されど服飾師の夢を見る

雪華

文字の大きさ
上 下
21 / 46

conflict⑤

しおりを挟む
 
「超肌キレイ。なんかこれだけで充分って感じなんだけど。ファンデもコンシーラーも出番は無いな。とりあえず、アイライナーを目尻にだけ入れておくね。リップはどうしようかなぁ」

 里穂がメイク道具一式に目線を落としたので、啓介もつられてそちらを見た。何種類もあるファンデーションや絵の具のパレットのようなアイシャドウ、筆も太さの違うものが一通り揃っている。

「メイク道具って、やっぱり高いヤツの方が良い?」
「そりゃそうよ。でも最近はプチプラでも良いのがあるし、舞台用のメイクなら私は安いので揃えちゃってる。発色さえ良ければ、百円ショップのでも割と問題ナシ。だって、他にもいっぱいお金かかるしさぁ。どうせなら布代に回したいよね」

 確かに、と頷きながら、啓介は質問を続けた。

「バイトはしてる?」
「してる。ドラッグストアで。試供品とか貰えるの、すっごい有難いんだよね。本当はガッツリ稼ぎたいけど、そうすると課題やってる時間ないし、もう万年金欠よ」

 実感のこもった里穂の言葉に、啓介までげんなりしてしまう。
 
「バイトのせいで課題が出来ないなんて、本末転倒もいいところでしょ? まぁ、仕送りが充分な額だったり実家から通えるなら、そんなにガツガツ働かなくて良いんだろうけどね」
「うわ。超シビア」

 泣きそうな顔をした啓介は、アイラインを引いてる真っ最中だった里穂に「動かないで」と叱られ、シュンとした。

 どうせ何かしらバイトをしなくてはいけないのなら、モデルの仕事はこの上なく条件に適している。それどころか、おまけに授業料免除まで付いてくる可能性があるのだから、断ったら罰が当たりそうだ。

 もしこれが誰か他の人の話なら、迷っていると聞いただけで「馬鹿じゃないの」と思うだろう。選択肢は一つしかないように見える。

 けれど、いざ自分のこととなると話しは別だった。代償は決して小さくない。
 特待生としての役割を果たすべく、モデルとして立派に活躍し、その上で学生としても何かしらの実績を残すなど、本当に出来るだろうか。さらに素顔を隠す為に撮影用に近いメイクをしたままキャンパスで過ごすだなんて、目立ってしょうがない気がする。

 周囲にどんな風に見られるか、考えただけで今からプレッシャーで吐きそうだった。
 そんな不安が啓介の顔に出ていたのかもしれない。里穂が考え込むような仕草をしながら、ポツポツ話し始めた。
 
「いっぱい悩んで志望校決めなね。この学校もさ、一年生の時は二人で一つの作業台使って、教室もぎゅうぎゅうだったの。なのに四年生の頃には人数が減って、今では悠々と作業台を一人で占領できちゃうんだ。……つまり、半分くらい辞めちゃうんだよ。ここを去って軌道修正した人たちも別の分野で頑張ってるから、遠回りにも意味があると思うけどね。ホント進路って難しいよね」

 里穂は睫毛に透明なマスカラを塗って仕上げ、よしよしと頷く。

「ハイ完成。お疲れ様、今日はありがとうね」
「こちらこそ。いっぱい聞いちゃってごめんね。でも、凄く参考になった」

 アドバイスを噛みしめながら、啓介は椅子から立ち上がった。里穂が手渡してくれたコンパクトミラーを覗き込み、鏡の中の自分に「出来るだろうか」と問いかける。

 いい加減、ぐるぐる同じ思考を繰り返すのにも疲れて来た。
 もう、メリーゴーランドからは飛び降りよう。
 ふとステージ上の高揚感を思い出す。あの時の覚悟を、モデルの方にも適用してやろうじゃないか。
 出来るか出来ないかではなく、やるかやらないかの二択だ。

「とりあえず、頑張ってみる。頑張ってもどうにもならない世界なんだろうけど。先ずはやってみないと、なんにも始まらないもんね」
「あはは、そうだね。でもさ、『やってみたいな』ってところから、実際に『やってみよう』って行動に移せる人、案外少ないんだよ。だから、頑張ってみようって思うのは、実は凄いことだよ」

 啓介は自分の足元を見た。何もないただの床に、白線が引かれているような気がする。
 ここが出発点なんだと心に刻んだ。
 啓介は大きく一歩踏み出し、見えないスタートラインを勢いよく飛び越えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夏の出来事

ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。

ライオン転校生

散々人
青春
ライオン頭の転校生がやって来た! 力も頭の中身もライオンのトンデモ高校生が、学園で大暴れ。 ライオン転校生のハチャメチャぶりに周りもてんやわんやのギャグ小説!

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

ESCAPE LOVE ―シブヤの海に浮かぶ城―

まゆり
青春
フミエは中高一貫の女子高の3年生。 長身で面倒見がよく、可愛いと言われたことがなくて、女子にはめちゃくちゃモテる。 学校帰りにシブヤで、超かわいいエリカちゃんの失恋話を聞いていたら、大学生の従兄であるヒロキに偶然会い、シブヤ探訪に繰り出し、予行練習にラブホに入ってみようということになり…。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

先輩は二刀流

蓮水千夜
青春
先輩って、二刀流なんですか──? 運動も勉強も苦手なレンは、高校の寮で同室の高柳に誘われて、野球部のマネージャーをすることに。 そこで出会ったマネージャーの先輩が実は野球部の部長であることを知り、なぜ部長がマネージャーをやっているのか気になりだしていた。

トキノクサリ

ぼを
青春
セカイ系の小説です。 「天気の子」や「君の名は。」が好きな方は、とても楽しめると思います。 高校生の少女と少年の試練と恋愛の物語です。 表現は少しきつめです。 プロローグ(約5,000字)に物語の世界観が表現されていますので、まずはプロローグだけ読めば、お気に入り登録して読み続けるべき小説なのか、読む価値のない小説なのか、判断いただけると思います。 ちなみに…物語を最後まで読んだあとに、2つの付記を読むと、物語に対する見方がいっきに変わると思いますよ…。

私のなかの、なにか

ちがさき紗季
青春
中学三年生の二月のある朝、川奈莉子の両親は消えた。叔母の曜子に引き取られて、大切に育てられるが、心に刻まれた深い傷は癒えない。そればかりか両親失踪事件をあざ笑う同級生によって、ネットに残酷な書きこみが連鎖し、対人恐怖症になって引きこもる。 やがて自分のなかに芽生える〝なにか〟に気づく莉子。かつては気持ちを満たす幸せの象徴だったそれが、不穏な負の象徴に変化しているのを自覚する。同時に両親が大好きだったビートルズの名曲『Something』を聴くことすらできなくなる。 春が訪れる。曜子の勧めで、独自の教育方針の私立高校に入学。修と咲南に出会い、音楽を通じてどこかに生きているはずの両親に想いを届けようと考えはじめる。 大学一年の夏、莉子は修と再会する。特別な歌声と特異の音域を持つ莉子の才能に気づいていた修の熱心な説得により、ふたたび歌うようになる。その後、修はネットの音楽配信サービスに楽曲をアップロードする。間もなく、二人の世界が動きはじめた。 大手レコード会社の新人発掘プロデューサー澤と出会い、修とともにライブに出演する。しかし、両親の失踪以来、莉子のなかに巣食う不穏な〝なにか〟が膨張し、大勢の観客を前にしてパニックに陥り、倒れてしまう。それでも奮起し、ぎりぎりのメンタルで歌いつづけるものの、さらに難題がのしかかる。音楽フェスのオープニングアクトの出演が決定した。直後、おぼろげに悟る両親の死によって希望を失いつつあった莉子は、プレッシャーからついに心が折れ、プロデビューを辞退するも、曜子から耳を疑う内容の電話を受ける。それは、両親が生きている、という信じがたい話だった。 歌えなくなった莉子は、葛藤や混乱と闘いながら――。

処理中です...