されど御曹司は愛を誓う

雪華

文字の大きさ
上 下
31 / 302
~ 第一章 売られた喧嘩 ~

針の穴から天を覗く④

しおりを挟む
 玲旺の背中に冷たい汗が流れる。
 一年を八つのシーズンに細分化した際に、散々聞いていた「短サイクル、小ロット、高回転型」と言うワードは、もちろん玲旺の頭の中にはあった。

 一昔前のアパレル業界では当たり前だった、大量生産、大量消費、そして大量破棄。しかし現在、消費動向はガラリと変化している。
 それらの情勢をかんがみて、余剰在庫を抱えるリスクを減らし、なおかつ多様化しているニーズに応えるために、コストは高くつくものの小ロット生産に踏み切ったのだ。

 短サイクルも知識としては有していたのに、実際に現場に出てみたら、「だから再入荷はない」と言うことに結び付けられなかった。
 愕然としつつもその一方で、商品が手に入ると信じ心から安堵した少女の笑顔が脳裏に蘇る。
――あの子を裏切るなんて、出来ない。

「なんとかなりませんか。夜行バスで大阪から一人で来てくれた子なんです。新作の猫耳パーカーがどうしても欲しくて、お金をためてやっと東京に来れたって……」

 食い下がる玲旺の言葉を背に聞いていた竹原が、手にしていたペンを置き、静かに玲旺に向き直る。

「休日にこの店舗を訪れてくださるお客様の大多数は、地方からお越しです。何とかして差し上げたいと思う気持ちはわかりますが、彼女だけが特別ではありません」

 その表情はどこか思い詰めたようだったが、口調はきっぱりしたものだった。まるで突き放されたような気持になり、玲旺は思わずこぶしを握る。「でも」と反論しかけた時、扉をノックする音が玲旺の声と重なった。
 重い空気を払拭するように、竹原が「はーい」と明るく答える。ゆっくり扉が開き、そこに立つ人物を見て玲旺は唇を噛んだ。
 顔を見ることが出来て嬉しいはずなのに、今は会いたくないとさえ思ってしまう。

「久我さん……」

 沈むような声を放った玲旺に、久我は怪訝そうな顔をした。しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつもの爽やかな笑顔に戻る。

「こんにちは。午後に来るつもりだったんですけど、このあと急な出張が入ってしまって」

 そう言えば今朝、夕方頃に顔を出すと言っていたな。そんなことを思い出しながら久我と目を合わせ、「お疲れ様です」と無理に笑顔を作った。久我は玲旺の様子を伺いながらも会話を進める。

「竹原さん。ヴィジュアルプレゼンテーションの変更、確認しました。新作の売れ行きは好調ですね」
「ええ。ただ、欠品が出ている商品もありまして。もう少し数が多ければ、なんて欲が出ちゃいますね。でも数を絞っているからこそ『気に入った商品があったら今のうちに買っておかなきゃ』って購買意欲を掻き立てているんでしょうけど。大袈裟に言ったら、ほとんどの商品が期間限定品ですものね」

 久我は深くうなずき竹原に同意しながら、次に玲旺に視線を向ける。

「ところで、桐ケ谷部長はどんな失敗をされたんです?」

 俯いたまま二人の会話を聞いていた玲旺は、ドキリとして顔を上げた。口調は優しいが、鋭い眼差しに怯みそうになる。

「な、なんで俺が失敗したって思ったんですか」
「なにやら深刻そうなお顔をしてらっしゃるので」

 何もかもお見通しなのかとガックリ肩を落とした玲旺は、恥ずかしくて消え入りそうな声で久我に告げた。

「……売り切れ商品の再入荷を、自己判断でお客様に約束してしまいました」

 叱られるだろうかと玲旺が身を縮めていると、少しの間を空けてから「そうですか」と淡々とした久我の声が返ってきた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【R18・完結】甘溺愛婚 ~性悪お嬢様は契約婚で俺様御曹司に溺愛される~

花室 芽苳
恋愛
【本編完結/番外編完結】 この人なら愛せそうだと思ったお見合い相手は、私の妹を愛してしまった。 2人の間を邪魔して壊そうとしたけど、逆に2人の想いを見せつけられて…… そんな時叔父が用意した新しいお見合い相手は大企業の御曹司。 両親と叔父の勧めで、あっという間に俺様御曹司との新婚初夜!? 「夜のお相手は、他の女性に任せます!」 「は!?お前が妻なんだから、諦めて抱かれろよ!」 絶対にお断りよ!どうして毎夜毎夜そんな事で喧嘩をしなきゃならないの? 大きな会社の社長だからって「あれするな、これするな」って、偉そうに命令してこないでよ! 私は私の好きにさせてもらうわ! 狭山 聖壱  《さやま せいいち》 34歳 185㎝ 江藤 香津美 《えとう かつみ》  25歳 165㎝ ※ 花吹は経営や経済についてはよくわかっていないため、作中におかしな点があるかと思います。申し訳ありません。m(__)m

サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん
BL
デザイナー志望のミズキは就活中、憧れていたクリエイター・相楽に出会う。そして彼の事務所に採用されるが、相楽はミズキを都合のいい営業要員としか考えていなかった。天才肌で愛嬌のある相楽には、一方で計算高く身勝手な一面もあり……。ミズキはそんな彼に振り回されるうち、否応なく惹かれていく。 「知ってるくせに意地悪ですね……あなたみたいなひどい人、好きになった僕が馬鹿だった」 「ははっ、ホントだな」 ――僕の想いが届く日は、いつか来るのでしょうか? ★★★★★★★★ エブリスタ『真夜中のラジオ文芸部×執筆応援キャンペーン  スパダリ/溺愛/ハートフルなBL』入賞作品 ※エブリスタのほか、フジョッシー、ムーンライトノベルスにも転載しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

コントレイルとちぎれ雲

葉月凛
BL
恋も仕事も失った本城薫、26歳。 ちぎれたような薫の心を導いてくれる、ひと筋のコントレイル(飛行機雲)は現れるだろうか── *『ブライダル・ラプソディー』に出てくる本城薫が少し若い頃のお話ですが、単独で読んでいただける内容になっています。時系列的には、こちらが先です。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

処理中です...