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第三章 夏の宵
第17話 頼りない電灯が、まるで舞台装置の一部の様で
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「今日は御堂くんの照れ顔と笑顔が拝めたから、来た甲斐があったよ」
「何を見に来たんだよ、花火を見ろよ。それに俺、照れ顔なんてしてないし」
口調はキツかったが、花火を見つめる御堂の眼差しは優しい。赤や緑の光が肌を照らして、綺麗だなぁと思いながら、紗良は花火よりも御堂の横顔に見惚れていた。
『禅は他人に全く興味がないんですもの』
幸福な時間のはずなのに、急に御堂の家の前で出会った少女の言葉を思い出してしまい、胸が苦しくなる。
全く他人に興味がないのなら、一体なぜ御堂は今こうして隣で花火を見上げているのだろう。
そもそも、彼女は何者なんだろうか。御堂の事を「禅」と呼んでいた。妹なのか、姉なのか。従姉妹かもしれないし、東雲の方の親族かもしれない。
「こうやって花火を見に来るのは久しぶりだなぁ。この辺りも随分と変わったし……昔は、もっと花火が大きく見えた気がする」
しみじみと懐かしそうに目を細めた御堂の横顔を、紗良は相変わらず見つめ続けた。
だから気付いてしまった。その表情がどんどんと寂しそうに変わっていったことに。
唇をぎゅっと結んだ御堂が、紗良の方に視線を移した。少しだけ何かを躊躇っているようにも見える。
「ねぇ、とっておきの特等席があること思い出した。花火のフィナーレはそこで見よう」
「特等席?」
「うん。こっち」
御堂は花火を背にし、人混みから離れるように暗い道を歩き出す。紗良は逸れないよう、慌てて御堂のシャツを掴んだ。歩みを進めるごとに見物客の数は減っていき、公園を抜けた頃にはすっかりまばらになっていた。
御堂は一言も話さなかったが、先程感傷的になっていたように見えたので、紗良もあえて何も話しかけずに黙って歩く。
どうやら御堂は小高い丘の上にある神社を目指している様だった。花火の音を背に聞きながら、境内へ続く石段を無言のまま登り始める。他に人の姿もなく、もうはぐれることもないだろうと、紗良は御堂のシャツから手をそっと離した。
ここまで一度も振り返らなかった御堂が、少しだけ紗良に顔を向ける。紗良がちゃんと付いてきていることが確認できると、また前を向いて歩き出した。
パチパチと点滅する今にも消えてしまいそうな頼りない電灯が、まるで舞台装置の一部の様で現実感が遠ざかる。石段を登り切った先にある境内の中央には、祭りの装飾なのか、蝋燭が円を描くように並んでいた。
「綺麗だね。写真映えしそう。撮ってあげるよ」
御堂は綺麗だと言ったが、紗良には少し気味悪く見えた。「写真はいいよ」と言いかけたが、御堂が置いてあった鬼灯を模した提灯を拾い上げ、それを紗良に手渡したので断り難くなる。
円の中央へ行く様に促がされ、言われるままに紗良は仕方なく進んだ。ここまで慣れない下駄で歩いてきたせいか、ひどく疲れていて足が痛む。いくつも並ぶ蝋燭の炎がそれぞれ違う動きでゆらゆらと揺れ、まるで船上にいるように平均感覚を失って思わずふらついた。
「真宮」
御堂に名前を呼ばれたが、その声は耳元でしたようにも、遠くから聞こえたようにも感じた。急に怖くなって探る様に手を伸ばす。すぐ側にいるはずの御堂の姿が見えない。
「御堂くん、どこ?」
返事の代わりに、突然強い風が神社の境内を吹き抜けた。
賽銭箱の真上から釣り下がる真鍮製の鈴が、ガランガランと大きな音を立てて揺れる。その風のせいで蝋燭の火も提灯の灯りも吹き消されてしまい、急に目の前が真っ暗になった。紗良は一瞬意識が遠のき、耐えきれず崩れるように膝をつく。
手放して地面に落ちた提灯が、ぐしゃりと音を立てて潰れた。
「何を見に来たんだよ、花火を見ろよ。それに俺、照れ顔なんてしてないし」
口調はキツかったが、花火を見つめる御堂の眼差しは優しい。赤や緑の光が肌を照らして、綺麗だなぁと思いながら、紗良は花火よりも御堂の横顔に見惚れていた。
『禅は他人に全く興味がないんですもの』
幸福な時間のはずなのに、急に御堂の家の前で出会った少女の言葉を思い出してしまい、胸が苦しくなる。
全く他人に興味がないのなら、一体なぜ御堂は今こうして隣で花火を見上げているのだろう。
そもそも、彼女は何者なんだろうか。御堂の事を「禅」と呼んでいた。妹なのか、姉なのか。従姉妹かもしれないし、東雲の方の親族かもしれない。
「こうやって花火を見に来るのは久しぶりだなぁ。この辺りも随分と変わったし……昔は、もっと花火が大きく見えた気がする」
しみじみと懐かしそうに目を細めた御堂の横顔を、紗良は相変わらず見つめ続けた。
だから気付いてしまった。その表情がどんどんと寂しそうに変わっていったことに。
唇をぎゅっと結んだ御堂が、紗良の方に視線を移した。少しだけ何かを躊躇っているようにも見える。
「ねぇ、とっておきの特等席があること思い出した。花火のフィナーレはそこで見よう」
「特等席?」
「うん。こっち」
御堂は花火を背にし、人混みから離れるように暗い道を歩き出す。紗良は逸れないよう、慌てて御堂のシャツを掴んだ。歩みを進めるごとに見物客の数は減っていき、公園を抜けた頃にはすっかりまばらになっていた。
御堂は一言も話さなかったが、先程感傷的になっていたように見えたので、紗良もあえて何も話しかけずに黙って歩く。
どうやら御堂は小高い丘の上にある神社を目指している様だった。花火の音を背に聞きながら、境内へ続く石段を無言のまま登り始める。他に人の姿もなく、もうはぐれることもないだろうと、紗良は御堂のシャツから手をそっと離した。
ここまで一度も振り返らなかった御堂が、少しだけ紗良に顔を向ける。紗良がちゃんと付いてきていることが確認できると、また前を向いて歩き出した。
パチパチと点滅する今にも消えてしまいそうな頼りない電灯が、まるで舞台装置の一部の様で現実感が遠ざかる。石段を登り切った先にある境内の中央には、祭りの装飾なのか、蝋燭が円を描くように並んでいた。
「綺麗だね。写真映えしそう。撮ってあげるよ」
御堂は綺麗だと言ったが、紗良には少し気味悪く見えた。「写真はいいよ」と言いかけたが、御堂が置いてあった鬼灯を模した提灯を拾い上げ、それを紗良に手渡したので断り難くなる。
円の中央へ行く様に促がされ、言われるままに紗良は仕方なく進んだ。ここまで慣れない下駄で歩いてきたせいか、ひどく疲れていて足が痛む。いくつも並ぶ蝋燭の炎がそれぞれ違う動きでゆらゆらと揺れ、まるで船上にいるように平均感覚を失って思わずふらついた。
「真宮」
御堂に名前を呼ばれたが、その声は耳元でしたようにも、遠くから聞こえたようにも感じた。急に怖くなって探る様に手を伸ばす。すぐ側にいるはずの御堂の姿が見えない。
「御堂くん、どこ?」
返事の代わりに、突然強い風が神社の境内を吹き抜けた。
賽銭箱の真上から釣り下がる真鍮製の鈴が、ガランガランと大きな音を立てて揺れる。その風のせいで蝋燭の火も提灯の灯りも吹き消されてしまい、急に目の前が真っ暗になった。紗良は一瞬意識が遠のき、耐えきれず崩れるように膝をつく。
手放して地面に落ちた提灯が、ぐしゃりと音を立てて潰れた。
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