会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆第二幕 月に叢雲、花に風◆

穏やかな独裁者②

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 陸の中で小さな波紋が、徐々に外側へ向かって広がっていく。
 ぐるぐるとネガティブな思考が頭を巡り、そのせいで模試の出来は最悪だった。ろくに集中できず、数学などは時間切れで、最後の大問にすらたどり着けない有様だ。
 結果が戻ってくるのが恐ろしいと思いながら、テストを終えた陸はぐったりと机に突っ伏す。

 疲れ果てて動く気にもなれなかったが、周りの生徒たちが退出していく気配を感じ、陸は渋々体を起こした。教室内を見回してもすでに哲治の姿はなく、ホッとしたような、気まずいような、複雑な気持ちになる。言い争った状態のまま週明けまで顔を合わさないのは、さすがに居心地が悪い。

 それでも、自分から歩み寄る気にはどうしてもなれなかった。
 哲治の放った言葉が再び耳の奥で繰り返される。その声を掻き消すように、陸は頭を振って立ち上がった。もう教室には誰も残っておらず、鞄を背負って塾を後にする。

 重い足取りで向かった駐輪場で、哲治の姿を見つけてハッと息を呑んだ。陸の自転車の横で、うなだれたまま地面を無表情で見つめている。
 立ち尽くす陸の気配に気づいた哲治が顔を上げた。その表情は心細そうで、陸に歩み寄るとすがり付くように両肩に手を置く。

「陸。さっきは言い過ぎた、ごめん。やっぱりこのままじゃ帰れないと思って、待ってたんだ」
「そっか。うん、悪いと思ってくれたんなら、良かったよ」

 哲治にそう返しながらも、「でも、あれが本心なんじゃないの」と考えてしまう。何だか哲治の顔をまっすぐに見るのが怖かった。
 わだかまりが解けて安心したのか、哲治から悲壮感が消えていく。

「陸、テストはちゃんと出来た? この前の判定はBだったでしょ。今回はA判定だと良いね」
「ああ……。俺、志望校に別の学校書いたから、前回とは比較できないや」
「は? 何でそんなことしたの」

 肩に置かれた哲治の手に、グッと力が入る。陸は痛みに顔を歪めた。

「痛いよ哲治。何でって、なんとなく。他にも興味ある学校あったし」
「校名教えて。俺もそこに変えるから」
「何でだよ。お互い自分の気に入った学校を選べばいいじゃん。ムリに合わせなくたってさ」
「俺は陸と同じ学校に行きたいんだよ」

 爪が食い込むほど強く肩を掴まれ、陸は哲治の胸を押し戻そうともがいた。

「哲治、最近ヘンだよ。帰ったら必ずメールしろとか、今までそんなこと言わなかったじゃん」
「違うよ、おかしいのは陸の方だろ。なぁ、どうしちゃったの? 何で俺の言うこと聞いてくれないんだよ。清虎が来てから、ずっとお前はヘンだよ。ほら、今だって目を合わせようともしない」

 肩から手を放し、今度は陸の顔を包むように両手で押さえつけ、自分の方に向けさせた。陸が目を合わせるまで、哲治の視線が執拗に追って来る。食い込んでいた指が離れたと言うのに、肩がジンジンと痛んだ。

「離せってば」
「嫌だよ。離したら陸はどっか行っちゃうんだろ。頼むから俺の目の届く範囲にいてくれよ。高校も大学も、同じところへ行こう。大人になっても、ずっとこの街で過ごそう。ね?」 

 頭を固定されている陸は逃げ場もなく、顔を覗き込まれて仕方なく哲治を見返す。上ずった声とは裏腹に、哲治は温厚な笑みを浮かべていた。その不自然さに背筋が冷たくなり、哲治の手首を掴んで引き離そうとしたが、びくともしない。

「陸はただ、清虎が珍しくて興味を持ってるだけだよ。だから今は大目に見てあげる。変に心残りを作って、忘れられなくなっても困るしね。それに、清虎は自分が『よそ者』だって自覚してるから、いつもちゃんと俺に気を使ってくれてるだろ? 俺との間に割って入ってまで、陸と友達になる気はないんだよ」

 相変わらず強い力で抑え込まれ、締め付けられた頭が痛む。口調こそ優しいが、言ってることは滅茶苦茶だ。

「何言ってんだよ、清虎はもう友達だろ。別に俺は、興味本位で近づいたんじゃないよ。ただ清虎に、次の場所へ想い出を持って行ってほしいだけ。最初からいなかったみたいに消えて欲しくないじゃんか」
「想い出。うん、そうだね。だけど、強すぎる想い出は別れが余計に辛くなるだけだ。だから、程々にね」

 幼い子どもを諭すような声のトーンだった。哲治は手の力を緩め、今度は優しく陸の髪を撫でる。

「陸のためだよ」
「本当に?」

 陸の言葉が意外だったようで、哲治は軽く目を見開いた後に深く頷く。

「俺はいつも、陸のことを思ってアドバイスしてるよ」

 その言葉が嘘でないことは陸も理解していた。ただ、嘘でないことと、それが正しいかどうかは、また別の話しだ。

「哲治にはいつも感謝してるよ。もう一人の兄貴みたいに思ってる。けどさ……。いいや、もうヤメよ。なんか話が堂々巡りしてる。運動会を良い思い出にしたいだけなのに」
「大丈夫、ちゃんと協力する。その代わり、運動会が終わったらもう、清虎とはサヨナラだ。解ってるね?」

 目の前の哲治は終始穏やかだった。声を荒げるわけでもない。陸に触れる手の力は少々強かったが、それだけだ。
 なのに独裁的に話は進む。
 違和感を覚えながらも、陸は「わかった」と返事をした。

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