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◆第一幕 一ヵ月だけのクラスメイト◆
手負いの虎②
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「は。俺のために怒ったの? 清虎って思ったより良い奴だな」
「『思ったより』ってなんやねん。それにお前のためだけちゃうで。一ヵ月しかおらん俺が、幼馴染の仲を裂いたらあかんやろ」
清虎の言葉に、哲治は口の端をほんの少しだけ上げた。無意識に陸の耳を塞ぐ手に力が込もる。
「なるほど。一応、身の程はわきまえてるんだな。お前に異分子って自覚があって良かったよ。陸はお前に興味持ったみたいだけど、いなくなる時は陸の中に何も残さず綺麗に消えろよ」
「異分子。いけずな言い方やなぁ、そんなん俺が一番わかっとるわ。……安心せぇ、上手に消えてやるから。そんなことより、そろそろ陸が限界なんとちゃう?」
清虎が「どうすんの?」と言わんばかりに哲治に目配せした。
哲治はいつの間にか大人しくなっていた陸の耳からそっと両手を外し、顔色を伺う。涙目の陸の口は、見事にへの字に曲がっていた。
「ご、ごめん。ついムキになって。除け者にしたわけじゃねーよ」
「ううん。いいよ、大丈夫。多分、俺が何か間違えちゃったんだろうから」
寂し気に眉を寄せた陸は、学校最寄りの停留所に到着するなり無言でバスを降りた。陸の反応が予想外だった哲治と清虎は、顔を見合わせ焦りながら後を追う。清虎が陸の肩を抱いて、乱暴に頭を撫でた。
「陸、そない悲しそうな顔すなって。ごめんな、俺が勝手に腹立てただけやから、陸は気にせんでええんやで」
「どうして嘘吐くの。ちゃんと怒ってよ。俺は誰に何を謝っていいのか解んないじゃん。何を間違えたのか教えてくれなきゃ、また清虎と哲治を傷つけちゃう。そんなの嫌なのに」
笑って誤魔化そうとした清虎の言葉を、陸の真剣な眼差しが跳ねのける。清虎が息を呑んで怯んだのが解った。次の言葉が出ず、陸の肩に回した腕を力なく落とす。哲治は清虎に撫でられてぐしゃぐしゃになった髪を整えてやりながら、ゆっくりと陸に語り掛けた。
「清虎は、自分が俺と陸の間に割り込むのは申し訳ないから、身を引きたいんだって。陸は何も悪くないよ。心配しないで」
「え、何それ。清虎、本当?」
肝心の「哲治の想いに鈍感な陸に苛立った」と言う部分は上手く隠されてしまったが、そんな事を知る由もない陸は潤んだ目で清虎を見上げる。清虎が「うん」と静かに頷いた。
「清虎と友達になったからって、哲治と友達やめるわけないのに。身を引く必要なんて全然ないじゃん」
「ごめんな。俺、友達とか距離感とかよーわからんねん。今まで当たり障りなく誰とでも上手に付き合うてきたけど、本当に仲良くなった奴なんておらんかったし」
笑っているはずの顔がなぜか寂しそうに見えて、陸は清虎の背負っているリュックサックを思わず掴んだ。学校指定ではない大きな黒いリュックに、校章の入っていないワイシャツ。グレー系でも陸とは微妙に色の違うズボン。
清虎は何一つ揃いのものを持っていなかった。強いて言うなら教科書くらいだ。清虎が幻や陽炎の類の、酷く不安定な存在に思えた。実態を伴って繋ぎ止めるにはどうしたらいいだろうと、必死に答えを探す。
「清虎、ちゃんと言葉にして言うね。友達になろう。同じ学校に通える期間は一ヵ月だけど、転校したって友達でいられるでしょ?」
どうかちゃんと届きますようにと、縋り付くような気持で伝えた。
清虎の大きな黒目が、更に大きく見開かれる。
朝の光に照らされた肌は白く、吹き抜ける風が髪を揺らした。ゆっくりと瞬きをした後で、嬉しくて仕方ないという無邪気な笑みが清虎の全身に広がる。その瞬間、全ての音が消えたような気がした。
ただただ、清虎に魅了される。
これが正しい答えかどうか、そんな事はもうどうでも良くなっていた。自分が友達になりたいと心から思ったことを清虎が喜んでくれたと言う事実が、ひたすら嬉しかった。
「『思ったより』ってなんやねん。それにお前のためだけちゃうで。一ヵ月しかおらん俺が、幼馴染の仲を裂いたらあかんやろ」
清虎の言葉に、哲治は口の端をほんの少しだけ上げた。無意識に陸の耳を塞ぐ手に力が込もる。
「なるほど。一応、身の程はわきまえてるんだな。お前に異分子って自覚があって良かったよ。陸はお前に興味持ったみたいだけど、いなくなる時は陸の中に何も残さず綺麗に消えろよ」
「異分子。いけずな言い方やなぁ、そんなん俺が一番わかっとるわ。……安心せぇ、上手に消えてやるから。そんなことより、そろそろ陸が限界なんとちゃう?」
清虎が「どうすんの?」と言わんばかりに哲治に目配せした。
哲治はいつの間にか大人しくなっていた陸の耳からそっと両手を外し、顔色を伺う。涙目の陸の口は、見事にへの字に曲がっていた。
「ご、ごめん。ついムキになって。除け者にしたわけじゃねーよ」
「ううん。いいよ、大丈夫。多分、俺が何か間違えちゃったんだろうから」
寂し気に眉を寄せた陸は、学校最寄りの停留所に到着するなり無言でバスを降りた。陸の反応が予想外だった哲治と清虎は、顔を見合わせ焦りながら後を追う。清虎が陸の肩を抱いて、乱暴に頭を撫でた。
「陸、そない悲しそうな顔すなって。ごめんな、俺が勝手に腹立てただけやから、陸は気にせんでええんやで」
「どうして嘘吐くの。ちゃんと怒ってよ。俺は誰に何を謝っていいのか解んないじゃん。何を間違えたのか教えてくれなきゃ、また清虎と哲治を傷つけちゃう。そんなの嫌なのに」
笑って誤魔化そうとした清虎の言葉を、陸の真剣な眼差しが跳ねのける。清虎が息を呑んで怯んだのが解った。次の言葉が出ず、陸の肩に回した腕を力なく落とす。哲治は清虎に撫でられてぐしゃぐしゃになった髪を整えてやりながら、ゆっくりと陸に語り掛けた。
「清虎は、自分が俺と陸の間に割り込むのは申し訳ないから、身を引きたいんだって。陸は何も悪くないよ。心配しないで」
「え、何それ。清虎、本当?」
肝心の「哲治の想いに鈍感な陸に苛立った」と言う部分は上手く隠されてしまったが、そんな事を知る由もない陸は潤んだ目で清虎を見上げる。清虎が「うん」と静かに頷いた。
「清虎と友達になったからって、哲治と友達やめるわけないのに。身を引く必要なんて全然ないじゃん」
「ごめんな。俺、友達とか距離感とかよーわからんねん。今まで当たり障りなく誰とでも上手に付き合うてきたけど、本当に仲良くなった奴なんておらんかったし」
笑っているはずの顔がなぜか寂しそうに見えて、陸は清虎の背負っているリュックサックを思わず掴んだ。学校指定ではない大きな黒いリュックに、校章の入っていないワイシャツ。グレー系でも陸とは微妙に色の違うズボン。
清虎は何一つ揃いのものを持っていなかった。強いて言うなら教科書くらいだ。清虎が幻や陽炎の類の、酷く不安定な存在に思えた。実態を伴って繋ぎ止めるにはどうしたらいいだろうと、必死に答えを探す。
「清虎、ちゃんと言葉にして言うね。友達になろう。同じ学校に通える期間は一ヵ月だけど、転校したって友達でいられるでしょ?」
どうかちゃんと届きますようにと、縋り付くような気持で伝えた。
清虎の大きな黒目が、更に大きく見開かれる。
朝の光に照らされた肌は白く、吹き抜ける風が髪を揺らした。ゆっくりと瞬きをした後で、嬉しくて仕方ないという無邪気な笑みが清虎の全身に広がる。その瞬間、全ての音が消えたような気がした。
ただただ、清虎に魅了される。
これが正しい答えかどうか、そんな事はもうどうでも良くなっていた。自分が友達になりたいと心から思ったことを清虎が喜んでくれたと言う事実が、ひたすら嬉しかった。
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