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~ 第一章 売られた喧嘩 ~
油断しないウサギ⑤
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バックヤードから出ようとしていた玲旺は足を止め、スマートフォンを耳に当てる。
「もしもし久我さん? 今、移動中でしょ。電話してて平気なの」
時間を割かせてしまったことを申し訳なく思いながら、玲旺が問いかけた。久我は大丈夫と言うように、「ああ」と答える。
『車で移動してるから問題ないよ。それより随分早く解決したな。なんか納得いってない感じだったから、てっきりまだ粘って商品を探してるかと思ったよ。竹原さんにアドバイスでも貰ったの?』
鋭い指摘に、玲旺は「いや、まぁ」と気まずそうに口ごもった。
「実は、ちょっと粘った。氷雨さんに電話したんだよね。一着くらい手元に残ってるんじゃないかと思って、なんとかならないかって泣きついた」
『お前……。あのなぁ』
明らかに呆れたような久我の声を聞き、やはり禁じ手だったのかと恥ずかしくなって玲旺はうなだれる。久我から次の言葉が出る前に、居たたまれなくなって玲旺は先に口を開いた。
「大丈夫、今はもう解かってる。多分、久我さんが言おうとしてること、氷雨さんが全部言ってくれたから」
話しを遮られた久我は短く息を吐き、「そう」と言ったきり黙り込んだ。
――怒らせちゃったかな。
電話では表情が読み取れず、玲旺は不安にかられてスマホを握りしめる。
『……氷雨はなんだかんだ優しいから、ほぼ答えみたいなヒントくれたんだろ。あんまり氷雨に甘えるなよ』
重い沈黙の後にようやく口を開いた久我の声は、滅入っているように感じられた。久我に静かに責められて、玲旺の心も自己嫌悪の海に沈んでいく。
「ごめんなさい。今後は気をつける」
電話越しにも伝わる気まずい空気に、息がつまりそうになる。それをかき消す術も見つからず、玲旺はもう一度「ごめんなさい」と口にした。
『まぁ過ぎたことだし、氷雨がもう許してるなら俺から改めて言うことは何もないよ。とにかく、お客様に納得して貰えて良かったな。じゃあこの後も頑張れよ』
いつもと同じ調子に戻ったような気もするが、どこか陰りのあるような気もする。そんな久我の様子に多少違和感を覚えたが、玲旺も切り替えるようにあえて素知らぬふりをした。
「うん、気合入れて頑張るね。久我さんも気を付けて。いってらっしゃい」
電話を終えた玲旺は、無性に心細くなって服の上からペンダントトップの指輪を撫でた。
この指輪を久我と選んだ時に感じた幸福感。ようやく結ばれることの出来た二人の間には、いつまでも変わらない愛が続くと思っていた。
無条件に。永遠に。
最近ふとした拍子に襲われる、得体の知れない感覚は何なのだろう。じっとりと湿気を含んだ重たい空気が体にまとわりつき、耳の奥で不快な音が鳴っているような気がする。
そこまで考えて、玲旺は思考を霧散させるように頭を振った。
「久我さんと仕事の話をしただけなのに、なんで俺、不安になってんだろ」
ミスをたしなめられた。ただそれだけのことなのに、二人の恋愛関係にまで飛躍させて悲観するなんて馬鹿げている。
ははは、と声に出して笑ってみたが、静かなバックヤードで寒々しく響いて虚しくなった。
「いつまでもこんなんじゃ駄目だな。仕事に集中しよう」
やらなければいけないことも、学びたいこともたくさんあるのだから、漠然とした不安に囚われている暇などない。
マイナスの感情を振り払うように、玲旺は深呼吸をしてからマネキンのコーディネートを脳内でシミュレーションする。
売り場に戻った玲旺は、あえて他の商品よりも売り上げの伸びが思わしくないビッグサイズのワイシャツを手に取った。
一見大きめに作られたシンプルなワイシャツなのだが、腕を広げると着物の袂のような袖になっているのが特徴的だった。
肌触りの良い少し光沢のある生地で、他のアイテムとの組み合わせ次第でモードにもカジュアルにもなれるデザインだ。
もっと人気が出ても良さそうなのだが、着こなし方が難しそうで敬遠されているのかもしれない。
「思ったより使い勝手が良いっていう提案が出来れば、人気商品に化けるかな」
「もしもし久我さん? 今、移動中でしょ。電話してて平気なの」
時間を割かせてしまったことを申し訳なく思いながら、玲旺が問いかけた。久我は大丈夫と言うように、「ああ」と答える。
『車で移動してるから問題ないよ。それより随分早く解決したな。なんか納得いってない感じだったから、てっきりまだ粘って商品を探してるかと思ったよ。竹原さんにアドバイスでも貰ったの?』
鋭い指摘に、玲旺は「いや、まぁ」と気まずそうに口ごもった。
「実は、ちょっと粘った。氷雨さんに電話したんだよね。一着くらい手元に残ってるんじゃないかと思って、なんとかならないかって泣きついた」
『お前……。あのなぁ』
明らかに呆れたような久我の声を聞き、やはり禁じ手だったのかと恥ずかしくなって玲旺はうなだれる。久我から次の言葉が出る前に、居たたまれなくなって玲旺は先に口を開いた。
「大丈夫、今はもう解かってる。多分、久我さんが言おうとしてること、氷雨さんが全部言ってくれたから」
話しを遮られた久我は短く息を吐き、「そう」と言ったきり黙り込んだ。
――怒らせちゃったかな。
電話では表情が読み取れず、玲旺は不安にかられてスマホを握りしめる。
『……氷雨はなんだかんだ優しいから、ほぼ答えみたいなヒントくれたんだろ。あんまり氷雨に甘えるなよ』
重い沈黙の後にようやく口を開いた久我の声は、滅入っているように感じられた。久我に静かに責められて、玲旺の心も自己嫌悪の海に沈んでいく。
「ごめんなさい。今後は気をつける」
電話越しにも伝わる気まずい空気に、息がつまりそうになる。それをかき消す術も見つからず、玲旺はもう一度「ごめんなさい」と口にした。
『まぁ過ぎたことだし、氷雨がもう許してるなら俺から改めて言うことは何もないよ。とにかく、お客様に納得して貰えて良かったな。じゃあこの後も頑張れよ』
いつもと同じ調子に戻ったような気もするが、どこか陰りのあるような気もする。そんな久我の様子に多少違和感を覚えたが、玲旺も切り替えるようにあえて素知らぬふりをした。
「うん、気合入れて頑張るね。久我さんも気を付けて。いってらっしゃい」
電話を終えた玲旺は、無性に心細くなって服の上からペンダントトップの指輪を撫でた。
この指輪を久我と選んだ時に感じた幸福感。ようやく結ばれることの出来た二人の間には、いつまでも変わらない愛が続くと思っていた。
無条件に。永遠に。
最近ふとした拍子に襲われる、得体の知れない感覚は何なのだろう。じっとりと湿気を含んだ重たい空気が体にまとわりつき、耳の奥で不快な音が鳴っているような気がする。
そこまで考えて、玲旺は思考を霧散させるように頭を振った。
「久我さんと仕事の話をしただけなのに、なんで俺、不安になってんだろ」
ミスをたしなめられた。ただそれだけのことなのに、二人の恋愛関係にまで飛躍させて悲観するなんて馬鹿げている。
ははは、と声に出して笑ってみたが、静かなバックヤードで寒々しく響いて虚しくなった。
「いつまでもこんなんじゃ駄目だな。仕事に集中しよう」
やらなければいけないことも、学びたいこともたくさんあるのだから、漠然とした不安に囚われている暇などない。
マイナスの感情を振り払うように、玲旺は深呼吸をしてからマネキンのコーディネートを脳内でシミュレーションする。
売り場に戻った玲旺は、あえて他の商品よりも売り上げの伸びが思わしくないビッグサイズのワイシャツを手に取った。
一見大きめに作られたシンプルなワイシャツなのだが、腕を広げると着物の袂のような袖になっているのが特徴的だった。
肌触りの良い少し光沢のある生地で、他のアイテムとの組み合わせ次第でモードにもカジュアルにもなれるデザインだ。
もっと人気が出ても良さそうなのだが、着こなし方が難しそうで敬遠されているのかもしれない。
「思ったより使い勝手が良いっていう提案が出来れば、人気商品に化けるかな」
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