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~ 第一章 売られた喧嘩 ~
針の穴から天を覗く④
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玲旺の背中に冷たい汗が流れる。
一年を八つのシーズンに細分化した際に、散々聞いていた「短サイクル、小ロット、高回転型」と言うワードは、もちろん玲旺の頭の中にはあった。
一昔前のアパレル業界では当たり前だった、大量生産、大量消費、そして大量破棄。しかし現在、消費動向はガラリと変化している。
それらの情勢を鑑みて、余剰在庫を抱えるリスクを減らし、なおかつ多様化しているニーズに応えるために、コストは高くつくものの小ロット生産に踏み切ったのだ。
短サイクルも知識としては有していたのに、実際に現場に出てみたら、「だから再入荷はない」と言うことに結び付けられなかった。
愕然としつつもその一方で、商品が手に入ると信じ心から安堵した少女の笑顔が脳裏に蘇る。
――あの子を裏切るなんて、出来ない。
「なんとかなりませんか。夜行バスで大阪から一人で来てくれた子なんです。新作の猫耳パーカーがどうしても欲しくて、お金をためてやっと東京に来れたって……」
食い下がる玲旺の言葉を背に聞いていた竹原が、手にしていたペンを置き、静かに玲旺に向き直る。
「休日にこの店舗を訪れてくださるお客様の大多数は、地方からお越しです。何とかして差し上げたいと思う気持ちはわかりますが、彼女だけが特別ではありません」
その表情はどこか思い詰めたようだったが、口調はきっぱりしたものだった。まるで突き放されたような気持になり、玲旺は思わずこぶしを握る。「でも」と反論しかけた時、扉をノックする音が玲旺の声と重なった。
重い空気を払拭するように、竹原が「はーい」と明るく答える。ゆっくり扉が開き、そこに立つ人物を見て玲旺は唇を噛んだ。
顔を見ることが出来て嬉しいはずなのに、今は会いたくないとさえ思ってしまう。
「久我さん……」
沈むような声を放った玲旺に、久我は怪訝そうな顔をした。しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつもの爽やかな笑顔に戻る。
「こんにちは。午後に来るつもりだったんですけど、このあと急な出張が入ってしまって」
そう言えば今朝、夕方頃に顔を出すと言っていたな。そんなことを思い出しながら久我と目を合わせ、「お疲れ様です」と無理に笑顔を作った。久我は玲旺の様子を伺いながらも会話を進める。
「竹原さん。ヴィジュアルプレゼンテーションの変更、確認しました。新作の売れ行きは好調ですね」
「ええ。ただ、欠品が出ている商品もありまして。もう少し数が多ければ、なんて欲が出ちゃいますね。でも数を絞っているからこそ『気に入った商品があったら今のうちに買っておかなきゃ』って購買意欲を掻き立てているんでしょうけど。大袈裟に言ったら、ほとんどの商品が期間限定品ですものね」
久我は深くうなずき竹原に同意しながら、次に玲旺に視線を向ける。
「ところで、桐ケ谷部長はどんな失敗をされたんです?」
俯いたまま二人の会話を聞いていた玲旺は、ドキリとして顔を上げた。口調は優しいが、鋭い眼差しに怯みそうになる。
「な、なんで俺が失敗したって思ったんですか」
「なにやら深刻そうなお顔をしてらっしゃるので」
何もかもお見通しなのかとガックリ肩を落とした玲旺は、恥ずかしくて消え入りそうな声で久我に告げた。
「……売り切れ商品の再入荷を、自己判断でお客様に約束してしまいました」
叱られるだろうかと玲旺が身を縮めていると、少しの間を空けてから「そうですか」と淡々とした久我の声が返ってきた。
一年を八つのシーズンに細分化した際に、散々聞いていた「短サイクル、小ロット、高回転型」と言うワードは、もちろん玲旺の頭の中にはあった。
一昔前のアパレル業界では当たり前だった、大量生産、大量消費、そして大量破棄。しかし現在、消費動向はガラリと変化している。
それらの情勢を鑑みて、余剰在庫を抱えるリスクを減らし、なおかつ多様化しているニーズに応えるために、コストは高くつくものの小ロット生産に踏み切ったのだ。
短サイクルも知識としては有していたのに、実際に現場に出てみたら、「だから再入荷はない」と言うことに結び付けられなかった。
愕然としつつもその一方で、商品が手に入ると信じ心から安堵した少女の笑顔が脳裏に蘇る。
――あの子を裏切るなんて、出来ない。
「なんとかなりませんか。夜行バスで大阪から一人で来てくれた子なんです。新作の猫耳パーカーがどうしても欲しくて、お金をためてやっと東京に来れたって……」
食い下がる玲旺の言葉を背に聞いていた竹原が、手にしていたペンを置き、静かに玲旺に向き直る。
「休日にこの店舗を訪れてくださるお客様の大多数は、地方からお越しです。何とかして差し上げたいと思う気持ちはわかりますが、彼女だけが特別ではありません」
その表情はどこか思い詰めたようだったが、口調はきっぱりしたものだった。まるで突き放されたような気持になり、玲旺は思わずこぶしを握る。「でも」と反論しかけた時、扉をノックする音が玲旺の声と重なった。
重い空気を払拭するように、竹原が「はーい」と明るく答える。ゆっくり扉が開き、そこに立つ人物を見て玲旺は唇を噛んだ。
顔を見ることが出来て嬉しいはずなのに、今は会いたくないとさえ思ってしまう。
「久我さん……」
沈むような声を放った玲旺に、久我は怪訝そうな顔をした。しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつもの爽やかな笑顔に戻る。
「こんにちは。午後に来るつもりだったんですけど、このあと急な出張が入ってしまって」
そう言えば今朝、夕方頃に顔を出すと言っていたな。そんなことを思い出しながら久我と目を合わせ、「お疲れ様です」と無理に笑顔を作った。久我は玲旺の様子を伺いながらも会話を進める。
「竹原さん。ヴィジュアルプレゼンテーションの変更、確認しました。新作の売れ行きは好調ですね」
「ええ。ただ、欠品が出ている商品もありまして。もう少し数が多ければ、なんて欲が出ちゃいますね。でも数を絞っているからこそ『気に入った商品があったら今のうちに買っておかなきゃ』って購買意欲を掻き立てているんでしょうけど。大袈裟に言ったら、ほとんどの商品が期間限定品ですものね」
久我は深くうなずき竹原に同意しながら、次に玲旺に視線を向ける。
「ところで、桐ケ谷部長はどんな失敗をされたんです?」
俯いたまま二人の会話を聞いていた玲旺は、ドキリとして顔を上げた。口調は優しいが、鋭い眼差しに怯みそうになる。
「な、なんで俺が失敗したって思ったんですか」
「なにやら深刻そうなお顔をしてらっしゃるので」
何もかもお見通しなのかとガックリ肩を落とした玲旺は、恥ずかしくて消え入りそうな声で久我に告げた。
「……売り切れ商品の再入荷を、自己判断でお客様に約束してしまいました」
叱られるだろうかと玲旺が身を縮めていると、少しの間を空けてから「そうですか」と淡々とした久我の声が返ってきた。
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