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第一章 あるいは運命だったのかもしれない
得体のしれない何かを拾ってしまった②
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「ふふっ。お姉さん優しいけど変わってるね。普通、私たちのことが視えたら気味悪いって思うのに」
「こんなに可愛いのに?」
鞠は洗面器の中で足をバタバタさせながら、あははと照れくさそうに笑った。
「ありがとう。じゃあ、一晩だけお世話になります」
その言葉通り、夕飯を済ませた後に雨が上がっても、鞠は帰らずに「汚れた服の代わりに着る服を決めよう」と言う名目の着せ替え遊びに付き合ってくれた。
とは言っても、着せ替えはむしろ鞠の方が乗り気で大いに盛り上がり、気づけば日付を超えていたほどだったのだが。
鞠はレースの付いた浴衣が大層気に入った様で、紗良がその浴衣をプレゼントすると飛び跳ねて喜んだ。
二人がようやく寝床に付いたころ、鞠が眠そうな目をこすりながら紗良に笑顔で告げる。
「今日はありがとう。こんなに楽しかったのは久しぶりだよ。紗良とは縁を感じるな。また会いたい」
「私も楽しかった。……いつでも遊びに来てね」
心地よいまどろみの中、紗良も鞠と再び出会いたいと強く願った。
翌朝、紗良が目覚めた頃には、鞠の姿はどこにもなかった。
きちんと畳まれた布団代わりのタオルと干したままの鞠の服が無かったら、昨夜の出来事は夢だと思ったかもしれない。
しかし、感傷に浸る暇もなく紗良は慌てて家を飛び出す。
夜更かしの代償の、朝寝坊。滑り込んだ校門の横に立つ男性教諭が、困ったように眉を寄せて笑った。
「真宮がギリギリなんて珍しいね。予鈴が鳴ってるよ、急いで」
「東雲先生おはようございます。ごめんなさーい!」
東雲を振り返りながら、紗良が駆け抜ける。朝日に照らされキラキラ光る、東雲の茶色い髪が風に揺れた。
小さな顔に長い手足。どこの雑誌の専属モデルかと思うようなそのルックスは、四月の新任教師の挨拶時に全校生徒をざわつかせた程だ。
「おはよう、紗良。遅かったじゃん。どうしたの?」
本鈴と共に着席した紗良に、前の席のクラスメイトが声をかけてくる。
まさか昨日、狐の精霊と着せ替えごっこして夜更かししたなどとは、口が裂けても言えない。
「おはよう、美菜。ただの朝寝坊だよ」
「あ、わかった。黒木くんと遅くまで通話してたんでしょ」
「ち、違うよ!」
急に彼氏の名前を出されて、紗良はオーバーな程の身振りで否定した。
「え、違うの? そう言えば付き合ってもうすぐ二ヶ月経つけど、進展は?」
「んー」
答えにくい質問に口ごもっていると、丁度良く担任が教室に入って来た。美菜は渋々前に向き直ったので、紗良はホッと胸をなでおろす。
「進展」とはつまり、恋人同士の親密度の深さを具体的に問われているのだろう。だとしたら、その答えは「手をつないだだけ」だ。付き合い立ての頃は良かったのだが、最近ではその答えを聞いた友人たちは「え、まだそんなもんなの?」という反応を示す。
恋愛のペースなど人それぞれだし、外野が何を言ったって構わないと思っていたのだが、彼氏までその先を求めだした。
紗良の方が入学式に一目惚れをして、四月のオリエンテーリングで告白をし、晴れて恋人同士となったのに。
思いが実ったときは本当に嬉しかったし、今でも好きな気持ちはちゃんとある。
それでも、いざとなったら覚悟が出来なかった。
キスまでならと思っても、結局それを許せばなし崩しにその先に進んでしまいそうで、尻込みしている状態がもうずっと続いている。最近では二人きりになる事も減り、寝る前にトークアプリで二言、三言やり取りするだけだ。
このままではダメだと恋愛初心者なりに思っているが、どうしたらいいのかなんてわからない。
窓の外に目をやると、昨日の土砂降りが嘘の様な青空が広がっていた。そう言えば、朝の天気予報で貴重な梅雨の晴れ間だと言っていた気がする。
授業も上の空で、雲が流れていくのをただ眺めてはため息を漏らした。
「こんなに可愛いのに?」
鞠は洗面器の中で足をバタバタさせながら、あははと照れくさそうに笑った。
「ありがとう。じゃあ、一晩だけお世話になります」
その言葉通り、夕飯を済ませた後に雨が上がっても、鞠は帰らずに「汚れた服の代わりに着る服を決めよう」と言う名目の着せ替え遊びに付き合ってくれた。
とは言っても、着せ替えはむしろ鞠の方が乗り気で大いに盛り上がり、気づけば日付を超えていたほどだったのだが。
鞠はレースの付いた浴衣が大層気に入った様で、紗良がその浴衣をプレゼントすると飛び跳ねて喜んだ。
二人がようやく寝床に付いたころ、鞠が眠そうな目をこすりながら紗良に笑顔で告げる。
「今日はありがとう。こんなに楽しかったのは久しぶりだよ。紗良とは縁を感じるな。また会いたい」
「私も楽しかった。……いつでも遊びに来てね」
心地よいまどろみの中、紗良も鞠と再び出会いたいと強く願った。
翌朝、紗良が目覚めた頃には、鞠の姿はどこにもなかった。
きちんと畳まれた布団代わりのタオルと干したままの鞠の服が無かったら、昨夜の出来事は夢だと思ったかもしれない。
しかし、感傷に浸る暇もなく紗良は慌てて家を飛び出す。
夜更かしの代償の、朝寝坊。滑り込んだ校門の横に立つ男性教諭が、困ったように眉を寄せて笑った。
「真宮がギリギリなんて珍しいね。予鈴が鳴ってるよ、急いで」
「東雲先生おはようございます。ごめんなさーい!」
東雲を振り返りながら、紗良が駆け抜ける。朝日に照らされキラキラ光る、東雲の茶色い髪が風に揺れた。
小さな顔に長い手足。どこの雑誌の専属モデルかと思うようなそのルックスは、四月の新任教師の挨拶時に全校生徒をざわつかせた程だ。
「おはよう、紗良。遅かったじゃん。どうしたの?」
本鈴と共に着席した紗良に、前の席のクラスメイトが声をかけてくる。
まさか昨日、狐の精霊と着せ替えごっこして夜更かししたなどとは、口が裂けても言えない。
「おはよう、美菜。ただの朝寝坊だよ」
「あ、わかった。黒木くんと遅くまで通話してたんでしょ」
「ち、違うよ!」
急に彼氏の名前を出されて、紗良はオーバーな程の身振りで否定した。
「え、違うの? そう言えば付き合ってもうすぐ二ヶ月経つけど、進展は?」
「んー」
答えにくい質問に口ごもっていると、丁度良く担任が教室に入って来た。美菜は渋々前に向き直ったので、紗良はホッと胸をなでおろす。
「進展」とはつまり、恋人同士の親密度の深さを具体的に問われているのだろう。だとしたら、その答えは「手をつないだだけ」だ。付き合い立ての頃は良かったのだが、最近ではその答えを聞いた友人たちは「え、まだそんなもんなの?」という反応を示す。
恋愛のペースなど人それぞれだし、外野が何を言ったって構わないと思っていたのだが、彼氏までその先を求めだした。
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思いが実ったときは本当に嬉しかったし、今でも好きな気持ちはちゃんとある。
それでも、いざとなったら覚悟が出来なかった。
キスまでならと思っても、結局それを許せばなし崩しにその先に進んでしまいそうで、尻込みしている状態がもうずっと続いている。最近では二人きりになる事も減り、寝る前にトークアプリで二言、三言やり取りするだけだ。
このままではダメだと恋愛初心者なりに思っているが、どうしたらいいのかなんてわからない。
窓の外に目をやると、昨日の土砂降りが嘘の様な青空が広がっていた。そう言えば、朝の天気予報で貴重な梅雨の晴れ間だと言っていた気がする。
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