会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆最終幕 依依恋恋◆

迷路の途中で④

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 その後の記憶はあまりない。
 気付くと舞台は終わっていて、遠藤に肩を叩かれて我に返った。

「陸くん、どうしたの。ぼーっとしちゃって」
「え、あ。もう終わってたんだ」
「うん。私たちも清虎くんに挨拶して帰ろ?」

 遠藤が劇場の出口に視線を向ける。観客たちが役者と交流するため、ぞろぞろ列を作っていた。

「清虎と少し話したいから、最後尾でも良いかな」

 陸の申し出に、遠藤は快くうなずく。列に並びながら、陸は跳ねる心臓をなだめるように胸に手を当てた。「少し話したい」と言ったものの、何から話せばいいか解らない。必死に頭の中で文章を組み立てていたが、清虎の前に立った瞬間、全て吹き飛んでしまった。

 殆ど無意識のうちに、言葉よりも先に清虎の額に巻かれたハチマキに手を伸ばしていた。消えかかった「佐伯陸」と言う文字を見つけ、ああ、やっぱりと思わず唇が笑みの形を作る。

「なっ、なんやねん」
「俺のハチマキずっと持っててくれたんだね。嬉しい」

 凛々しい剣士の清虎が、顔を赤くして狼狽える姿は何だか可愛くて可笑しかった。

「別に、アレやで。衣装に丁度良かったから、使つこてただけや。深い意味はないからな。気持ち悪いとか思うなよ」

 後半は標準語になっていて、陸は思わず吹き出してしまう。そうすると清虎は、拗ねたような顔になった。

「気持ち悪いだなんて思わないよ。俺、清虎のこと好きだから」

 自分でも驚くほど、するりと言葉が出てきた。あまりにも唐突に表情も変えずに言ったので、清虎の方は怪しんで目を細める。

「陸、俺のことからかっとんの? ホンマ笑えない冗談やめてーな」
「ごめん。自分で言っておいて何だけど、俺もビックリした」

 陸も困ったように眉を寄せ、呆気にとられた清虎とじっと目を合わせる。冗談だと思われたままでは不本意なので、清虎にだけ聞こえる程度の小声で「でも、本気」と付け加えた。
 清虎の顔に、ますます戸惑いの色が広がっていく。

「そんなら、じゃあ深澤は……」

 清虎は、言いかけた言葉を一度飲み込んだ。

「いや、そもそもココでする話ちゃうな。ええと、どないしよ。あー、そや。同窓会ん時、俺とぶつかったバーラウンジあったやろ、そこで待っとって。着替えたらすぐ行くから」

 周りにもう客の姿はなかったが、他の団員が興味深そうにこちらを見ているのが気になったらしい。焦ったように清虎が早口で一気に捲し立てる。

「わかった。待ってる」

 うなずいた陸はその場を離れ、遠藤の元へ戻った。何だか体がふわふわ浮いているようで落ち着かない。

「ごめん、お待たせ」
「ううん、平気。しっかり話せた?」
「うん。この後ちょっと時間作って貰えた。あの……今日は誘ってくれてありがとう。ここに来れて、本当に良かった」

 噛みしめるように話す陸に、遠藤は恐縮したように「やだなぁ」と手をパタパタ振った。

「こちらこそ、ありがとうだよ。チケット代出して貰っちゃたし。この後、清虎くんと会う約束出来て良かったね。たくさん話してきてね」

 そう言った後、遠藤は微笑んでいた口元をきゅっと引き締め、真剣な眼差しを陸に向ける。

「私は今から炭膳に行って、哲治の様子を見てくるよ。きっと今頃、反省してるだろうし、落ち込んでると思うから」
「そっか……。俺がこんな風に言うのはおかしいかも知れないけど、ありがとう。実は少し心配だった」
「うん。ま、行っても哲治に余計なお世話だって追い返されそうだけどね」

 肩をすくめる遠藤に、「そんなことないよ」と陸は首を振る。哲治がどう思うかは解らないが、誰かが気にかけてくれるだけで、少し救われるかもしれない。「また連絡するね」と歩き出した遠藤が、雑踏に紛れて見えなくなるまで陸はその背中を見送った。

「さて、俺も行くか」

 同窓会のあったホテルは、ここから五分とかからない。
 歩いているうちに少しずつ冷静になり、先ほどの自分の行動を振り返って赤面した。あんな場所で「好きだ」などと気軽に告げてしまい、恥ずかしくて隠れたくなる。
 清虎は呆れているに違いない。
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