束を頂戴」
せっかく作った防御壁も氷雨にあっさり壊されてしまい、逃げ場のない湯月は項垂れた。
きっと、氷雨に「お願い」と言われたら、どう足掻いても頷いてしまうのだろう。それを知っていながら約束をねだっているとしたら、氷雨は相当残酷だし余程必死だ。
「……わかった。いいよ、当日は編集部として現場で見学する。でも、みんな私が永遠だって知らないから、その名前で呼ばないで」
「ありがとう。名前は気を付けるよ。それで、あのさぁ」
言いかけて一度言葉を区切った氷雨が、湯月の肩に手を置いたままうつむいた。少しの間を空けて、心細そうに尋ねる。
「姿を消していた間、快晴と一緒にいたんじゃなかったのよね。それなら、今まで永遠がどこにいたのか、快晴は知ってたの?」
もしかすると、一番聞きたかったことなのかもしれない。
肩に置かれた氷雨の手を、湯月がそろりと押し戻す。小さな声で「知らないよ」と湯月が答えると、氷雨はホッとしたのか頬を緩ませた。
やり場のない気持ちに蓋をするように、湯月はゆっくりと大きな瞬きをする。見ている玲旺まで胸の辺りが重たくなった。
「今から私がブレイバーの公式アカで来月号は氷雨くんが出るって予告を呟くから、氷雨くんも引用リツイで宣伝して。それだけでも、牽制になる。快晴に足を引っ張られるリスクは減るでしょ」
取り出したスマートフォンで文字を打ちながら、淡々と湯月が告げた。
「ねぇ。何で僕の味方してくれるの」
「今回の快晴のやり方が気に入らないから」
「じゃあ、僕のやり方が間違ってる時は、快晴の味方するんだ」
湯月はスマートフォンの画面に目を落としたまま「そうかもね」と即答する。あはは、と氷雨が意味もなく笑った。
なんだか空虚な会話だ。
そもそも二人の関係は、今日知ったばかりの玲旺の目から見ても、非常にアンバランスで脆そうだった。
氷雨は湯月が気になって仕方ない割には、核心に触れないし、二人の間に恋愛感情はないと平然と言えてしまう。
湯月も湯月で、氷雨に恋焦がれている癖に、いざ本人を目の前にすればやんわりと突き放す。
玲旺は不器用な二人を交互に見ながら、密かに溜め息を吐いた。
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