されど御曹司は愛を誓う

雪華

文字の大きさ
上 下
37 / 302
~ 第一章 売られた喧嘩 ~

油断しないウサギ⑤

しおりを挟む
 バックヤードから出ようとしていた玲旺は足を止め、スマートフォンを耳に当てる。

「もしもし久我さん? 今、移動中でしょ。電話してて平気なの」

 時間を割かせてしまったことを申し訳なく思いながら、玲旺が問いかけた。久我は大丈夫と言うように、「ああ」と答える。

『車で移動してるから問題ないよ。それより随分早く解決したな。なんか納得いってない感じだったから、てっきりまだ粘って商品を探してるかと思ったよ。竹原さんにアドバイスでも貰ったの?』

 鋭い指摘に、玲旺は「いや、まぁ」と気まずそうに口ごもった。

「実は、ちょっと粘った。氷雨さんに電話したんだよね。一着くらい手元に残ってるんじゃないかと思って、なんとかならないかって泣きついた」
『お前……。あのなぁ』

 明らかに呆れたような久我の声を聞き、やはり禁じ手だったのかと恥ずかしくなって玲旺はうなだれる。久我から次の言葉が出る前に、居たたまれなくなって玲旺は先に口を開いた。

「大丈夫、今はもう解かってる。多分、久我さんが言おうとしてること、氷雨さんが全部言ってくれたから」

 話しを遮られた久我は短く息を吐き、「そう」と言ったきり黙り込んだ。
――怒らせちゃったかな。
 電話では表情が読み取れず、玲旺は不安にかられてスマホを握りしめる。

『……氷雨はなんだかんだ優しいから、ほぼ答えみたいなヒントくれたんだろ。あんまり氷雨に甘えるなよ』

 重い沈黙の後にようやく口を開いた久我の声は、滅入っているように感じられた。久我に静かに責められて、玲旺の心も自己嫌悪の海に沈んでいく。

「ごめんなさい。今後は気をつける」

 電話越しにも伝わる気まずい空気に、息がつまりそうになる。それをかき消す術も見つからず、玲旺はもう一度「ごめんなさい」と口にした。

『まぁ過ぎたことだし、氷雨がもう許してるなら俺から改めて言うことは何もないよ。とにかく、お客様に納得して貰えて良かったな。じゃあこの後も頑張れよ』

 いつもと同じ調子に戻ったような気もするが、どこか陰りのあるような気もする。そんな久我の様子に多少違和感を覚えたが、玲旺も切り替えるようにあえて素知らぬふりをした。

「うん、気合入れて頑張るね。久我さんも気を付けて。いってらっしゃい」

 電話を終えた玲旺は、無性に心細くなって服の上からペンダントトップの指輪を撫でた。
 この指輪を久我と選んだ時に感じた幸福感。ようやく結ばれることの出来た二人の間には、いつまでも変わらない愛が続くと思っていた。

 無条件に。永遠に。

 最近ふとした拍子に襲われる、得体の知れない感覚は何なのだろう。じっとりと湿気を含んだ重たい空気が体にまとわりつき、耳の奥で不快な音が鳴っているような気がする。
 そこまで考えて、玲旺は思考を霧散させるように頭を振った。

「久我さんと仕事の話をしただけなのに、なんで俺、不安になってんだろ」

 ミスをたしなめられた。ただそれだけのことなのに、二人の恋愛関係にまで飛躍させて悲観するなんて馬鹿げている。
 ははは、と声に出して笑ってみたが、静かなバックヤードで寒々しく響いて虚しくなった。

「いつまでもこんなんじゃ駄目だな。仕事に集中しよう」

 やらなければいけないことも、学びたいこともたくさんあるのだから、漠然とした不安に囚われている暇などない。
 マイナスの感情を振り払うように、玲旺は深呼吸をしてからマネキンのコーディネートを脳内でシミュレーションする。

 売り場に戻った玲旺は、あえて他の商品よりも売り上げの伸びが思わしくないビッグサイズのワイシャツを手に取った。
 一見大きめに作られたシンプルなワイシャツなのだが、腕を広げると着物のたもとのような袖になっているのが特徴的だった。
 肌触りの良い少し光沢のある生地で、他のアイテムとの組み合わせ次第でモードにもカジュアルにもなれるデザインだ。
 もっと人気が出ても良さそうなのだが、着こなし方が難しそうで敬遠されているのかもしれない。

「思ったより使い勝手が良いっていう提案が出来れば、人気商品に化けるかな」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

手紙

ドラマチカ
BL
忘れらない思い出。高校で知り合って親友になった益子と郡山。一年、二年と共に過ごし、いつの間にか郡山に恋心を抱いていた益子。カッコよく、優しい郡山と一緒にいればいるほど好きになっていく。きっと郡山も同じ気持ちなのだろうと感じながらも、告白をする勇気もなく日々が過ぎていく。 そうこうしているうちに三年になり、高校生活も終わりが見えてきた。ずっと一緒にいたいと思いながら気持ちを伝えることができない益子。そして、誰よりも益子を大切に想っている郡山。二人の想いは思い出とともに記憶の中に残り続けている……。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【R18・完結】甘溺愛婚 ~性悪お嬢様は契約婚で俺様御曹司に溺愛される~

花室 芽苳
恋愛
【本編完結/番外編完結】 この人なら愛せそうだと思ったお見合い相手は、私の妹を愛してしまった。 2人の間を邪魔して壊そうとしたけど、逆に2人の想いを見せつけられて…… そんな時叔父が用意した新しいお見合い相手は大企業の御曹司。 両親と叔父の勧めで、あっという間に俺様御曹司との新婚初夜!? 「夜のお相手は、他の女性に任せます!」 「は!?お前が妻なんだから、諦めて抱かれろよ!」 絶対にお断りよ!どうして毎夜毎夜そんな事で喧嘩をしなきゃならないの? 大きな会社の社長だからって「あれするな、これするな」って、偉そうに命令してこないでよ! 私は私の好きにさせてもらうわ! 狭山 聖壱  《さやま せいいち》 34歳 185㎝ 江藤 香津美 《えとう かつみ》  25歳 165㎝ ※ 花吹は経営や経済についてはよくわかっていないため、作中におかしな点があるかと思います。申し訳ありません。m(__)m

サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん
BL
デザイナー志望のミズキは就活中、憧れていたクリエイター・相楽に出会う。そして彼の事務所に採用されるが、相楽はミズキを都合のいい営業要員としか考えていなかった。天才肌で愛嬌のある相楽には、一方で計算高く身勝手な一面もあり……。ミズキはそんな彼に振り回されるうち、否応なく惹かれていく。 「知ってるくせに意地悪ですね……あなたみたいなひどい人、好きになった僕が馬鹿だった」 「ははっ、ホントだな」 ――僕の想いが届く日は、いつか来るのでしょうか? ★★★★★★★★ エブリスタ『真夜中のラジオ文芸部×執筆応援キャンペーン  スパダリ/溺愛/ハートフルなBL』入賞作品 ※エブリスタのほか、フジョッシー、ムーンライトノベルスにも転載しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

コントレイルとちぎれ雲

葉月凛
BL
恋も仕事も失った本城薫、26歳。 ちぎれたような薫の心を導いてくれる、ひと筋のコントレイル(飛行機雲)は現れるだろうか── *『ブライダル・ラプソディー』に出てくる本城薫が少し若い頃のお話ですが、単独で読んでいただける内容になっています。時系列的には、こちらが先です。

処理中です...