会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆第二幕 月に叢雲、花に風◆

最適解①

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 今更それに気づいても、もうその場所を失ってしまうというのに。
 僅かに空いた隙間さえ埋めたくて、清虎をきつく抱き締め返した。このまま二人で骨ごと砕けて、いっそ一塊ひとかたまりになってしまえたらどんなに良いか。
 そう思ったのも束の間、ふいに清虎の体から力が抜け、陸の背に回していた両腕がするりと解ける。

 時間切れを悟った陸は、唇を噛んだ。
 いつまでも抱き合っている訳にもいかず、追いすがりたい衝動を抑えながら腕の力を緩める。

 清虎が囁くように小さな声で「今日までありがとう」と口にし、陸から静かに体を離した。その瞬間、消えたはずの痛みが何倍にもなって襲い掛かる。息が上手く吸えず、ひゅっと喉が鳴った。

 清虎は壇上から名前を呼ばれ、大きな歩幅で堂々と前に進み出る。
 拍手と歓声を浴びながら優勝杯を受け取り、満面の笑みでこちらを振り返った。「ああ、終わってしまった」と、陸はぼんやりその光景を眺め、幕が下りる場面を想像する。もしこれが映画やドラマなら、今からエンドロールが流れ始めるのだろう。だけど生憎これは現実で、明日も明後日も日常は続いて行く。
 
 閉会式の後、校庭ではホームルームが行われ、そこでクラスメイトから清虎へ色紙が送られた。「ありがとう」と笑う清虎を見て、一体今まで何枚の色紙を貰ってきたのだろうと陸は考える。

 タスクが一つずつ終わり、残された時間はあと僅か。
 一般の生徒たちが下校し、体育委員と応援団で後片付けが始まった。この作業が終了すれば、本当にもうお別れだ。

「このハードルも体育倉庫に持って行けばええんやな?」
「うん、お願い。清虎、時間は大丈夫?」
「ああ、まだ平気」

 清虎は頷いた後、両手にハードルを抱えて校庭の片隅に走っていく。
 陸はリレーで使ったバトンを箱に詰めながら、応援看板を見上げた。既にポスターは剥がされ、解体が進んでいる。
 祭が終わった後の余韻が漂う校庭は、どこか物哀しかった。

「陸、疲れた?」

 哲治に声を掛けられ、放心していた陸はハッとした。

「そのバトンの箱も体育倉庫だろ。三角コーン片付けるついでに持っていくよ」
「あ、いいよ。俺も一緒に行く」

 申し出を断り、陸は哲治と並んで体育倉庫に向かう。歩きながらふと、清虎は劇場に戻るのか、それとも誰かが学校まで迎えに来るのか疑問が湧いた。
 一緒に帰れるのか清虎に尋ねてみようと考えながら、隣を歩く哲治を見上げる。

「ねぇ、リレー終わった後、深刻な顔で清虎と何を話していたの?」

 ピクリと哲治の眉が上がった。

「深刻? 走り終わったばっかりで苦しかったから、そんな顔に見えたんじゃないの」
「嘘だ。そんな感じじゃなかった」
「嘘じゃないって」

 哲治が苦笑いしながら、体育倉庫の扉を開ける。道具をしまいながら、「そう言えば清虎に会わなかったね」と哲治は首を傾げた。

「確かに。清虎が戻って来たとしても、どこかですれ違うから気付かないわけないよね」

 陸が慌てて清虎を探す為に体育倉庫から出ると、誰かの話し声がして哲治と顔を見合わせた。
 哲治は声がした方へ静かに近づき、壁に身を隠しながら体育倉庫の裏をそっと覗く。次の瞬間、哲治の体が驚いたようにびくっと小さく跳ねた。何だろうと思いながら陸が近づくと、哲治がジェスチャーで「こっちに来るな」と伝える。
 そんなことをされると余計に気になってしまい、陸は哲治の制止を無視して覗き見た。そして目に飛び込んできた光景に絶句する。

 そこにいたのは遠藤と清虎の二人だけだった。
 物陰に隠れての逢瀬など、それだけでも充分胸がざわつくのに、二人は互いに強く抱きしめ合っているという、陸には受け入れがたい状態だった。
 清虎の胸に納まる遠藤の横顔は満ち足りていて、それが更に陸の感情を逆撫でする。

 清虎の表情は陰に隠れて見えないが、きっと遠藤と同じように幸福そうな顔をしているのだろう。
 先ほど陸を強く抱擁した腕で、今度は遠藤を抱き締めている。そんな現実に打ちのめされ、気付くと声を掛けていた。

「そこで何してるの」

 陸の声を聞いた二人は、反射的に飛びのくように体を離した。顔を赤らめて照れる遠藤は、頬を押さえながら誤魔化すように笑う。

「やだ、陸くんいつからいたの? えっと……私、もう戻るね。じゃあね清虎くん、ありがとう。陸くん、哲治、またね」

 走り去る遠藤には目もくれず、陸は清虎から視線を逸らさないままでいた。
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