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~ 第一章 売られた喧嘩 ~
暗雲漂う③
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襟首を掴みそうな勢いで一歩踏み込んだ氷雨が、玲旺の顔を覗き込む。
「僕のケアも仕事のうちってこと? じゃあ一体キミは僕に何をしてくれるわけ。言っておくけど、僕はキミが思ってるより相当タフだよ。じゃなきゃやってらんないからね。快晴が表紙飾ったくらいでショックを受けるようなキミが、僕の心配するなんて百年早いよ」
後方で控えていた藤井が前に出ようとする気配がしたので、玲旺は必要ないと合図を送る。
氷雨の双眸に宿る熱に怯みそうになるが、退くわけにはいかなかった。「百年早い」と言いわれても、玲旺とてかなりの重責を背負っているのだ。
会社を担うと覚悟した日から、両肩にのしかかる重圧に耐え続けている。それでも投げ出さずに支えたいと思った者たちの中に、当然氷雨も含まれていた。
この際、普段あまり感情を見せない氷雨の内に溜まった毒を、全て吐き出して昇華させてしまおう。
そう考えた玲旺は、氷雨の主張に半分は納得しつつも敢えて異を唱える。
「氷雨さんがタフだとしても、痛みに耐えられるってだけで無傷なわけじゃないでしょう。そりゃ、生き馬の目を抜くような世界に身を置くなら、ある程度心を鈍感にさせなきゃダメなんだろうけど。それでも、痛い時に痛いって、俺らにくらいは伝えてよ」
何か言おうとした氷雨の口からは、声ではなく震える吐息だけが漏れた。唇を一度引き結んだあと、片手で目を覆いククッと喉を鳴らす。
「ホント全然わかってないなァ。痛いだなんて死んでも言わないよ。一度弱音を吐いたら脆くなる。僕は同情されたり可哀想って思われるのが一番キライなの」
そこで一呼吸置いた氷雨は、目から手を外して玲旺を見据えた。
「僕がいちいち痛みを伝えてたら、キミの方がもたないよ。マスコミも野次馬も、人の不幸は大好物だからね。もう既に『フローズンレイン凋落か』なんて面白おかしく週刊誌で記事にされてるのは知ってる? ここぞとばかりに僕のアンチがSNSで書く内容も大体想像がつく。どうせ、才能はないのにちょっと顔がイイから売れたとか、どこかの大物の愛人でコネがあるとか、そんな中傷と無責任な噂だよ。でも平気。僕は一つも傷つかない。だから少しも痛くない」
玲旺は黙ったまま、それでも氷雨から視線を逸らさなかった。氷雨の本心が、なんとなく見え隠れする。
――本当に痛みに鈍感だったら、わざわざ「少しも痛くない」なんて自分に暗示をかけるようなこと言わないだろうに。
「親の七光り」だとか「何不自由なく甘やかされて育ったボンボン」だとか、自業自得な部分があったとは言え今まで散々陰口を叩かれてきた玲旺は、少しだけ気持ちがわかるような気がした。
しかしそうは言っても氷雨の受けてきたダメージは自分とは桁違いなので、「理解できる」など容易く口にすることははばかれる。
声に出して伝えれば、火に油を注ぐことになるだろう。氷雨の毒を吐き出させたいとは思ったが、怒らせたいわけじゃない。
「そうだよね。氷雨さんは強いよ」
玲旺は本心をしみじみと呟いた。そしてもう一つの本音を付け加える。
「だけど、心配くらいさせてほしい。今の俺の実力じゃ『シェルターになる』とは言えないけどさ、傘くらいにはなれるから」
その言葉を聞いた氷雨は会議用の机に手を付いて、脱力しながらはぁっと深く息を吐いた。
「だからさぁ、キミが戦場にわざわざしゃしゃり出てこなくていいんだってば。キングは後方で悠然と構えててよ。最前線にいる僕にシェルターも傘も必要ないんだから」
心底呆れたような口調の氷雨が、ガックリとうなだれる。
今まで口を挟まず事の成り行きを見守っていた久我が、もたれていた壁からゆっくりと体を剥がし、氷雨に目を向けた。
「桐ケ谷はそんなお飾りのキングじゃないって、お前も気づいているだろ。今は無理でも、そのうち自分で剣を振って俺たちの行く道を切り開いてくれるぞ。桐ケ谷だって、中々タフだよ。もう少し頼ってやれ」
久我がそんな風に考えてくれていたとは知らず、玲旺は嬉しさと驚きから思わず動きを止めた。素直に感激している玲旺に戦意喪失したのか、氷雨は首筋をさすりながら目を伏せる。
「まぁいいよ。傘でも何でも、なりたきゃ勝手になればいい。……僕はまだここで作業を続けたいから、悪いけどもう出て行ってくれるかな」
怒ってもいないし不機嫌でもない。ただただ疲れたように氷雨は言った。
「僕のケアも仕事のうちってこと? じゃあ一体キミは僕に何をしてくれるわけ。言っておくけど、僕はキミが思ってるより相当タフだよ。じゃなきゃやってらんないからね。快晴が表紙飾ったくらいでショックを受けるようなキミが、僕の心配するなんて百年早いよ」
後方で控えていた藤井が前に出ようとする気配がしたので、玲旺は必要ないと合図を送る。
氷雨の双眸に宿る熱に怯みそうになるが、退くわけにはいかなかった。「百年早い」と言いわれても、玲旺とてかなりの重責を背負っているのだ。
会社を担うと覚悟した日から、両肩にのしかかる重圧に耐え続けている。それでも投げ出さずに支えたいと思った者たちの中に、当然氷雨も含まれていた。
この際、普段あまり感情を見せない氷雨の内に溜まった毒を、全て吐き出して昇華させてしまおう。
そう考えた玲旺は、氷雨の主張に半分は納得しつつも敢えて異を唱える。
「氷雨さんがタフだとしても、痛みに耐えられるってだけで無傷なわけじゃないでしょう。そりゃ、生き馬の目を抜くような世界に身を置くなら、ある程度心を鈍感にさせなきゃダメなんだろうけど。それでも、痛い時に痛いって、俺らにくらいは伝えてよ」
何か言おうとした氷雨の口からは、声ではなく震える吐息だけが漏れた。唇を一度引き結んだあと、片手で目を覆いククッと喉を鳴らす。
「ホント全然わかってないなァ。痛いだなんて死んでも言わないよ。一度弱音を吐いたら脆くなる。僕は同情されたり可哀想って思われるのが一番キライなの」
そこで一呼吸置いた氷雨は、目から手を外して玲旺を見据えた。
「僕がいちいち痛みを伝えてたら、キミの方がもたないよ。マスコミも野次馬も、人の不幸は大好物だからね。もう既に『フローズンレイン凋落か』なんて面白おかしく週刊誌で記事にされてるのは知ってる? ここぞとばかりに僕のアンチがSNSで書く内容も大体想像がつく。どうせ、才能はないのにちょっと顔がイイから売れたとか、どこかの大物の愛人でコネがあるとか、そんな中傷と無責任な噂だよ。でも平気。僕は一つも傷つかない。だから少しも痛くない」
玲旺は黙ったまま、それでも氷雨から視線を逸らさなかった。氷雨の本心が、なんとなく見え隠れする。
――本当に痛みに鈍感だったら、わざわざ「少しも痛くない」なんて自分に暗示をかけるようなこと言わないだろうに。
「親の七光り」だとか「何不自由なく甘やかされて育ったボンボン」だとか、自業自得な部分があったとは言え今まで散々陰口を叩かれてきた玲旺は、少しだけ気持ちがわかるような気がした。
しかしそうは言っても氷雨の受けてきたダメージは自分とは桁違いなので、「理解できる」など容易く口にすることははばかれる。
声に出して伝えれば、火に油を注ぐことになるだろう。氷雨の毒を吐き出させたいとは思ったが、怒らせたいわけじゃない。
「そうだよね。氷雨さんは強いよ」
玲旺は本心をしみじみと呟いた。そしてもう一つの本音を付け加える。
「だけど、心配くらいさせてほしい。今の俺の実力じゃ『シェルターになる』とは言えないけどさ、傘くらいにはなれるから」
その言葉を聞いた氷雨は会議用の机に手を付いて、脱力しながらはぁっと深く息を吐いた。
「だからさぁ、キミが戦場にわざわざしゃしゃり出てこなくていいんだってば。キングは後方で悠然と構えててよ。最前線にいる僕にシェルターも傘も必要ないんだから」
心底呆れたような口調の氷雨が、ガックリとうなだれる。
今まで口を挟まず事の成り行きを見守っていた久我が、もたれていた壁からゆっくりと体を剥がし、氷雨に目を向けた。
「桐ケ谷はそんなお飾りのキングじゃないって、お前も気づいているだろ。今は無理でも、そのうち自分で剣を振って俺たちの行く道を切り開いてくれるぞ。桐ケ谷だって、中々タフだよ。もう少し頼ってやれ」
久我がそんな風に考えてくれていたとは知らず、玲旺は嬉しさと驚きから思わず動きを止めた。素直に感激している玲旺に戦意喪失したのか、氷雨は首筋をさすりながら目を伏せる。
「まぁいいよ。傘でも何でも、なりたきゃ勝手になればいい。……僕はまだここで作業を続けたいから、悪いけどもう出て行ってくれるかな」
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