会いたいが情、見たいが病

雪華

文字の大きさ
上 下
42 / 86
◆第三幕 同窓会◆

自己嫌悪の塊①

しおりを挟む
 そう祈る一方で、なんて心許ない関係なのだろうとも思う。
 清虎の息遣いをこんなに近くで感じるのに、彼の意図が全く読めない。
 今、確かなものは何一つないのだ。

 零を見ていて感じた胸騒ぎも、仕草の一つ一つも、全てが清虎に繋がっていた。ただ、それだけだ。零の正体が清虎だと確信していても、ではなぜ零の姿で現れたのかまでは解らない。

 急に清虎の存在があやふやに思え、その姿を確かめたい衝動にかられた。陸は目を覆うネクタイを外そうと手をかけたが、「駄目」と言う声が降ってきて動きを止める。

「まだ、駄目。もう少し待って」

 弾む息のまま、清虎がベッドから降りる気配がした。乱れた服や髪を直しているのかもしれない。布の擦れる音が聞こえる。
 従順に言いつけを守る陸は、ベッドに横たえたままじっと待つ。その間も苦悩は続いた。
 いっそ「清虎」と呼び掛けてしまおうか。

「もう目隠しを外していいよ」

 相変わらず女性のような裏声だ。正体を明かす気はないのだろうか。
 目元に巻かれていたネクタイを外し、声のした方を見る。窓辺に立つ清虎はこちらに背を向け、夜景を眺めていた。
 陸は無言のまま体を起こし、はだけたシャツのボタンを留め、ズボンのベルトを締め直す。

 清虎が口に何か咥え、カチッという音とともに火が点いた。吐き出された白い煙が、暗い部屋にマーブル模様を描いて端から消えていく。

「煙草、吸うんですね」

 迷った挙句、敬語を使った。清虎が零と名乗っているうちは、気づかない振りをしておこう。

「たまーに、ね」

 気怠そうに答えた清虎は、こちらを見ようともしない。

「足、大丈夫ですか。明日病院に行くなら付き添いますよ。新しい靴も贈らせてください」
「ああ。あれ、嘘だから気にしないで」
「嘘?」
 
 陸が驚いて問い返すと、清虎はふふっと笑った。

「そ。本当は足を痛めてなんかないの。ヒールが折れたのを見て、閃いちゃっただけ。なんとなく、貰い物のワインを一人で飲む気になれなくてねぇ。あなたをこの部屋に呼ぶために、咄嗟に嘘吐いちゃった」

 清虎は悪びれる様子もなくさらりと言い、細い指に挟んだ煙草を再び口元に運んだ。何もない天井を見上げ、深く吸い込みゆっくり吐き出す。

「怒った?」
「いえ。怪我をしていないなら、良かったです」

 ベッドに腰掛けた陸は、清虎の後ろ姿に面影を探した。長い黒髪に覆われていても解るほど、背筋の伸びた綺麗な立ち姿が懐かしい。昔は標準語を話していても関西のイントネーションが所々混ざっていたが、今では全く気にならない程上手くなっている。
 テーブルに残されたワインと清虎がくゆらす煙草を見て、大人になったんだなと月日の流れを実感した。

「ワインの御礼もしたいし、近いうちに食事でも行きませんか。零さん、いつなら空いてます?」
「さっき言ったでしょ。ワインは貰い物なの。だから、お礼なんていらない」

 清虎は苛立ったように煙草を灰皿に押し付け、乱暴にもみ消した。

「でも、また会いたいんです」

 陸は本心からそう言ったのだが、清虎は少しだけこちらに体を向け、冷笑を浮かべる。

「もしかして、次に会った時はヤレるかもって期待してる? 残念でした。二度目はないの。これっきりで、おしまい」
「どうして」
「どうしてって言われてもね。私がもう、あなたに会いたくないって思ってるだけ。まだ他に理由が必要?」

 開いていた扉をぴしゃりと閉められてしまったような、有無を言わせない冷たさがあった。それでも陸は清虎との繋がりを断ちたくなくて、必死に食い下がる。

「体の関係なんて求めてないよ。信用できないなら会わなくても構わない。でも、せめて連絡先を教えてくれないかな。お願い、これっきりだなんて言わないで」
「私の何をそんなに気に入ったの。髪型? それとも服装? 似たような人は山ほどいるでしょ。早く代わりを見つけてね」
「あなたの代わりなんて、どこにもいないよ」

 間髪入れずに反論したが、清虎はウンザリしたように溜め息を吐いた。陸に背を向けたまま、部屋のドアを指さす。

「私のこと何も知らないくせに。……もう、帰って」

 陸は立ち上がったものの、その場から動けずにいた。この部屋を出たら二度と会えないかもしれないと思うと、一歩も前へ進めない。

「もう少しだけ、話しませんか」
「話すことなんかある?」
「俺はあります」
「私はない」
 
 そう言った清虎は、両手で顔を覆った。

「あなたに言っても何のことか解らないだろうけど、私は今、自己嫌悪の塊なの」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

親友彼氏―親友と付き合う俺らの話。

はちみつ電車
BL
BLはファンタジーだって神が言うから、親友が彼氏になった。付き合い始めたばかりの二人の初々しい日常。 実は、高校2年生・呂久村深月が付き合っているのはクラスメートの中性的な美少年・高崎明翔。 深月は元カノの数だけは多いものの、ずっと初恋をひきずっていたため好きな人と付き合うのは初めて。 一方の明翔は深月が初恋。片思いの頃から変わらず、ひたすらピュアにラブを贈る。 まだ自分たちの付き合い方を見つけられてもいないのに、留学していた1年の時の明翔の親友・高崎塔夜が帰国、学校に帰ってきた。 ラブラブな深月と明翔の間に遠慮なく首を突っ込む塔夜に深月のイライラが募り、自爆。 男子高校生たちがわちゃわちゃした仲良しグループの中で自分たちなりの愛し方を探していくピュアBL。 付き合うに至るまでの話▶︎BLはファンタジーだって神が言うから *「親友」と「彼氏」ではキャラ変わっちゃう。

花を愛でる獅子【本編完結】

千環
BL
父子家庭で少し貧しい暮らしだけれど普通の大学生だった花月(かづき)。唯一の肉親である父親が事故で亡くなってすぐ、多額の借金があると借金取りに詰め寄られる。 そこに突然知らない男がやってきて、借金を肩代わりすると言って連れて行かれ、一緒に暮らすことになる。 ※本編完結いたしました。 今は番外編を更新しております。 結城×花月だけでなく、鳴海×真守、山下×風見の番外編もあります。 楽しんでいただければ幸いです。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます

はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。 果たして恋人とはどうなるのか? 主人公 佐藤雪…高校2年生  攻め1 西山慎二…高校2年生 攻め2 七瀬亮…高校2年生 攻め3 西山健斗…中学2年生 初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...