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一宿一飯の恩④
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仕事帰り、似たり寄ったりなアパート群の中から自分が借りている部屋を見上げる。カーテンが閉めてあるが、かすかに部屋の中の光がこぼれている。
自分以外の人間がそこにいる。
今朝までのことが何かの間違いなんじゃないかという淡い考えは完全に消え去った。まぁ、本当に俺の勘違いなんだったとしたら、早々に休職して心身ともにリフレッシュしに旅にでも行った方がいいのかもしれないな。インドア派だから旅なんかしねぇけど。
ガチャ
「…。」
「あ、お帰りなさい。」
「…あぁ。…何してんだ?」
「これ?どう見たって、晩御飯作っているようにしか見えないでしょ。」
「…そういうことじゃなく。」
「献立ってこと?買い物に行くのも心配だったから、あるものでカレー作ってみた。部屋から出ないようにって言いつけもあったし。後はサラダとスープ。」
「…もういい。」
「…嫌いだった?」
部屋に入ると暖かい匂いで満たされていた。いつ買ったのか覚えていないが、カレールゥがあったようだ。煮込んでいるであろう鍋の前には、昨日知り合ったばかりの新島さんがブラウスを腕まくりして立っていた。その隣には少し小さめの鍋。この中には新島さんが言うスープが入っているのだろう。俺はインスタントラーメンを作る時くらいにしか使ったことなかったけど。そばにある小皿には野菜が盛り付けられている。これがサラダか、無難な野菜しか買っていないと思っていたがやけに鮮やかに見えるのはなぜだろうか。
黙って見つめているのをどう受け取ったのか、新島さんは恐る恐るといった様子で俺に声をかけてくる。
「いや別に。カレー嫌いな奴っているか?」
「そりゃ、好みはあるでしょ…。勝手に材料も場所も、使っちゃってるし。」
「好きにしていいって言っただろ。…これ、俺の分もあるのか?」
「も、もちろん!…あ!」
「何だよ。」
「犬って、ネギ系ダメだったんじゃ…。」
「犬じゃなくて狼だって言ってるだろ!」
あれほど訂正していたっていうのに、失礼な…。ふざけて言っているんだろうけど。…本当に話を聞いてないとか勘違いしたままとかないよな。
「俺たちは人間と大して変わらないから。確かに犬や猫は食べちゃいけない食材あるけど、獣人はそういうことないから。」
「そうなの…。ねぇ、猫にイカを食べさせたら腰を抜かすって本当?」
「知るか。」
本当に大丈夫なんだろうな。洗面所で手を洗って戻ってくると、新島さんはスープをよそってくれていた。客人用の食器なんてものを用意しているはずもないので、我が家にはすべて一人分しかなく、それらしい食器を出してくれているようだ。よく考えたら帰りに買ってきたらよかったか。…いや、でもな。
「…スープは盛ったけど、カレーの方はセルフで。お好みの量をどうぞ。」
「あぁ…。」
そう言うと、先にリビングのテーブルへと汁椀とスープマグを持って行った。炊飯器を覗くと、白米が湯気を立てている。しっかりほぐされている。カレー皿を取り出してご飯をよそおうとして、ついでに少し深みのある平皿をそばに置いておく。俺のカレーは山盛りご飯。朝食わない分、夜がっつり食べちまうし何なら夜食にも手を伸ばしてしまいがちなのは自覚している。
こんな体に悪い生活を一体いつまでできるのか。
「…あ、ちょっと!何してんの。」
「…何だよ。」
「…それ、何。」
キッチンに戻ってきた新島さんに制止される。俺はカレールゥをご飯かけた体勢のまま振り返る。まさか気づかれたか…?
「人参よけてる!いい大人が!」
「別に、いいだろ。人には、好みってもんが…。」
「好き嫌いじゃない、こんなの!食べちゃいけない食材ないんでしょ!」
「苦手なんだよ!…作ってもらっておいて悪いが、何か独特の匂いがダメっていうか…。」
「…まぁいいわ、見逃してあげる。…今回は。」
今回は…?何やら不穏な言葉が聞こえた気がするが、どうやら人参を食べないことは認められたようだ。
その後数回にわたり「おこちゃまなのねー」との発言も聞こえた。これは絶対に言っている。
自分以外の人間がそこにいる。
今朝までのことが何かの間違いなんじゃないかという淡い考えは完全に消え去った。まぁ、本当に俺の勘違いなんだったとしたら、早々に休職して心身ともにリフレッシュしに旅にでも行った方がいいのかもしれないな。インドア派だから旅なんかしねぇけど。
ガチャ
「…。」
「あ、お帰りなさい。」
「…あぁ。…何してんだ?」
「これ?どう見たって、晩御飯作っているようにしか見えないでしょ。」
「…そういうことじゃなく。」
「献立ってこと?買い物に行くのも心配だったから、あるものでカレー作ってみた。部屋から出ないようにって言いつけもあったし。後はサラダとスープ。」
「…もういい。」
「…嫌いだった?」
部屋に入ると暖かい匂いで満たされていた。いつ買ったのか覚えていないが、カレールゥがあったようだ。煮込んでいるであろう鍋の前には、昨日知り合ったばかりの新島さんがブラウスを腕まくりして立っていた。その隣には少し小さめの鍋。この中には新島さんが言うスープが入っているのだろう。俺はインスタントラーメンを作る時くらいにしか使ったことなかったけど。そばにある小皿には野菜が盛り付けられている。これがサラダか、無難な野菜しか買っていないと思っていたがやけに鮮やかに見えるのはなぜだろうか。
黙って見つめているのをどう受け取ったのか、新島さんは恐る恐るといった様子で俺に声をかけてくる。
「いや別に。カレー嫌いな奴っているか?」
「そりゃ、好みはあるでしょ…。勝手に材料も場所も、使っちゃってるし。」
「好きにしていいって言っただろ。…これ、俺の分もあるのか?」
「も、もちろん!…あ!」
「何だよ。」
「犬って、ネギ系ダメだったんじゃ…。」
「犬じゃなくて狼だって言ってるだろ!」
あれほど訂正していたっていうのに、失礼な…。ふざけて言っているんだろうけど。…本当に話を聞いてないとか勘違いしたままとかないよな。
「俺たちは人間と大して変わらないから。確かに犬や猫は食べちゃいけない食材あるけど、獣人はそういうことないから。」
「そうなの…。ねぇ、猫にイカを食べさせたら腰を抜かすって本当?」
「知るか。」
本当に大丈夫なんだろうな。洗面所で手を洗って戻ってくると、新島さんはスープをよそってくれていた。客人用の食器なんてものを用意しているはずもないので、我が家にはすべて一人分しかなく、それらしい食器を出してくれているようだ。よく考えたら帰りに買ってきたらよかったか。…いや、でもな。
「…スープは盛ったけど、カレーの方はセルフで。お好みの量をどうぞ。」
「あぁ…。」
そう言うと、先にリビングのテーブルへと汁椀とスープマグを持って行った。炊飯器を覗くと、白米が湯気を立てている。しっかりほぐされている。カレー皿を取り出してご飯をよそおうとして、ついでに少し深みのある平皿をそばに置いておく。俺のカレーは山盛りご飯。朝食わない分、夜がっつり食べちまうし何なら夜食にも手を伸ばしてしまいがちなのは自覚している。
こんな体に悪い生活を一体いつまでできるのか。
「…あ、ちょっと!何してんの。」
「…何だよ。」
「…それ、何。」
キッチンに戻ってきた新島さんに制止される。俺はカレールゥをご飯かけた体勢のまま振り返る。まさか気づかれたか…?
「人参よけてる!いい大人が!」
「別に、いいだろ。人には、好みってもんが…。」
「好き嫌いじゃない、こんなの!食べちゃいけない食材ないんでしょ!」
「苦手なんだよ!…作ってもらっておいて悪いが、何か独特の匂いがダメっていうか…。」
「…まぁいいわ、見逃してあげる。…今回は。」
今回は…?何やら不穏な言葉が聞こえた気がするが、どうやら人参を食べないことは認められたようだ。
その後数回にわたり「おこちゃまなのねー」との発言も聞こえた。これは絶対に言っている。
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