63 / 86
◆最終幕 依依恋恋◆
迷路の途中で④
しおりを挟む
その後の記憶はあまりない。
気付くと舞台は終わっていて、遠藤に肩を叩かれて我に返った。
「陸くん、どうしたの。ぼーっとしちゃって」
「え、あ。もう終わってたんだ」
「うん。私たちも清虎くんに挨拶して帰ろ?」
遠藤が劇場の出口に視線を向ける。観客たちが役者と交流するため、ぞろぞろ列を作っていた。
「清虎と少し話したいから、最後尾でも良いかな」
陸の申し出に、遠藤は快くうなずく。列に並びながら、陸は跳ねる心臓をなだめるように胸に手を当てた。「少し話したい」と言ったものの、何から話せばいいか解らない。必死に頭の中で文章を組み立てていたが、清虎の前に立った瞬間、全て吹き飛んでしまった。
殆ど無意識のうちに、言葉よりも先に清虎の額に巻かれたハチマキに手を伸ばしていた。消えかかった「佐伯陸」と言う文字を見つけ、ああ、やっぱりと思わず唇が笑みの形を作る。
「なっ、なんやねん」
「俺のハチマキずっと持っててくれたんだね。嬉しい」
凛々しい剣士の清虎が、顔を赤くして狼狽える姿は何だか可愛くて可笑しかった。
「別に、アレやで。衣装に丁度良かったから、使てただけや。深い意味はないからな。気持ち悪いとか思うなよ」
後半は標準語になっていて、陸は思わず吹き出してしまう。そうすると清虎は、拗ねたような顔になった。
「気持ち悪いだなんて思わないよ。俺、清虎のこと好きだから」
自分でも驚くほど、するりと言葉が出てきた。あまりにも唐突に表情も変えずに言ったので、清虎の方は怪しんで目を細める。
「陸、俺のことからかっとんの? ホンマ笑えない冗談やめてーな」
「ごめん。自分で言っておいて何だけど、俺もビックリした」
陸も困ったように眉を寄せ、呆気にとられた清虎とじっと目を合わせる。冗談だと思われたままでは不本意なので、清虎にだけ聞こえる程度の小声で「でも、本気」と付け加えた。
清虎の顔に、ますます戸惑いの色が広がっていく。
「そんなら、じゃあ深澤は……」
清虎は、言いかけた言葉を一度飲み込んだ。
「いや、そもそもココでする話ちゃうな。ええと、どないしよ。あー、そや。同窓会ん時、俺とぶつかったバーラウンジあったやろ、そこで待っとって。着替えたらすぐ行くから」
周りにもう客の姿はなかったが、他の団員が興味深そうにこちらを見ているのが気になったらしい。焦ったように清虎が早口で一気に捲し立てる。
「わかった。待ってる」
うなずいた陸はその場を離れ、遠藤の元へ戻った。何だか体がふわふわ浮いているようで落ち着かない。
「ごめん、お待たせ」
「ううん、平気。しっかり話せた?」
「うん。この後ちょっと時間作って貰えた。あの……今日は誘ってくれてありがとう。ここに来れて、本当に良かった」
噛みしめるように話す陸に、遠藤は恐縮したように「やだなぁ」と手をパタパタ振った。
「こちらこそ、ありがとうだよ。チケット代出して貰っちゃたし。この後、清虎くんと会う約束出来て良かったね。たくさん話してきてね」
そう言った後、遠藤は微笑んでいた口元をきゅっと引き締め、真剣な眼差しを陸に向ける。
「私は今から炭膳に行って、哲治の様子を見てくるよ。きっと今頃、反省してるだろうし、落ち込んでると思うから」
「そっか……。俺がこんな風に言うのはおかしいかも知れないけど、ありがとう。実は少し心配だった」
「うん。ま、行っても哲治に余計なお世話だって追い返されそうだけどね」
肩をすくめる遠藤に、「そんなことないよ」と陸は首を振る。哲治がどう思うかは解らないが、誰かが気にかけてくれるだけで、少し救われるかもしれない。「また連絡するね」と歩き出した遠藤が、雑踏に紛れて見えなくなるまで陸はその背中を見送った。
「さて、俺も行くか」
同窓会のあったホテルは、ここから五分とかからない。
歩いているうちに少しずつ冷静になり、先ほどの自分の行動を振り返って赤面した。あんな場所で「好きだ」などと気軽に告げてしまい、恥ずかしくて隠れたくなる。
清虎は呆れているに違いない。
気付くと舞台は終わっていて、遠藤に肩を叩かれて我に返った。
「陸くん、どうしたの。ぼーっとしちゃって」
「え、あ。もう終わってたんだ」
「うん。私たちも清虎くんに挨拶して帰ろ?」
遠藤が劇場の出口に視線を向ける。観客たちが役者と交流するため、ぞろぞろ列を作っていた。
「清虎と少し話したいから、最後尾でも良いかな」
陸の申し出に、遠藤は快くうなずく。列に並びながら、陸は跳ねる心臓をなだめるように胸に手を当てた。「少し話したい」と言ったものの、何から話せばいいか解らない。必死に頭の中で文章を組み立てていたが、清虎の前に立った瞬間、全て吹き飛んでしまった。
殆ど無意識のうちに、言葉よりも先に清虎の額に巻かれたハチマキに手を伸ばしていた。消えかかった「佐伯陸」と言う文字を見つけ、ああ、やっぱりと思わず唇が笑みの形を作る。
「なっ、なんやねん」
「俺のハチマキずっと持っててくれたんだね。嬉しい」
凛々しい剣士の清虎が、顔を赤くして狼狽える姿は何だか可愛くて可笑しかった。
「別に、アレやで。衣装に丁度良かったから、使てただけや。深い意味はないからな。気持ち悪いとか思うなよ」
後半は標準語になっていて、陸は思わず吹き出してしまう。そうすると清虎は、拗ねたような顔になった。
「気持ち悪いだなんて思わないよ。俺、清虎のこと好きだから」
自分でも驚くほど、するりと言葉が出てきた。あまりにも唐突に表情も変えずに言ったので、清虎の方は怪しんで目を細める。
「陸、俺のことからかっとんの? ホンマ笑えない冗談やめてーな」
「ごめん。自分で言っておいて何だけど、俺もビックリした」
陸も困ったように眉を寄せ、呆気にとられた清虎とじっと目を合わせる。冗談だと思われたままでは不本意なので、清虎にだけ聞こえる程度の小声で「でも、本気」と付け加えた。
清虎の顔に、ますます戸惑いの色が広がっていく。
「そんなら、じゃあ深澤は……」
清虎は、言いかけた言葉を一度飲み込んだ。
「いや、そもそもココでする話ちゃうな。ええと、どないしよ。あー、そや。同窓会ん時、俺とぶつかったバーラウンジあったやろ、そこで待っとって。着替えたらすぐ行くから」
周りにもう客の姿はなかったが、他の団員が興味深そうにこちらを見ているのが気になったらしい。焦ったように清虎が早口で一気に捲し立てる。
「わかった。待ってる」
うなずいた陸はその場を離れ、遠藤の元へ戻った。何だか体がふわふわ浮いているようで落ち着かない。
「ごめん、お待たせ」
「ううん、平気。しっかり話せた?」
「うん。この後ちょっと時間作って貰えた。あの……今日は誘ってくれてありがとう。ここに来れて、本当に良かった」
噛みしめるように話す陸に、遠藤は恐縮したように「やだなぁ」と手をパタパタ振った。
「こちらこそ、ありがとうだよ。チケット代出して貰っちゃたし。この後、清虎くんと会う約束出来て良かったね。たくさん話してきてね」
そう言った後、遠藤は微笑んでいた口元をきゅっと引き締め、真剣な眼差しを陸に向ける。
「私は今から炭膳に行って、哲治の様子を見てくるよ。きっと今頃、反省してるだろうし、落ち込んでると思うから」
「そっか……。俺がこんな風に言うのはおかしいかも知れないけど、ありがとう。実は少し心配だった」
「うん。ま、行っても哲治に余計なお世話だって追い返されそうだけどね」
肩をすくめる遠藤に、「そんなことないよ」と陸は首を振る。哲治がどう思うかは解らないが、誰かが気にかけてくれるだけで、少し救われるかもしれない。「また連絡するね」と歩き出した遠藤が、雑踏に紛れて見えなくなるまで陸はその背中を見送った。
「さて、俺も行くか」
同窓会のあったホテルは、ここから五分とかからない。
歩いているうちに少しずつ冷静になり、先ほどの自分の行動を振り返って赤面した。あんな場所で「好きだ」などと気軽に告げてしまい、恥ずかしくて隠れたくなる。
清虎は呆れているに違いない。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
この愛のすべて
高嗣水清太
BL
「妊娠しています」
そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。
俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。
※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。
両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。
花を愛でる獅子【本編完結】
千環
BL
父子家庭で少し貧しい暮らしだけれど普通の大学生だった花月(かづき)。唯一の肉親である父親が事故で亡くなってすぐ、多額の借金があると借金取りに詰め寄られる。
そこに突然知らない男がやってきて、借金を肩代わりすると言って連れて行かれ、一緒に暮らすことになる。
※本編完結いたしました。
今は番外編を更新しております。
結城×花月だけでなく、鳴海×真守、山下×風見の番外編もあります。
楽しんでいただければ幸いです。
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます
はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。
果たして恋人とはどうなるのか?
主人公 佐藤雪…高校2年生
攻め1 西山慎二…高校2年生
攻め2 七瀬亮…高校2年生
攻め3 西山健斗…中学2年生
初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる