されど服飾師の夢を見る

雪華

文字の大きさ
上 下
9 / 46

【4話】 path

しおりを挟む
「なんでむくれてんだよ。今のは何て答えれば正解だったわけ? ホントお前の扱いムズカシイな」

 笑いながら頬をつねってくる直人の手を、啓介は不機嫌そうに払いのけた。鋭く睨んだところで直人は少しも怯まない。その場にしゃがみ込んで啓介の机に顎を乗せ、「ねーねー」と呑気に話を続ける。

「啓介、もう進路希望調査の紙、提出した?」
「ううん。まだ」
「どこ行くつもり?」
「直人は?」
「俺は県内の大学。お前もそこにしなよ」

 すぐに返事が出来ず、啓介は逃げるように視線を窓の外に移した。青々とした木がくっきりと濃い影を校庭に落としている。かなり日差しが強そうだ。そう言えば、毎朝時計代わりに付けているテレビが、梅雨は明けたと告げていたな。
 そんなことを考えていたら、机をバンバン叩かれた。

「話してる最中によそ見すんなっつーの。とりあえず俺と同じ進路書け」
「えー。まだもうちょっと悩んでたい。夏休み中に見学行こうと思って」
「どこ見に行くの?」

 啓介は直人の目を見たまま一拍置いて、「東京」とだけ答えた。直人が大きく息を吐き、先ほどの啓介を真似るように窓の外へ視線を逸らす。休み時間の賑やかな教室の片隅で、しばらく二人は黙ったままでいた。
 最近の直人は啓介が東京と口にするたび不機嫌になる。
 啓介の頭の中を、言い訳がぐるぐる駆け巡った。行きたい理由は死ぬほどあるが、直人はどれも納得してくれないだろう。

「お前さ、ホントは彼女いるだろ。彼女と一緒に東京の大学行く約束でもしたのかよ」
「は?」

 全く想定していなかった言葉に、啓介は本気で首を傾げた。
 きょとんとする啓介がとぼけているように見えたのか、直人は問い詰めるように机を指でトントン叩く。

「水臭いじゃん、言ってくれればいいのに。この前見ちゃったんだよね、お前んちの近くのスーパーで仲良く買い物してるところ」

 その一言で全てに合点がいった啓介は、脱力しながら教室の天井を仰いだ。

「……なるほど。僕と一緒にいた人ってさぁ、チョコレート色のゆるふわ髪じゃなかった? そんで、僕は荷物いっぱい持たされてたでしょう」
「うん、そう。結構可愛かった。あの啓介を荷物持ちに使うなんてスゲーって感動した」
「あーもう。だから嫌だったんだよね。恥っず」

 頭を抱えて呻く啓介を、直人が不思議そうに眺める。

「ん、どした? 内緒の恋人だったわけ?」
「違う、恋人じゃない。あれ母親」
「またまた、そんな見え透いたウソを」
「ウソじゃないって、今度会わせてあげる。近くで見たら僕と似てるよ。あーあ。母親と買い物とか、恥ずかしいとこ見られたの超ショック」

 啓介は突っ伏して、大袈裟に落ち込んで見せた。ひんやりした机は、赤く火照った頬を冷ましてくれて気持ちがいい。そのまま顔を横に向けたら、机に顎を乗せている直人と視線が合った。
 直人は手を伸ばし、啓介の目にかかる前髪を横に流しながらククッと笑う。

「そっか、彼女じゃなかったんだ。お前の母親ってスゲー若いな。でも偉いじゃん、荷物持ちするなんて」
「だってさぁ、半泣きで電話してくるんだもん。『車のつもりでいっぱい買っちゃったけど、自転車で来たこと思い出したから助けて』って。どーしょもないでしょ?」
「あはは。それでちゃんと助けに行ったんだ。お前にも人の血が流れてたんだなぁ」
「ねーそれどういう意味? まるで僕が冷たい人間みたいじゃない」

 啓介の前髪に触れていた指先を引っ込めながら、直人が口角は上げたまま静かに目を伏せる。

「冷たいじゃん。俺を置いて行っちゃうんだから」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

夕暮れモーメント

松本まつも
青春
ありきたりな日常の風景も、 誰かにとっては、忘れられない 一生の宝物になれる。 うっかりしてたら見落としそうな、 平凡すぎる毎日も、 ふとした瞬間まぶしいくらいに 輝いて見えることもある。 『夕暮れモーメント』 とある日だまりの片隅で起きた、 小さな奇跡のお話。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

お試しデートは必須科目〜しなけりゃ卒業できません!〜

桜井 恵里菜
青春
今から数年後。 少子高齢化対策として、 政府はハチャメチャな政策を打ち出した。 高校3年生に課せられた必須科目の課外活動 いわゆる『お試しデート』 進学率トップの高校に通う結衣は、 戸惑いながらも単位の為に仕方なく取り組む。 それがやがて、 純粋な恋に変わるとは思いもせずに… 2024年5月9日公開 必須科目の『お試しデート』 結衣のペアになったのは 学年トップの成績の工藤くん 真面目におつき合いを始めた二人だが いつしかお互いに惹かれ合い 励まし合って受験に挑む やがて『お試しデート』の期間が終わり… 𓈒 𓂃 𓈒𓏸 𓈒 ♡ 登場人物 ♡ 𓈒𓏸 𓈒 𓂃 𓈒 樋口 結衣 … 成績2位の高校3年生 工藤 賢 … 成績トップの高校3年生

キミの生まれ変わり

りょう改
青春
「私たちは2回生まれる」 人間は思春期を迎え、その後に生まれ変わりを経験するようになった遠い未来。生まれ変わりを経験した少年少女は全くの別人として生きていくようになる。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...