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~ 第一章 売られた喧嘩 ~
油断しないウサギ④
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『ぬか喜びさせられて、ほんまはちょっとムカついたけど。でもそのおかげで桐ケ谷さんとお話しできたし、友達に自慢しよう思います。ある意味パーカーよりレア体験ですし。絶対またお店に行きますね』
「そう言って頂けると救われます。またのご来店、心よりお待ちしております」
はい! と元気よく少女は答えてくれた。
無事に通話を終えた玲旺は、ホッとして脱力しながらバックヤードの事務机にもたれかかる。
「良かった、許してもらえて……」
一時はどうなることかと思ったが、結果的に得るものは多かった。とは言え、客を巻き込んでしまっては元も子もない。もう二度と失敗するものかと、玲旺は気合を入れるように自分の頬をピシャリと叩いた。
「ひとまず竹原さんに報告しなきゃな」
玲旺は扉を薄く開き、こっそり店内の様子を伺う。客の顔ぶれは先ほどとは変わっていたので、握手攻めにあうことはなさそうだった。
マネキンの服を外していた竹原の元へ歩み寄り、玲旺は小声で「店長」と呼び掛ける。振り返った竹原は、玲旺を見るなりにんまりとした表情を浮かべた。
「お。晴れ晴れした顔してますね。お客様、納得してくださいました?」
「はい、おかげ様で無事に解決しました。ヘルプに来たのに足を引っ張って、申し訳ないです」
「いえいえ。執務室のふかふかの椅子にふんぞり返って見当違いの指示を出す重役より、失敗しちゃったとしても、こうして現場に寄り添ってくれる上司の存在はありがたいですよ。まぁ、お客様にご迷惑をおかけしちゃうのはダメですけどね」
ふふふ、と竹原は口元に手を当てて悪戯っぽく笑うので、玲旺はすまなそうに首を縮めた。目を伏せると自分の手の甲に書いた「再販」の文字が見えて、ハッとして顔を上げる。
「あの。お客様に言われてちょっと考えたんですけど、人気のパーカーを来年の春に再販したらどうかと思って。白は毎年定番で、その他に新色を加えてアレンジしたりとか」
「あぁ、それは良いですね。全くの新作より数も読めそうですし、名案だと思います」
「良かった。もうちょっと練ってから、久我と氷雨に提案してみます」
竹原がすぐさま同意してくれたので、玲旺はホッとしたように胸を撫で下ろした。笑顔でうなずき合ったあと、竹原は「あ」と、何か思いついたような声を上げる。
「今からこのマネキンのコーデを変えようと思ってたんですけど、部長やってみませんか? お任せするんで、自由に仕上げてください」
「えっ、いいんですか」
今まで店内全体のレイアウトを手掛ける事はあったが、マネキン一体を丸ごと好きなようにコーディネートするのは初めてだった。
「部長がどんな服を選ぶのか興味あるんですよねぇ。それに、『今話題の桐ケ谷クンおすすめコーデ』とかポップ作ったら目を引きそうですし」
語尾に音符マークでも付いていそうなほど、竹原の声は楽し気だ。「ぜひ挑戦させてください!」と張り切って答えた玲旺は、竹原の朗らかさに救われるような思いだった。
若者の来店が多い中目黒店には明るく活発な里中を、幅広い年代が訪れる三号店には親しみやすい竹原を配置した氷雨は、やはり流石だなと玲旺は感心する。
「あ、でも部長。その前に久我さんにトラブルの顛末を報告した方がいいですよ。心配そうでしたもの」
確かに。と、去り際の久我を思い浮かべた玲旺は、竹原に頭を下げた。
「すみません、すぐに戻ります」
スマホを取り出しながら、再びバックヤードに戻る。出張だと言っていたので、電話ではなくメールで『無事に解決しました。出張、いってらっしゃい』とだけ送った。
返信はすぐには来ないだろうと思った瞬間、スマートフォンのディスプレイが点灯し、久我からの着信を知らせた。
「そう言って頂けると救われます。またのご来店、心よりお待ちしております」
はい! と元気よく少女は答えてくれた。
無事に通話を終えた玲旺は、ホッとして脱力しながらバックヤードの事務机にもたれかかる。
「良かった、許してもらえて……」
一時はどうなることかと思ったが、結果的に得るものは多かった。とは言え、客を巻き込んでしまっては元も子もない。もう二度と失敗するものかと、玲旺は気合を入れるように自分の頬をピシャリと叩いた。
「ひとまず竹原さんに報告しなきゃな」
玲旺は扉を薄く開き、こっそり店内の様子を伺う。客の顔ぶれは先ほどとは変わっていたので、握手攻めにあうことはなさそうだった。
マネキンの服を外していた竹原の元へ歩み寄り、玲旺は小声で「店長」と呼び掛ける。振り返った竹原は、玲旺を見るなりにんまりとした表情を浮かべた。
「お。晴れ晴れした顔してますね。お客様、納得してくださいました?」
「はい、おかげ様で無事に解決しました。ヘルプに来たのに足を引っ張って、申し訳ないです」
「いえいえ。執務室のふかふかの椅子にふんぞり返って見当違いの指示を出す重役より、失敗しちゃったとしても、こうして現場に寄り添ってくれる上司の存在はありがたいですよ。まぁ、お客様にご迷惑をおかけしちゃうのはダメですけどね」
ふふふ、と竹原は口元に手を当てて悪戯っぽく笑うので、玲旺はすまなそうに首を縮めた。目を伏せると自分の手の甲に書いた「再販」の文字が見えて、ハッとして顔を上げる。
「あの。お客様に言われてちょっと考えたんですけど、人気のパーカーを来年の春に再販したらどうかと思って。白は毎年定番で、その他に新色を加えてアレンジしたりとか」
「あぁ、それは良いですね。全くの新作より数も読めそうですし、名案だと思います」
「良かった。もうちょっと練ってから、久我と氷雨に提案してみます」
竹原がすぐさま同意してくれたので、玲旺はホッとしたように胸を撫で下ろした。笑顔でうなずき合ったあと、竹原は「あ」と、何か思いついたような声を上げる。
「今からこのマネキンのコーデを変えようと思ってたんですけど、部長やってみませんか? お任せするんで、自由に仕上げてください」
「えっ、いいんですか」
今まで店内全体のレイアウトを手掛ける事はあったが、マネキン一体を丸ごと好きなようにコーディネートするのは初めてだった。
「部長がどんな服を選ぶのか興味あるんですよねぇ。それに、『今話題の桐ケ谷クンおすすめコーデ』とかポップ作ったら目を引きそうですし」
語尾に音符マークでも付いていそうなほど、竹原の声は楽し気だ。「ぜひ挑戦させてください!」と張り切って答えた玲旺は、竹原の朗らかさに救われるような思いだった。
若者の来店が多い中目黒店には明るく活発な里中を、幅広い年代が訪れる三号店には親しみやすい竹原を配置した氷雨は、やはり流石だなと玲旺は感心する。
「あ、でも部長。その前に久我さんにトラブルの顛末を報告した方がいいですよ。心配そうでしたもの」
確かに。と、去り際の久我を思い浮かべた玲旺は、竹原に頭を下げた。
「すみません、すぐに戻ります」
スマホを取り出しながら、再びバックヤードに戻る。出張だと言っていたので、電話ではなくメールで『無事に解決しました。出張、いってらっしゃい』とだけ送った。
返信はすぐには来ないだろうと思った瞬間、スマートフォンのディスプレイが点灯し、久我からの着信を知らせた。
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