45 / 46
FROZENRAIN⑤
しおりを挟む
「お兄さんはさぁ」
光沢のある素材のベストを啓介にあてがいながら、永遠が静かに口を開く。
「リューレントで堂々と単独でページを飾ったでしょ? そんな扱い、この場にいる誰も経験したことないの。つまりね、お兄さんはここでナンバーワンってことなんだ。あの瞬間、ブレイバーの絶対的なエースになったんだよ」
「……絶対的な、エース」
思いがけない言葉を聞いて、啓介は噛み締めるように呟いた。永遠の口調はやけに大人びていて、実感がこもっている。
「今のところ私たちだけなんだよ、ブレイバーと専属契約してるの。他のモデルさんは次も呼ばれるかわかんないし、呼ばれたって小さなワンカットしか載らないこともザラなんだ。だからさ、どうしたって羨ましいって思われちゃうよね。憧れと嫉妬の目で見られちゃう。お兄さんは特に」
永遠から向けられる眼差しは、憂いと慈愛に満ちていた。既にモデルとして活躍していた永遠には、これから啓介の身に降りかかる事柄が、ある程度予測できてしまうのかもしれない。労わるような潤んだ瞳で見上げられ、啓介は「そう」と小さく相槌を打った。油断していると、その目に飲み込まれそうになる。
まだ幼さの残るあどけない永遠は、それでも確かに清廉な色気を放っていて、やはり『魅せる側の人間』なのだなと強く感じた。
「心配してくれてありがとうね、永遠」
桃のように瑞々しい永遠の頬を指の背で撫でると、永遠は目を細めてその手に擦り寄った。自分によく懐いている小動物のようで愛らしく、抱きすくめたい衝動が一瞬湧く。
「俺は認めてないけどな」
視界の端に映っていた快がゆらりと動き、永遠から引き剥がすように啓介の手を掴んだ。こちらを睨みつける快の青い瞳は冴えていたが、掴まれた手はとても熱い。
「すぐに俺が一番だって、みんなに知らしめてやる。お前は束の間のトップの座、せいぜい味わっておけよ」
「……トップとか別に興味ないけど、快に追い抜かれるのは面白くないね。悪いけど、簡単には譲らないから」
掴まれた手を払いのけ、啓介は永遠が見繕ってくれたベストを受け取りさっさとメイクルームに向かって歩き出した。振り払われて行き場を失くした手を握り締めて、快が叫ぶ。
「待てよ名無し、逃げんな!」
「名無しじゃないし、逃げてもいない」
いい加減にしろと思いながら、啓介は快を振り返った。ネクタイの代わりにファーを首に巻きつけている快は、相変わらずセンスが良くて余計に苛つく。ついでに周りを見回すと、まだ暑さの残る季節だと言うのにどのモデルも真冬の装いだった。
アパレル業界は季節を先取りするのが常なので、それは当たり前ともいえるのだが、夏と冬が同時に存在するこの空間がとても奇妙に感じられた。
光沢のある素材のベストを啓介にあてがいながら、永遠が静かに口を開く。
「リューレントで堂々と単独でページを飾ったでしょ? そんな扱い、この場にいる誰も経験したことないの。つまりね、お兄さんはここでナンバーワンってことなんだ。あの瞬間、ブレイバーの絶対的なエースになったんだよ」
「……絶対的な、エース」
思いがけない言葉を聞いて、啓介は噛み締めるように呟いた。永遠の口調はやけに大人びていて、実感がこもっている。
「今のところ私たちだけなんだよ、ブレイバーと専属契約してるの。他のモデルさんは次も呼ばれるかわかんないし、呼ばれたって小さなワンカットしか載らないこともザラなんだ。だからさ、どうしたって羨ましいって思われちゃうよね。憧れと嫉妬の目で見られちゃう。お兄さんは特に」
永遠から向けられる眼差しは、憂いと慈愛に満ちていた。既にモデルとして活躍していた永遠には、これから啓介の身に降りかかる事柄が、ある程度予測できてしまうのかもしれない。労わるような潤んだ瞳で見上げられ、啓介は「そう」と小さく相槌を打った。油断していると、その目に飲み込まれそうになる。
まだ幼さの残るあどけない永遠は、それでも確かに清廉な色気を放っていて、やはり『魅せる側の人間』なのだなと強く感じた。
「心配してくれてありがとうね、永遠」
桃のように瑞々しい永遠の頬を指の背で撫でると、永遠は目を細めてその手に擦り寄った。自分によく懐いている小動物のようで愛らしく、抱きすくめたい衝動が一瞬湧く。
「俺は認めてないけどな」
視界の端に映っていた快がゆらりと動き、永遠から引き剥がすように啓介の手を掴んだ。こちらを睨みつける快の青い瞳は冴えていたが、掴まれた手はとても熱い。
「すぐに俺が一番だって、みんなに知らしめてやる。お前は束の間のトップの座、せいぜい味わっておけよ」
「……トップとか別に興味ないけど、快に追い抜かれるのは面白くないね。悪いけど、簡単には譲らないから」
掴まれた手を払いのけ、啓介は永遠が見繕ってくれたベストを受け取りさっさとメイクルームに向かって歩き出した。振り払われて行き場を失くした手を握り締めて、快が叫ぶ。
「待てよ名無し、逃げんな!」
「名無しじゃないし、逃げてもいない」
いい加減にしろと思いながら、啓介は快を振り返った。ネクタイの代わりにファーを首に巻きつけている快は、相変わらずセンスが良くて余計に苛つく。ついでに周りを見回すと、まだ暑さの残る季節だと言うのにどのモデルも真冬の装いだった。
アパレル業界は季節を先取りするのが常なので、それは当たり前ともいえるのだが、夏と冬が同時に存在するこの空間がとても奇妙に感じられた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

少女たちの春[第1部]
秋 夕紀
青春
誰にでも人生の春がある。それは「青春」「思春期」と呼ばれる事もあるが、それだけでは語り尽くせない時期である。また、その時期は人それぞれであり、中学生の時かもしれないし、高校生の時かもしれない。あるいは、大学生、社会人になってからかもしれない。いずれにしても、女の子から大人の女性になる時であり、人生で一番美しく愛らしい時である。
高校に入学したばかりの5人の女子が、春に花を咲かせるまでを追って行く。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
Bグループの少年
櫻井春輝
青春
クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
モブ高校生、ダンジョンでは話題の冒険者【ブラック】として活動中。~転校生美少女がいきなり直属の部下とか言われても困るんだが~
エース皇命
ファンタジー
学校では正体を隠し、普通の男子高校生を演じている黒瀬才斗。実は【ブラック】という活動名でダンジョンに潜っているAランク冒険者だった。
ダンジョンが世界に出現して30年後の東京。
モンスターを倒し、ダンジョンの攻略を目指す冒険者は、新しい職業として脚光を浴びるようになった。
黒瀬の通う高校に突如転校してきた白桃楓香。初対面なのにも関わらず、なぜかいきなり黒瀬に抱きつくという奇行に出る。果たして、白桃の正体は!?
「才斗先輩、これからよろしくお願いしますねっ」
これは、上級冒険者の黒瀬と、美少女転校生の純愛ラブコメディ――ではなく、ちゃんとしたダンジョン・ファンタジー(多分)。
※序盤は結構ラブコメ感がありますが、ちゃんとファンタジーします。モンスターとも戦いますし、冒険者同士でも戦ったりします。ガチです。
※小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
※お気に入り登録者2600人超えの人気作、『実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する』も大好評連載中です!
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる